第85話

「ハンス、早速だけど明日から領地経営に関しての引き継ぎをお願い」


「もうですか? 明日はお疲れでしょうから明後日ぐらいからにしようと思っておりましたが...」


「なんかやってないと逆に落ち着かないのよ。すっかり貧乏性が身に付いちゃったわ」


 私は苦笑しながらそう言った。


「畏まりました。ではせめて今夜はゆっくりとお休み下さい」


「ありがとう。そうさせて貰うわね」


 その夜、私は久し振りの領地の屋敷でゆったりとした時を過ごした。



◇◇◇



「お嬢様、お客様です」


 朝イチからハンスに領地経営に関する引き継ぎを受けていて、そろそろ昼になろうとしている頃にアランがやって来てそう告げた。


「私に!? ここに私が居るってことを知ってるのはウィリアムぐらいだけど、まさかウィリアムがやって来たの!? だったら居留守使ってちょうだい」


「いえ、それが...ヘンダーソン子爵家のパトリック様とおっしゃておいでです」


 私とハンスは思わず顔を見合せた。


「なんでまたパトリックが!? まぁ、いいわ。客間に通してちょうだい」


「畏まりました」


「ハンス、いったん中断ね。パトリックが何の用で来たのか分からないけど、あなたも同席してくれる?」


「承知致しました」


 私とハンスは客間に向かった。



◇◇◇



「アンリエット、久し振り」


「パトリック、お久し振りね。元気そうで良かったわ」


 久々に会った幼馴染みは昔とあんまり変わっていなかった。相変わらず厳しそうな目付きに程良く日焼けした身体。少しガッシリしたかも知れない。逞しくなったように感じる。


「どうして私がここに居るって分かったの?」


「ウィリアムのアホに聞いたんだ。あのバカが君に失礼なことをしなかったか心配になって飛んで来た。それと久し振りに君に会いたかったというのもある」


「そうなのね。ご心配なく。特に何もなかったわ」


 ケバい商売女のことは除いて。


「良かった...あの間抜けがこっちに遊びに行きたいから金をくれと言って来やがったんで、一発張り飛ばしてから訳を聞いたんだ。そしたら君がこっちに来ているって言うじゃないか。だから遊びに行くんだってあのタワケがホザくもんだからさ、もう一発殴り飛ばしておいてから急いでやって来たって訳だよ」


「た、大変だったのね...」


 私はそう言うしかなかった。最早ウィリアムの扱いのデフォルトが「殴る」になっているし、あらゆる形容詞を付けてウィリアムを貶している時点でも、パトリックの苦労が偲ばれるというものだ。


 私は心の中で手を合わせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る