第32話 「じゃあ、私がせんぱいのファーストキスを奪ってあげましょうか?」

「三咲ちゃん、これはいったいどういうことなのかな」


 勉強の気分転換として、円花さんと近所の公園にいったのだが。

 ローラー付き滑り台を楽しむ後輩、綾崎三咲と遭遇してしまったのだ。


「私は滑り台で楽しんでいただけですよ」

「んなことはわかってるんだ」

「それよりも、隣にいる女の人は誰ですか? せんぱいには騎里子さんという人がありながら!」

「祐志さん、私も滑ってきていいですか? もちろん事情聴取を終えたあとですけどね」

「同時にふたつの会話を振るんじゃない」


 このままではらちがあかないということで、話合いの機会を設けることにした。


 滑り台のてっぺんの方まで上がっていく。ベンチを見つけると、俺はふたりに挟まれるように座った。右手に円花さん、左手に三咲ちゃんだ。


「じゃあ。私からでいいですよね、せんぱい」」

「三咲さん、でしたっけ。こういうのは年上の方に譲るものではありませんか。ですよね、祐志さん?」

「せんぱい、こんな女の人のいうことをきいちゃダメです。私たちは同じ文芸部。その絆の深さはいわずもがなです!」

「指折り数えるほどしか活動していないのに、毎日クラスで会っている円花さんと戦うつもりなのか」

「ぐぬぬ……で、ですが量より質といいますよ! あの方とすごす時間なんて、サラッサラのスッカスカですよ。反面、私たちの時間はドロドロでねっとりしてます! そして生温かさすら感じます!」

「誤解を招く表現はよくないぞ」


 そこから互いに口撃しあう三咲ちゃんと円花さんだったが、三咲ちゃんの完敗だった。うん、しってた。


「そういえば自己紹介がまだでしたね、綾崎さん」

「ど、どうして私の苗字を!」

「朝ごはんはシリアルだけで足りているんでしょうか? 夜の即席麺は体に悪いと思いますよ。三分待たずに一分で食べてしまうのもおいしくないのによくやっていると思います」

「え……? せんぱいが私のこんな情報まで漏らしたというんですか」

「漏らすかボk……ま、まあそんなところだよ!」


 違う、だなんていえば「なんで知ってるんですか!」となってややこしいんだ。つうか把握してるのが基本的なプロフィールどころじゃないよね。追及しないでおこう。


 円花さんは咳払いをすると、三咲ちゃんに対して自己紹介する。


「改めてまして。わたくし、白羽円花といいます。祐志さんのクラスメイトです」

「わ、わたしは綾崎三咲ですよ。せんぱいと同じ文芸部に所属している高校一年生なんです。せんぱいにはよく絡まれて呆れていますよ、ほんと」

「絡んでくるのはどちらかっつうと三咲ちゃんの方だろうが」

「三咲ちゃんって呼ばないでください!」

「滑り台を嬉々として滑る高校生にはちゃん付けがお似合いだよ」


 売り言葉に買い言葉、つい口にしてしまったが。


「では祐志さん。きょうはまどかたんとお呼びください。どうせ私はたん付けがお似合いですから」

「〝ちゃん〟ならまだしも、〝たん〟だとアイドルみたいじゃないか」

「祐志さんにとってのアイドルということですか」」

「クラスメイトをアイドルだなんて呼ないよ」

「もはやアイドルを超越した存在だと?」

「なぜそうなる」


 円花さんにとって都合のいいように解釈されているな。もはやつっこむのも無駄な気がしてならない。


「なんだか仲が良さそうですね。これは騎里子さんに密告しておかねばなりませんね」

「この話題を騎里子に振るな。いろいろと厄介なんだよ」

「喧嘩でもしましたか? それとも倦怠期ですか?」

「似たようなものだ」

「それで浮気ですか。とんでもない屑野郎ですね」

「誤解だ。円花さんとは付き合うような間柄じゃないから! それに騎里子とも付き合ってないからな」


 またひどいことをいった気がするが、逆に円花さんは喜んでいるだろう。


「付き合う程度の間柄ではなく、結婚相手として見てくださっているのですね!」

 とでも思っているのだろう。じっさい、円花さんは下品な笑みを浮かべている。


「とはいっても、騎里子さんとは幼馴染。キスくらいはしてるんじゃないですか?」

「ご想像にお任せするよ」

「ひどいです、逃げるんですか」

「キスなんてしてるわけないだろ、騎里子とだなんてまっぴらごめんだ」


 その話題に触れてはいけない。もうけりはつけたし、じゅうぶん叱られたんだ。



「じゃあ、私がせんぱいのファーストキスを奪ってあげましょうか?」



 突如、俺たちの間に風が吹きつけた。あたりの木々がザッと揺れる。


 言葉の意味を理解するのに時間がかかった。脳が理解することを拒んでいた。


「……どういうおつもりですか?」


 沈黙を破ったのは円花さんだった。


「キスもしたことがない、かわいそうなせんぱいに唇を捧げたいと思っただけですよ。だって、あなたはなんでしょう?」

「そ、それは……」


 円花さんは口をつぐんでしまう。何度も言葉を紡ごうとしているようだが、うまくできていない。


「私とせんぱいは部活が同じだけですが、私はそれ以上の関係になりたいと望んでいます」


 それって、もしかして。


「私、せんぱいのことが──好きではないですね」

「おい!」

「ただ、特別な人だとは思っています。なので、親友補欠くらいにはなりたいと思っています」

「こんなことをいうのはなんだが、嘘ついてないか?」

「もしかしてせんぱいは私に愛されていると自惚うぬぼれてる自意識過剰野郎ですか?」

「失礼な!」


 そのやりとりに見かねた円花さんは、ついに口火を切った。


「私は、祐志さんと友達以上恋人未満の関係です。ですから綾崎さん、あなたに勝ち目はありません」

「おい、円花さん。突然なにをいいだすんだ」

「だって私たちはこのくらいのことなんて造作もない関係なんですから」


 そういうと、円花さんは俺の右腕を強引に寄せてきた。肘がちょうど彼女の胸に当たる。


「おい、そんな体を張らないでくれ」

「こんなの日常茶飯事じゃないですか、ね? ゆーくん?」


 円花さんはいけしゃあしゃあといった。これではまるで三咲ちゃんに対して当てつけているようじゃないか。


 おそるおそる三咲ちゃんの方を見る。赤面しており、目を四方八方に泳がせていていた。


「そ、そんなことで怯むような綾崎三咲ではありません! そんなの余裕ですよ!」


 三咲ちゃんは、目を瞑ったまま俺の左腕に飛び込む。そして、円花さんと同じように自身の胸に押し当ててきた。


 ちなみに、三咲ちゃんのそれは発達途中だ。膨らみがあるかないか。対する円花さんのものは、ほどよく大きい。柔らかい感触がしっかり伝わるくらいに。


 ……と、胸について語ってしまうあたり、変態だと思う。最低だ……。


「無理しない方がいいですよ」

「こんなの朝飯前ですよ!」


 どこからか、きゅーっと腹の音が鳴る。


「朝飯前というより、昼飯前じゃないか?」

「せんぱい、なんかおごってくださいよ」

「自分で買ってくれ。その前に、ふたりともそこから離れてくれ」

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