第124話

「ハァ...」


「お嬢、ため息を吐くとその分だけ幸せが逃げて行くって良く言うよ?」


「んなもんどうでもいいわよ...どうせ私には幸せなんて訪れて来ないんだから...」


「お嬢、ドンマイ」


「はいはい、あんがと...」


 パトリックのせいで疲れ切った私は、町中の散策も程々に屋敷へと帰って来た。


「ただいま...ウエッ!?」


 また赤いバラの数が増えている。玄関から中に入った途端、噎せ返るようなバラの香りに包まれて辟易した。


「ちょっとハンス、さすがにこれは我慢できないわ。敏感な人なら花粉症を発症するレベルよ。全部外に出しちゃって。なんなら町行く人に一本ずつ配っても構わないわ」


「畏まりました」


 意図はどうあれ、これまではせっかくクリフトファー様が贈って来てくれたバラだから、失礼に当たらないよう全て玄関に飾っていたが、こう毎日じゃさすがに許容範囲を超えている。


「お嬢、これいつまで続くんかね?」


「もう少しの辛抱よ。エリザベートがやって来るまでの」


 手紙は既に届いているはずだ。読めばエリザベートはすぐにやって来るはず。もう途中まで来ているかも知れない。そう思っていた時だった。


「お嬢様、お客様です」


「お客? 誰?」


「公爵家のエリザベート様と名乗っておられます」


「あぁ、やっと来てくれたのね。客間に通してちょうだい」


「畏まりました」



◇◇◇



「アンリエット、久し振り...って言う程でもないか」


「エリザベート、あなたちょっと痩せた?」


「アハハ、まぁね...バカ兄貴の尻拭いでてんやわんやだから...」


 そう言って力無く笑ったエリザベートの目の下には薄らと隈が出来ている。相当苦労しているのだろう。御愁傷様としか言い様がない。


「それで? あのバカはどこのホテルに泊まってるの?」


「ここよ」


 私はメモ紙を取り出した。


「ありがとう。ゴメンね...ウチのバカが迷惑掛けて...」


「気にしないで。毎日毎日アホみたいな量のバラの花束を持って来るってだけだから。その内、花屋を開こうかと思っているのよ」


「ハハハ...笑うしかないわね...とにかくこのホテルに向かってみるわ。アンリエット、慌ただしくて申し訳ないけどこれで失礼するわね?」


「えぇ、分かったわ。しかしエリザベート、あなたも大変ねぇ...」


「まぁね...でも身内の仕出かしたことだから仕方ないわ...知らせてくれてありがとう。恩に着るわ。ケリを付けたら今度はゆっくりと遊びに来るわね?」


「えぇ、待ってるわ」


 これでやっと片が付く。私はホッと胸を撫で下ろした。

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