第8話
まだ結婚して三日目だというのに十日間もの地方視察だ。前から予定されていたとはいえ納得がいかない気持ちになる。
地方視察の行程は主に国の北側にルートをとり、道路の整備状況、各領地の主な産業、治安、国境付近の隣国との状況や警備体制などを視察する。
どれも城から離れられない国王のための目となり耳となり、しっかり報告しなくてはならない事案ばかりだ。
道中はクラウディアのことばかり考えていた。
結婚してからの三日間で、実にたくさんのクラウディアの表情を見ることができた。
笑った顔、泣いた顔、喜ぶ顔、驚いた顔、戸惑う顔、照れた顔・・・。
こんなにも表情が豊かな女性だと思わなかった。
そしてよくしゃべる。夜会などでよく見かける噂好きな貴婦人達と違って、話題が豊富だ。
早く会いたい。
ふと気が付けば周りの同行の者達が嫁談義で盛り上がっていた。
頼まれた土産を間違えて買ったら役立たずと言われたとか、結婚記念日をうっかり忘れたら三カ月口を聞いてくれなかったとか、ほんの少し深酒をしただけであっちの方が本領発揮出来ず、不能とまで言われたとか。
なるほど、なるほど。勉強になる。
皆口々に「最初が肝心」だとも言う。
つい独り言で
「最初が肝心だったか。失敗したな。」
とこぼしてしまった。すると同行の者達には異常に気を遣われてしまった。
十日間の長い地方視察を終え、久しぶりにクラウディアとの夜を過ごす。
素早く寝支度を終え、先に寝台に入り少し左側の位置で暫く待つ。
クラウディアがやってきた。
空いている右側をポンポンと軽く叩くとモゾモゾと入ってくる。
早くクラウディアに触れたくて、直ぐさま彼女の手を取ると指先に口づけをする。
自分でも分かる。自分の中の『執着モード』が発動したのを。
手は離さない。唇も離さない。
そのまま一本づつ指先にゆっくり口づけをしながら話をした。
「わたしが地方視察へ行っている間、何をして過ごしてた?」
びくりと軽く手を引く仕草をされたが、逃がさないとばかりにわたしは手に力を込める。
わたしは今、おびえさせる表情でもしているのだろうか?クラウディアは怯むような表情で頬を紅潮させ、目は潤み、言葉が上手く出てこない様子だ。
「あっ・・・あの・・・お、王妃様にご招待いただいて・・・お、お、お茶会へ行ったり・・・」
「それで?」
唇を指先から手の甲、それから手首まで移動させる。
「あ、あの、殿下?
ど、どうか放してくださいませ。」
「いやだと言ったら?」
「こ、困ります・・・。
思うように会話ができません・・・。」
仕方がないのでチュッと唇を落とした後に、ゆっくり離す。
手はそのまま離さず握っておく。
「他にはたくさんの方々から頂いた結婚祝いの品が文官さんのあらためと記帳が終わりましたので、王妃様に教えていただきながら、確認と返礼品の指示をしておりました。
初めて王太子妃らしいお仕事をさせていただきましたわ。」
「頼りにしている。
王妃とも上手くやっているようで安心だ。」
「はい。とても可愛がっていただいてます。
返礼品を指示する際には、同じ品物は送らないようにすること。相手国や貴族の領地と同じ特産品は送らないようにすること。
でもお酒は製造元が違うなら送ってもよいこと。など大変勉強になりましたわ。」
「そうだな。他にも細かく言えば歴代の付き合いによる品物の選び方とか、個人的な付き合いによる選び方などがある。先々代の国王の時代からお酒のやりとりで親睦を深めたサルディック帝国とか、国王陛下が若かりし頃に留学したネーデルワイス共和国の王と陛下は友人だ。誕生日祝いにお互い苦手な物を送りあってる。」
「まぁ。それでネーデルワイス共和国とは険悪になったりしませんの?」
「あぁ。送りつけているのは甘い物や装飾がきらびやかな物だ。女性達が喜んでいるらしい。」
「ふふっ。陛下のお人柄が偲ばれるようですわ。」
今夜は友好国との世間的には余り知られてないこぼれ話などをして過ごした。
クラウディアはとても興味深く聞いている。
将来はいい王妃になるだろう。
軽い気持ちで聞いていて欲しかったが、余りにも真剣な面持ちでいるのでそれを崩したくなった。
彼女の頭を引き寄せ額に口づけをする。
「もう寝る時間だ。」
そして瞼にも口づけをする。
「いい夢を。」
これで終わりと見せかけてこの流れで唇にも軽く口づけをする。
「お休み。」
くぅーっ!とうとうチューしてやった。
なんだか恥ずかしいもんだな。
思わず背を向けてしまった。
でも・・・。
そろそろ・・・だよな?
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