第37話 『あんたの家の前よ。いまから入るわね』
朝食を終えたのち、俺たちは家事をおこなった。やるべきことは、親父が家族の参加しているメッセージグループに送信してあったため、とくに困ることはない。
それぞれやるべきことを終えると、どうも持て余してしまった。
現在は、ソファの前に敷かれた絨毯に座っている。
「祐志お兄さん、元気〜? 円花お姉さんは元気ですよ〜」
「いつから歌のお兄さん属性を習得していたんだ」
「よくみると爽やかさが足りないですね」
「こりゃ完全にディスってるよ。俺もさすがに怒るz……口をきかないぞ」
「怒られたほうがまだマシです! ふたりきりなのに口をきかないなんて最低の極みですか?」
怒られることが落ち込む原因になるどころか、むしろ活力をみなぎらせる要因となっているのだ。彼女の場合は。
「こんな時間を持て余すんだったら、宿題はもう少し残してもよかった気がしてならないんだが」
「夏休みがはじまる前は『あれもやりたい、これもやりたい』状態だったんですがね。じっさいはじまってみると違いますね。ほんとどうしましょう」
「……ゲームでもするか」
「レースゲームは私の独壇場だということをお忘れでしたか?」
「君は手加減という概念をどこかに置き忘れてしまったんだね」
「本気出してなんぼですよ」
「TPOをわきまえようか。円花さんだけ楽しいっていうのはあまり好ましくないだろう?」
彼女のレートは俺の三倍とかいう次元ではない。一桁違うんだ。ガチンコ勝負となれば、まるでお話にならないだろう。下手すれば周回遅れスタートでも負ける気がしてならない。
「他のゲームは食指が動かないんですよ。万一やったとしても、途中で『私はいなんでこんなことをしているんだろう』という自己嫌悪に陥ってしまい、まともに楽しめた覚えがないんです。あのレースゲーム以外のゲームは、言葉を選んでいうと……ゴミ以下です」
「君が有名人なら他のゲーム好きに燃やされるんだろうなぁ」
「火炙りプレイですね」
「物理的な炎上じゃなくてSNSの炎上って意味だよ」
「SNSには疎いので炎上の意味を捉えかねました」
特定のゲーム以外をまったく受け付けないというのも、もったいないように思う。人生の半分くらいは損してるんじゃないだろうか。
「じゃあゲームは却下にしたほうがいいか」
「祐志さんがやりたいなら、たとえ精神衛生上よくなくても無理を通してやります」
「円花さんをいたぶるような
ゲームは選択肢から消してしまったが、他にパッと出てこない。ふたりで楽しめそうなこととはなんだろうか。
正直、家から出たくはない。だが、家で無為に時間を過ごすのも嫌だ。
そうなれば、おのずと選択肢は狭まってしまう。
「忙しない日常から離れて、あえて無駄な時間を過ごすことも俺はアリだと思ってきた」
「思考を放棄することは、人間をやめるのと同じくらい罪深いですよ」
「んなこといったら、俺は救いのない重罪人になるよ」
「やっぱりなにかしらしたいんですね。どうしましょう」
それから。ゆっくりと時間をかけ、いくつかのアイデアを出したものの、気分的に乗らないなどという、理由にならないような理由をつけてほぼ却下される形となった。
「……こりゃダメですね」
「なんせ妥協をしなかったからな」
「時間がないときには時間が欲しいと思うのに、いざ時間ができるとなにをすべきかわからなくなる現象ってあるじゃないですか。あれって全人類の
「これまでの多くの知恵を持っても結論が出てないから、たとえ新しい世代だとしても難しい気がしてならないな」
「夢も希望もありませんね」
「だが、未来はあるのさ……」
「自分の発言に陶酔できるなんて、おめでたいナルシストですね」
「ナルシストで結構だ」
無駄な会話を重ねても、状況は一向に進展しない。そんなことは当たり前だ。それでも、無駄な会話を重ねてしまうのだ。何もしないよりましだという考えに至るから。
「あれ、ちょっと待ってくれ」
膝に振動が駆け巡る。バイブの音が耳に入った。
ポケットの中のスマホに着信があったらしい。
「誰からですか?」
発信元は。
……騎里子だ。
「厄介な奴からだ」
俺は部屋を離れ、通話を開始する。
「どうせ大した要件じゃないんだろう。俺をけなしたいだけなら切るぞ。わかった、じゃあな──」
『信じられないんだけど。幼馴染にとる態度じゃないわ』
「君に信用はないんだ。要件があるならさっさといってくれ」
『私、いまどこにいると思う』
「……日本?」
『小学生レベルの頭脳なのかしら、あんたは』
「正解は?」
インターホンが鳴る。それも一度じゃない。連打されているようで、食い入るように何度も音楽が鳴る。
『あんたの家の前よ。いまから入るわね』
それは困る。まじで困る。だって円花さんがいるんだぞ?
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