第10話
夜も更け、そろそろアレクシスが寝室にやって来る時間、クラウディアは待ち構えていた。
アレクシスの私室へ繋がる扉の前に立つ。
脚を肩幅大に広げ、腰に手をやる。
少しでも怒っていることを知らしめるために睨むように顎の角度を上げた。
カチリ。扉の取っ手がひねられた。
ゆっくりと扉が開く。
今までにない扉の開け方だ。
さてはマリアンナから報告が上がってるな。
そろりそろり
肩が見えた。
そろりそろり
黒い頭部が見えた。
そろりそろり
黒い瞳が見えた。
目が合った。
あっ!引っ込んだ!
何かブツブツ言ってる。
「で・ん・か?」
「・・・はひ。」
しょぼくれた殿下が出てきた。
どんなにしょぼくれていてもダメなものはダメなのです。
「殿下、わたくし、殿下のお部屋に入れていただきたいんですけど?」
「いや、入ってもいいことなんて何もないぞ?」
「それでもです!」
半ば無理やり部屋に押し入ると、そこは昼間の時と変わらない、ただカーテンが閉められ照明の点けられただけの部屋だ。
私は昼間にこっそり部屋に入った時と同じように、壁に飾られた過去の作品たちと、私の姿をかたどった婚礼衣装姿の人形の前に立つ。
これらを目にするのは二度目だが、宝物のように大切にしてくれているのを感じた。
「・・・なぜこのような事を?」
「其方の手作りの物が欲しかったんだ・・・。」
殿下はしょぼくれたままだ。
「殿下が『クラウディアの手作りが欲しい』とひと言おっしゃってくださったのなら、わたしは喜んで作って差し上げましたわ。」
「其方が描いた絵が欲しい。其方が刺繍を施したハンカチが欲しい。そう言おうと何度も思いはしたんだ。
だが、私が『欲しい』と言ってしまったら命令になってしまう。
無理強いでもなく、命令でもなく手に入れる方法がこれだったんだ。」
「私は婚約者ですわ。そんなことにはなりませんのに・・・。」
私からアレクシス殿下へ贈り物をするとき、何を贈れば喜んでもらえるのか全く解らなかったからよく悩んだ。
素人の手作りなんて相応しくないと思い、必ず一流の工房の最高級の品ばかり贈っていた。
私もアレクシス殿下と話し合い、何が好きで何が欲しいのかちゃんと聞けばよかったのだ。
アレクシス殿下の本当のお人柄は、とても不器用で、とても優しい人。
そして・・・心からわたしを愛してくれている。
「・・・引いた・・・か?」
「・・・少し。でも、殿下が不器用だけど優しいお人だということが分かりましたわ。
そして私を愛して下さっていることも。
私は今まで嫌われていると思い悩んでいましたわ。
私たちこれからはもっと話し合わなければなりません。
何が欲しい、何して欲しい、何をしたい、どうして行きたい。
どうかおっしゃって下さい。
私、もっと殿下の事を知りたいですわ。
そして、殿下も私の事を知って下さいませ。」
「こんな・・・私を許してくれるのか?」
「はい、もちろんです。
私たちはようやくスタートラインに立てたのです。」
「ああ・・・クラウディア・・・。」
アレクシス殿下は私を強く抱きしめる。
殿下の腕の中は広く、そして温かい。
「殿下。何かして欲しいことはありますか?」
「君を抱きしめたい。」
「もう抱きしめてますわ。く、苦し・・・。」
「愛してる。」
「私もです。ち、力を弱め・・・。」
「離れないでくれ。」
「離れたりしませんわ。そろそろ放し・・・。」
「結婚してくれ。」
「・・・もうしてますっ。」
言いたいことをようやく言えたアレクシス。
この後、クラウディアは刺繍を施した飾り用ではないハンカチと、いつでもいいからと絵画を贈ることを約束した。
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