第二章 恋なんて簡単には進まない

第8話 里桜の部屋

 六畳一間に小さなミニキッチン。ユニットバスとトイレ。

 それだけの空間だけれど、ここは私にとって居心地の良いお城。


 ソファベッドと小さな白いテーブル、ウッディテイストの収納棚と、生成りと白のファブリック。そこへ、好きな小物だけ色を入れる。

 落ち着いて、のんびりするために色を入れ過ぎないようにしているの。

 それは、実家のごちゃごちゃした統一感の無い雰囲気を見て学んだ、私なりのインテリアコーディネート。

 なんでも姉のおさがりで済まされてきたから、自分の好きな物に囲まれて暮らしたいってずっと思っていたんだ。

 

 そんなシンプルな部屋で、存在感を放っているのが猫型抱き枕。

 尻尾も付いていて可愛いいの。一緒に毎日寝ているから、これが無いと安眠できないかも。


 そしてもう一つ、特別な物。

 小さな水槽。中には美しい尾びれを閃かせて優雅に泳ぎまくるグッピーのカップル。これが今の私の家族。


 出来の良い姉と比べると、私はなんでも普通。いや、普通以下かな。

 だからといって、家族に愛されていなかったとかじゃないわよ。今だってママは心配して、よく御飯を冷蔵庫に入れに来てくれるし。


 ちゃんと愛されていたから、なんとなく自分で自分のことを冷静に考えるくせがついて、高望みはしないようにしようと思ったんだ。

 

 こんな平凡な私が、社会人になって大きな夢を持って何者かになるなんてことはありえないから、一歩ずつ地道に進むしかないと思う。

 仕事も、誰にでもできるようなことしかできないから、いつリストラされるかわからないだろうし、顔も平凡だから、結婚してくれる男性が現れないかもしれない。

 

 とりあえず一人で食べて生きていくために、どうすればいいのか、しっかり考えないといけないと思っているんだ。


 会社と実家はそれほど遠く無いので、本当は実家からでも通える。姉は今も家から通っているし。でも私は、今のうちから一人暮らしに慣れておきたくてわがままを言って家を出た。


 自分の稼いだお金で自分で生活すること。

 憧れていたけれど、入社二年目のお給料ではカツカツと言う感じ。

 それでも貯金もしたいから、少しずつ貯めているの。こう見えて、堅実なんだからね。

 だから部屋の物は必要最低限にしている。

 その方が掃除も楽だし。

 でも、一人ぼっちってやっぱりちょっと寂しくて、でも犬とか猫とかだと今はお世話が無理だし、それで水槽のグッピーになったと言うわけ。


 この子たちの餌代くらいは私でもなんとかなるからね。

 もしかしたら、ずっとこの子たちしか家族いないかもしれないんだから大切にしないと。

 ガラスケース越しに覗きこむと、餌えさ~って寄って来た。

 かわいい。

 

 でも、今日はちょっとドキドキしたことがあったんだ。

 仕事の関係で時々お世話になっている、福利厚生担当の柿崎さん。

 二歳年上の先輩。細身でふわふわ癖毛、いつも落ち着いた話し方をする先輩。

 説明がわかりやすいから、頭いいんだろうな。

 

 ご本人は知っているかわからないけれど、女子社員の間では結構人気があるんだ。合コンになかなか来てくれなくて、ひょうひょうとした雰囲気が捉えどころが無くてクールなんだって。

 うん、確かに第一印象はクールって響きがぴったりかもしれない。


 でも……飄々と言うよりは優しそうな人だったな。一緒にジュース買って会社まで歩いて行っただけだけれど。

 うーん、上手く言えないんだけど、人の話をちゃんと聞いてくれそうな気がしたんだよね。 

 私みたいに話し下手でも馬鹿にしないで最後まで聞いてくれそうな安心感。

 そんな気がしたんだ。

 笑顔も温かかったな。

 楽しかった······


 あ、でもだからどうって言う事じゃ無いんだけれどね。

 

 柿崎さんにしてみたら、たまたま雨で足止めされていた時に定期入れ落とした間抜けな私を助けてくれただけだし、一緒に会社まで行ったのは道が同じだから仕方なかっただけだし。


 あーそう考えるとご迷惑おかけしていたんだわ。ガックリ。

 うん、やっぱり優しい方だな。

 お話できて良かった。


 また話せるかな。まあ、仕事では話すから話せるに決まっているのか。


 グッピーの水槽を覗きながら考える。

 グッピーはオスが美しいひれを持っていて、地味な女の子にアピールしているんだよね。女の子は地味でもいいんだ。いいな。グッピーの世界だったら、私でもモテモテかもしれないんだわ。ちょっと羨ましいかも。


 その時Lineの着信音が鳴った。



 

 

 


 

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