第4話 臣の職場

「コーヒーっぽくないパッケージだな」

「そうか。まあ別にどうでもいいだろ」


 俺は何故か仙草ジュースと言いたくなくて、はぐらかした。

 佑はちょっと妙な顔になったけれど、それ以上突っ込むこと無く一緒にエレベーターへ向かった。


 俺の職場は二十八階、佑は営業企画部だから二十五階。

 つまり営業企画部庶務の朝比奈さんと同じフロアだ。フロアの右端と左端で離れているけれど。だから俺よりも彼女の事を知っていて当然だと思う。

 ぎゅうぎゅうのエレベーター内では無言なので、そのままバイバイだ。



「おはようございます」

 職場には既にほとんどのメンバーがそろっていたが、みんなタオルであちこち拭きながらしゃべっていて、今日の雨の大変さを分かち合っていた。

「おう、柿崎君も濡れたな」

「はい、びしょ濡れで足が感じ悪いです」


 課長の井田いださんが笑顔で声を掛けてくれる。見た目は強面だが、笑うとえくぼが可愛い四十五歳。奥さんと高校生の愛娘の未来みくちゃんを溺愛しているパパさんでもある。最近未来ちゃんが口をきいてくれないとしょんぼりしていたことは、聞かなかったことにしておこう。

 

 独立した課長の机の前に、四つ合わさった机。そこが俺達福利厚生担当のシマ。


 俺の隣には、俺の直属の上司の甘粕あまかす係長。こちらも愛妻家で小学生の男の子と女の子のパパさん。三十八歳。

 甘粕係長と俺の仕事は、社員のライフスタイルをより楽しく快適にすること。

 つまり、割引価格でホテルや冠婚葬祭のサービスを受けられるようにしたり、各種団体保険や住宅や車のローンに関する外部提携先との契約や利用状況の取りまとめをしたりしている。


 でもって俺の目の前に座っているのは職場の先輩の柳川隼人やながわはやとさん。新婚ほやほやの二十八歳。イケメンで社内でも人気があったが、学生時代からの彼女がいたので、恋愛戦線に加わることは無かった。女性陣はがっかりだったろうが、男性陣はほっと胸を撫でおろしていたに違いない。


 柳川さんの隣には、一ノ瀬いちのせ係長。こちらはバリバリのキャリアウーマンで、柳川さんより五歳年上と言うことは、ここだけの内緒にしておいてくれ。俺がばらしたなんて知られたら困るからな。クールビューティだが独身。


 この二人は、健康保険や介護保険、労災保険、退職金や住宅などの各種手当に関しての手続きを取りまとめている。

 

 蛇足で説明しておくと、隣の人事採用担当のシマには朝比奈さんと同期の片山郁人かたやまいくとがいる。あれ、やっぱこの情報いらねえな。


 俺は今のところ上司に恵まれているから、このシマは穏やかだ。

 みんなでひとしきり今朝の雨の話題で盛り上がった後、始業時間となった。


 買って来た仙草ジュース。仕事中に席で飲んでも大丈夫なんだけれど、なんとなくお昼に取って置きたいと思った。

 社食のランチセットと一緒に飲もう。そう思って給湯室の冷蔵庫に名前を書いて入れに行くと、同じフロアの同期、酒井真綾さかいまあやが目ざとく声を掛けてきた。


「ああ~、それ新しくできたお店のでしょ~。私もタピオカジュース飲んだけれど美味しかったよ」


 ……とは同期の間で呼ばれている俺の呼び名。

 割とみんなで仲が良いので、年に二回くらいは集まって飲んでいる。

 その中で酒井さんは明るくて人気があるが、今は社内の先輩と付き合っているらしい。まあ、佑情報だけれど。


「おお、そうなんだ」

「何、朝並んで買ってきたの?」

「まあな」

「へー意外。がスイーツ店に並んでいる姿が想像つかない」

「なんでだよ」

「甘党ってイメージがないから」

「まあケーキとかは得意じゃないけど飲み物だからな」

「ふぅん」


 酒井さんはちょっと探るような視線を向けてから、「それ何味?」と聞いてきた。


「仙草ジュース」

「ちょっと味見させてくれる?」

「悪い、今開けないから」

「残念~」


 可愛く残念と言っているが、その反応でいいのか? と突っ込みたくなった。

 味見って、間接キ……と思ったところで酒井さんはコーヒー用のプラカップをひらひらさせて、


「ここにちょっと分けてもらおうと思ったのに~」


 あ、そう言うこと。


 俺はほっと心の中で安堵しながら、間接キスだって相手を選ぶよなと思った。


 ふいに今朝の朝比奈さんの笑顔が頭を過り、俺の心臓がまたドキンと跳ねた。

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