第38話 「……私たちの関係、騎里子さんに告白するおつもりですか?」

『まだかしら? 出るまでここから帰らないつもりだけど?』


 インターホンは鳴りやむことをしらない。焦燥感に駆られる。


 この状況をいったい全体どうしろというのだろうか。第一に、円花さんと騎里子は接触させちゃあだめだ。円花さんのことだ、なにかの間違いで騎里子に危害を加えかねない。


 となれば、ひとまずどこかに身を隠してもらうしかないだろう。すぐに追い返せればよいのだが、あの様子からして短時間では出払ってくれないはずだ。なんせわざわざ俺の自宅まできているんだぜ?


 残る問題は、この事実を円花さんに伝えるかどうか。


 ……伝えていいわけあるか。とにかく事情をはなさない。あいつがきていることを察されては困る。


 しかし、だ。


 俺は、円花さんを騙しきれるのか?


 俺のことは、かなり分析されているはず。仕草等からいろいろ疑いをかけられてしまってもおかしくない。事情をはなさない、という案は残念ながら却下だ。


「祐志さん、この家ってやっぱ呪われてますかね。私だけインターホンの音がきこえてきているんですが」


 俺がいるところまで、円花さんは歩み寄ってきた。


『いい加減開けなさいよ、幼馴染をなんだと思ってるわけぇ?』


 騎里子の金切り声に耐えきれず、スマホを耳から離してしまった。


 円花さんの視界に、スクリーンが映りこむ。


「どれどれ……ツッキーって誰ですかね? 男のお友達ですかね? でも、漏れてた声はやけに高かったですよね。そうです、きっとハスキーボイスのお友達なんですね。そうですよね?」


 そういえば、騎里子の本名は月里騎里子つきさときりこなんだよな。月里のイメージがないよな、騎里子って。


「……円花さんに伝えなくちゃならないことがある。死を覚悟した上でいうつもりだ。最初に忠告しておこう。多分円花さんは怒る。下手したらブチギレる。その前提できいてくれ。その前にちょっと待ってな」


 やかましいわッ! とスマホ暴言を吐き捨て、通話終了ボタンを押す。


『騎里子、ピンポン連打は迷惑だからいったんやめてくれ。準備ができたらお前を出迎えるから、待て。お座り。ほら、待て』


 とメッセージを送ると、


『バカにしないでよね、犬扱いされるのはあんたの役回りじゃない。でも、ちょっと興奮しすぎてたわね。準備ができたら一秒でもはやくいいなさいよ』


 騎里子は速レスしてきた。もはやギャル顔負けの入力速度だった。ギャルでもあんな速く打てないだろう。【神速の騎里子】とでも異名をつけてやりたいレベル。


「……ふぅ」


 一度深呼吸だ。負けるのがわかっていて戦いに挑むのは、まるでやる気が起きないものだ。それでも、この戦いはやり遂げる必要がある。暗澹あんたんたる思いを押し殺し、円花さんという名の戦場に足を踏み込む。


「いま、玄関の扉のすぐ前には、騎里子がいる。あの騎里子だ。あいつは俺が出るまで帰らないそうだ。大事な要件なんだろうな」

「包丁、カッター、ホッチキス。糸鋸、ロープ、ゴルフクラブ……武器は万全です。くれぐれも噛まれないようにだけ気をつけましょう」

「なに? 俺の幼馴染はいつからゾンビになったんだよ」

「人を傷つけるのには口実が必要なのですよ」

「命を奪う気満々じゃん」


 いまの円花さんの眼には、邪悪が宿っていた。負の感情に満ちた彼女を見ると、暗黒に吸い込まれてしまいそうな感覚に陥る。ヒロインじゃなくて悪役といわれても納得できそうだ。


「もちろん、武力を行使した時点で犯罪です。やるはずありません。ただですね」

「ただ?」

「……私たちの関係、騎里子さんに告白するおつもりですか?」


 俺と、円花さんとの関係は。


 一見、ただのクラスメイト。


 実は、俺の義妹。


 これまでほとんどの人に教えてこなかった。情報が一度漏れてしまえば、噂なんてあっという間に広がってしまう。


 格好のネタにされるだろう。俺は別にどうでもいいが、円花さんにまで迷惑がかかるとなると話は別だ。


「そ、それは……」

「私たちの関係を騎里子さんに見せて、どう思うか考えていればわかるんじゃないですか?」


 騎里子とは、長い付き合いだ。


 苦手なところもあるけど、完全に嫌いなわけじゃないんだ。


 俺としても、あいつに彼氏ができてほしくないだなんて、身勝手に思ってる。




 じゃあ、騎里子にとっての俺はなんだ?




 円花さんとの関係がわかったとき、どう思うだろうか。


 たとえ義妹だとしても、まだ出会って一ヶ月だとしても、円花さんとは衣食住を共にしているんだ。濃い時間を過ごしている。そのくらい簡単に想像がつく。


 逆の立場で考えてみると────いい風には思わないな。できることなら、しりたくない。恋人と紙一重の関係だなんて大袈裟かもしれないが、そういう相手がいるとなると……。


「絶対に、隠し通さなくちゃいけない」

「……睡眠薬ならありますよ? 飲み物に溶かしますか?」

「犯罪の匂いがプンプンするからNGだ」

「じゃあ他にどうするっていうんですか。少なくとも、私がここにいると気づかれないようにするか、ここから脱出するかの二択です。お兄たん、義妹が応援してますよ!」


 考えろ、考えろ……。


 別に我が家に隠れてもらってもいいんだ。しかし、これは妥協策。発見されたら逃げ場はない。


 それよりも、逃げるまでにリスクがあるものの、逃げたら勝ちの脱出ルートに賭けてみるのはどうだろうか。これは正直運ゲーだ。


 だが、成竹祐志。俺はロイヤルストレートフラッシュを出した男。


 ────奇跡は二度起きてもいいんじゃないのか? 


 ……そのとき、天啓を得た。


 これなら、いけるんじゃないだろうか。


「リスクは承知の上だが、脱出作戦でいこうと思う」

「作戦はあるの?」

「ああ、素晴らしい作戦だ」


 会議ののち、それぞれ動き出す。


「……遅くなったな、騎里子」

「祐志ッ! あんたのバカ。くるのが遅すぎるじゃない……!」

「ヒーローが遅れてやってきたシチュエーションじゃねえか」

「犬には桃太郎の座は奪えないと思うわよ?」

「……ともかく入ってくれ。話は中でしようぜ」

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