第86話

「確かにウィリアムは私が居るなら遊びに来るとか言ってたけど、もし来ても居留守を使うつもりだったから安心して?」


 パトリックが心配してくれたことが嬉しくて、気が付けば私はウィリアムに対する対応策をそのまま喋っていた。


 それを聞いたパトリックは苦笑しながら、


「なるほど。さすがはアンリエットだ。俺の心配は無用だったかな?」


「そんなこと無いわ。来てくれて嬉しかったもの」


「そ、そうか...」


 なぜかパトリックは頬を赤らめている。


「そんなことよりもパトリック、今のあなたは家督を継いだばかりだって聞いたわ。大変なんじゃないの? こんな所に来てて大丈夫?」


「えっ!? あ、あぁ、確かに最初の頃は大変だったけど、今になってようやく落ち着いた所なんだ。だから心配要らないよ」


「そうなのね。良かったわ」


「俺から見ればアンリエットは家督を継いだ先輩だからな。ここに来た理由の一つには、この機会にアンリエットに色々と教えて貰おうかなっていう目論見もあったりするんだよ」


 そう言ってパトリックが悪戯っぽく笑うから、思わず釣られて私も破顔してしまった。


「フフフ、そういうちゃっかりしている所は昔と変わらないわね。私が教えられることならなんでも教えてあげるけど。パトリック、どうせ何れは明らかになることだから今の内に言っておくわね。私はもう女伯爵じゃないのよ。家督を兄のロバートに譲って領地に引っ込むことにしたの。だから今、ここに居るのよ」


「えぇっ!? な、なんだって!? 一体全体どうしてそんなことになったんだ!?」


 パトリックが目を丸くしている。まぁそれも無理ないか。


「そんなに驚くことかしら? 元々は兄が継ぐはずの家督だったんだもの。それが本来あるべき姿に戻ったんだと思えば何ら不思議は無いでしょう?」


「確かにそれはそうだろうが、そもそもロバートのヤツの病気は完治したのか? 領主の仕事に耐えられるのか? 俺なんてもうかれこれ10年以上もヤツに会っていないぞ?」


「ご心配なく。もうすっかり良くなったから」


 引き籠もりという病気がね。


「そうか。それは良かった」


「落ち着いたら会ってあげてくれる?」


「あぁ、分かった。約束しよう。それよりもアンリエット、君が領地に引っ込むことはなかったんじゃないか? そもそも君は婚約してたんじゃなかったか?」


 そのことに答える前に私は、頬に貼ってある絆創膏をそっと剥がした。 


「婚約は破棄されたわ。これが理由よ」


 私の頬の傷を見たパトリックは絶句してしまった。

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