第11話

 今わたしは国王陛下の執務室にて仕事をしている。もちろん私専用の執務室もあるのだが、ここにも私の机がある。


そして陛下と、近年の国内の穀物生産量の推移についての資料を見ながら、今後の生産量と穀物価格について話し合っていた。


───今朝から陛下の態度が何だかおかしい。

時折気の毒そうな目線を送ってくる。


暫くすると宰相が所用で執務室を出た。

すると陛下はまるで二人きりになるのを見計らったように声をかけてきた。


「アレク。その・・・だな。大丈夫か?」


どうやら心配をしてくれていたようだ。

クラウディアの側仕えのマリアンナから報告が上がっているのだろう。

私がクラウディアに秘密にしていた彼女のチャリティバザーの作品を買い集めていたり、秘密裏に作らせていた婚礼衣装姿の人形が見つかってしまい、彼女を大変怒らせたことを知っているようだ。


しかし国王はあの後クラウディアが私を許し、私達の仲が深まったことまでは知らないようだ。


「ご心配をおかけしました。なんとか大丈夫です。」


「その・・・わたしも王妃にはいろいろしでかしたことがある。だからな、相談くらいは乗ってやるぞ?」


いろいろしでかしたとは何をしでかしたのだろうか?今後の参考までに是非とも教えてもらいたいところだ。


それに男同士として相談に乗っていただけるとは何とも心強い。


「ありがとうございます。今回はクラウディアと話し合い、許して貰うことができました。

しかし、クラウディアは怒らせると恐いという事がよく分かりました。」


「女性というものは結婚すると強くなる。子供を産むとより一層強くなるぞ。気を付けろ。」


気を付けろとは何をどのように気を付ければいいんだ?


「是非、今度父上の経験者としての話をお聞かせ願いたいものです。」


「ああ。話して聞かせてやれないこともないが、酒が必要だな。近々付き合え。」


シラフでは語れない程のことか・・・。


「はい是非。ありがとうございます。」


「それとだな。其方達にわたしから特別な贈り物がある。今夜届くよう手配した。仲直りするには抜群の品だ。」


「ありがとうございます。何が届くのでしょうか。楽しみです。」


 その日は政務が忙しく、寝る時刻になるまで陛下からの贈り物があることをすっかり忘れていた。



 夜も更け就寝の支度を済ませると、今日の政務が比較的滞りなく捗ったことによる充実感を感じながら寝室へと向かった。


「クラウディア。この前淹れてくれた洋酒入りの紅茶をまた淹れてくれないか?あれはおいしかった。」


「はい、すぐにご用意します。気に入っていただいて嬉しいですわ。」


「洋酒は少し多めがいい。」


 長椅子でくつろぎながら、紅茶を淹れているクラウディアを眺める。

少しの動きでクラウディアを包む薄い寝着の裾が小さくゆらゆらと揺れる。

まるで誘われているような気分だ。


淹れてくれた紅茶を一口。やはり洋酒は多めの方が私の好みだ。


クラウディアがローテーブルを挟んだ一人掛け用の椅子へ行こうとする。

私はクラウディアが手にしていたティーカップを取り上げて、私の左側に座るように誘った。


左腕をクラウディアの座っている背もたれに回し、まるで肩を抱いているかのような姿勢を取る。

触れてしまいそうな距離で今日の仕事であった事などを話している時だった。



『ラ────────♪』



楽器演奏の最初の音合わせの音が聞こえてきた。庭園からだ。


長い『ラの音』が止まり、二拍ぐらいの間が空くと演奏が始まった。


スローテンポで静かな夜によく似合う曲が流れてきた。


「庭園からですわ。」


クラウディアが立ち上がりテラスの方へ向かった。


「ああ、クラウディア。ダメだよ、外の者達に私たちの寝室の位置が判ってしまう。カーテンの隙間から覗くだけだよ。」


「はい。少し覗くだけ。

あ、四重奏ですわ。・・・もしかして、これは殿下が?」


「いや、違う。父上だ。

 今日、夜に贈り物を届けてくださると言っていた。すっかり忘れていたがこれの事だったんだな。」


「まあ。素敵な贈り物。」


二人の間に流れる優しい音楽。

クラウディアは瞳を閉じて耳を澄ます。


「せっかくだ。踊ろう。」


窓際に立つクラウディアの側へ立つ。

手を取り、腰を引き寄せた。


庭園から聞こえる演奏は会話をしていると掻き消されてしまうほど弱い音なので、耳元で囁くように会話をする。


いつもより強く腰を抱き寄せると、寝着の薄さでお互いの体温が伝わる。


ゆらゆらと揺蕩うようにゆっくりと体を演奏にのせる。


こ、これは・・・。


わたしはチャンスだと思った。

逸る気持ちを抑えて、焦らず、自然に、ベッドの方へリードする。


目の前にあるクラウディアの耳が真っ赤だ。

うずうずと悪戯心が抑えきれず、耳を優しく食む。


クラウディアが吐息とともに小さな声を漏らす。


「で、殿下。お止めください・・・。」


「いや、止めない。」


そのまま耳からうなじ、首筋にも唇を落とす。クラウディアからはいい匂いがする。

昂ぶる興奮が抑えきれない。

順調にベッドまで追い詰めた。


そこから徐々にクラウディアに体重をかけ、ゆっくりとベッドへ沈めた。


(父上。グッジョブだ。)


父上に心の中で感謝をしながら、しつこいくらいに唇を貪った。


 音楽の演奏が少しずつ、楽器が止むのが分かる。最後に残った低音部の大きな弦楽器の演奏が闇夜へ消えていくと、あとはクラウディアの熱い吐息と甘い呻き声しか聞こえなかった。








 無事成し遂げられた初夜は、翌朝、国王陛下と王妃の元へ知らせが届けられた。


それを受け、国王陛下はニヤリと笑い「俺のおかげじゃーん!」と喜んだそうだ。




            ───────完。

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