第9話

 それは本当に偶然だった。


読みかけの本のしおりが見当たらなかったため寝室にまで探しに入った時だった。


普段はきちんと閉められているアレクシスの私室へ繋がる扉がほんの少し。本一冊分の隙間で開いていた。


掃除の係の者が閉め忘れたのであろう。クラウディアは湧き上がる好奇心には勝てなかった。


「ほんの少しだけ。どんな感じか見たらすぐ出るわ。」


 おそるおそる入ると、アレクシスの部屋は壁や天井は白く、藍色の絨毯や椅子、調度品はシックな色合いのダークブラウン、所々に金の装飾が施された落ち着きのある男性らしい部屋だった。


しかし、部屋の感想を抱く前にとてつもない違和感を感じた。


「なっ・・・こっ、これは・・・!」


寝室側に面した壁には風景画が二点、わざわざ額縁に飾られた刺繍入りのハンカチが二点とワンポイントの刺繍入りのネクタイが一点。


見覚えがあった。見覚えなんてもんじゃない。全てクラウディアの作品だった。


「何故ここに・・・。」


ゾワリと背筋に悪寒が走る。


これらの作品は、エレフィエント侯爵領内にある神殿と併設された孤児院のチャリティバザーのために出品したものだった。


 あれは十二才の頃の作品、あれは十三才、あれは・・・。

どれも誰が買ってくれるかは分からないが、心を込めた作品たちだ。


 そしてあることに気が付く。

チャリティバザーの購入者には出品者は誰なのかは匿名だったはずだ。


私の作品だけが集められたということは、わたしの作品はどれで、いつ、何処の孤児院に出した物か、始めから分かっていたということになる・・・。


誰?情報を流していたのは?

お父様?お母様?孤児院の院長や職員?


誰がアレクシスに情報を流したのかを考えながら、ふと目線を壁面中央に向ける。


そこにはガラスケース入れられた美しい婚礼衣装姿の女性の人形が飾られてあった。


傍に近寄り、細部にまで目を向ける。

思わず目を疑った。


蜂蜜色の髪、瑠璃色の瞳、見覚えのある意匠の婚礼衣装。


「こ、これ・・・わたし?」


そして再び背筋に悪寒が走った。


結婚式を挙げてまだひと月と経っていない。結婚式後に製作の依頼をしていたとすればまだまだ未完成のはずだ。


「一体どのくらい前に手配をしていたというの?」


複雑な感情が押し寄せて来た。


人形を作るにしても一言おっしゃって欲しかった。こんなにも美しくあの時の姿を留めてくれるなら、私も欲しいくらいだもの。


それに、絵画や刺繍入りの私の作品が欲しいのなら、殿下のためだけに作って差し上げることぐらい容易いことだわ。


ひと言。たったひと言「クラウディアの手作りが欲しい」とおっしゃっていてくれていたなら。


私たちの婚約期間はより良いものになっていたはずだわ。しかも誰かから情報を流させるなんて。


悔しさや腹立たしさ、猜疑心、呆れ、少しの気持ち悪さ、そして、本当は愛してくれているという安心感。そんなものが渦巻いていた。


 そして情報を流した者についてある一人の人物に辿り着いた。


幼い頃からずっと側にいてくれて結婚した今でも仕えてくている人物。

チャリティバザーの作品を製作から納品まで見届けている人物。

アレクシス殿下と婚約した直後にエレフィエント侯爵家の使用人になった人物。


────側仕えのマリアンナだ。


そう結論に至った時、隣の寝室の方からわたしを探すマリアンナの声が聞こえて来た。


「クラウディア様?」


軽い、そして戸惑うような女性の足音が近づく。


足音が止まった。

開いたままにしていた扉へ目を向けると、そこには顔は硬直し、目線を合わせようとせず、言葉を継げずにいるマリアンナが佇んでいた。


その表情が全てを物語っていた。


「あなたなのね。あなたは王家から遣わされていたということなのね。」


「わ、私は武術の心得がございます。そ、それで婚約者であるクラウディア様の護衛も兼ねてまして・・・あの、その・・・。」


聞いてもいない言い訳が返ってきた。他にも王家から遣わされていた者がいたはずだ。


誰?他に誰がいるかしら?アレクシス殿下との婚約直後にエレフィエント侯爵家にやって来た者は・・・。


わたし専用馬車の御者のトムだ。

トムだったらいつ、何処へ何をしに出かけたか全て報告できたはずだ。


「マリアンナ。トムをわたしの執務室まで呼んでちょうだい。」


「か、かしこまりました。」






 王太子妃用の執務室へ移動し、暫く待つと御者のトムがやって来た。


「トム。あなた、王家の使用人なのね。」


すると元気の良い返事が返ってきた。


「はいっ!以前は騎士をしておりましたが、結婚して子供が出来たのを機に家族の反対に合いまして。そこで殿下の婚約者でいらっしゃるクラウディア様付きの御者になる話をいただきました。

基本のお給金は王家から頂いてますが、クラウディア様の急な外出などはエレフィエント侯爵家からお手当てを頂いてました。

それが嫁には喜ばれまして。」


にこにことトムは話す。

幼いころから世話になったトムの気さくな人柄は相変わらずだ。


「わたしの行動も報告を?」


「はいっ!王家には大まかな行き先だけですが、アレクシス殿下にはもう少し細かくご報告しております!それが私の任務のひとつです!」


もう、ここまで爽やかに言われたら、何だか拍子抜けだ。


「ありがとう。少し聞いてみたかっただけなの。もう戻ってくださって結構よ。」


なぜだかトムのおかげで頭の中が整理できた。


 王家にとって将来の国を背負うアレクシス殿下の婚約者ともなれば行動を把握し、交友関係も調べ、不審な点がないか調べるのは当然だ。


お父様だって王宮へ使用人を送り込むことぐらいしている。

マリアンナだって主人の命に従っただけだ。


 だけど、婚約期間のアレクシスは別だ。

今まで散々つれない態度をしておいて、陰でクラウディアの作品を買い集めていたり、クラウディアの婚礼衣装姿の人形を作らせて密かに愛でていたりする行為には納得いかない。


それに少し気持ち悪い。


「今夜は納得いくまで話し合いね。」


その時、政務中のアレクシスにゾクリと寒気が襲い鳥肌が立ったような気がした。

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