第31話 「滑り台で滑りたいのは私ですよ?」
「もう無理だ、助けてくれ……」
「五十時間は働けてますよ!」
「疲れたんだ、もう限界だよ」
夏休み初日から三日目にかけて、まさに
飯食う時間以外は勉強という、もはや自由もクソもない生活だった。なるはやで宿題は終わらせてほしかったらしい。
円花さん曰く、
「別に五日くらい寝なくても大丈夫なはずです! 人間って食べてなくても水さえあれば数週間生きられるくらいですし!」
という根性論でゴリ押しされ、しぶしぶ机にむかうしかなかった。途中で挫折仕掛けようとも、「私だって同じくらい追い込んでましたよ。祐志さんの方がきっと体力あるのでいけます」といわれる始末。
「課題はほぼ終わったようなもんだ。許してくれよ。体調崩したらふたりきりの一週間が俺の看病で終わるけどいいのか?」
「看病プレイなら喜んで引き受けますよ」
「そうだったよ、円花さんにはなにいっても無駄だったね」
「うーん。やっぱり祐志さんが体調を崩す姿をすすんで見たくはありませんね」
しばしの沈黙があって、円花さんは膝を打った。
「いいこと思いつきました。ちょっと休憩しましょうか。時にはリフレッシュも大事ですよね」
「ありがたやありがたや……このときを待ち望んでいたよ」
「お散歩にでもいきましょうか!」
「すばらしいよ、もう最高だよ。君は最高の義妹だ」
「褒めても下着姿くらいしか出ませんよ?」
「それは海にいくまでお預けにしてほしいな」
門をくぐり、散歩をはじめる。
「近くの公園で手を打ちませんか?」
ききなれた公園の名前を、円花さんは口にする。
「あそこならゆっくり休めそうだな。なんせ広くて空気も澄んでる」
「はい。滑り台もあるので祐志さんも遊べますね」
「いつから俺は小学生になっていたんだろうな」
「すみません、体の方は高校生でしたね」
「精神年齢が小学生だってディスってるのかな?」
「私が色仕掛けに敏感に反応しちゃうなんて、ませた小学生ですね。とはいえ成長が早いのは感心すべきですね!」
「皮肉の類でもいわれてるのかな……」
「返しにキレがあるのでまだまだ元気でしたね」
「こっちだってやけくそだよ」
精神年齢が小学生、あまつさえエロいことに反応してしまうとか終わってるかもしれないな。
住宅街を数分歩けば十字路に出る。そこから横断歩道を渡ると、商店街が見えてくる。アーケードをくぐり抜けていく。
「商店街デートっていうのもありなんじゃないですかね」
「もし見つかって、近所の人らに俺たちの関係が追及されると面倒だからやめておこう」
「なら、いまは他人のフリをして通り過ぎた方がいいかもしれません」
「たしかに」
自分でいっておきながら、詰めが甘かったな。
もう一度横断歩道を渡ると、広い公園に出た。
野球場やテニスコート・サッカーのできるグラウンドまでそろった、大きな公園だ。駐車場も整備されている。
入り口を通り抜け、ベンチのある広場まで歩いていく。
「狭い公園だと、誰かが近づけばすぐにわかる。だが、広い公園ならまだ誤魔化しがきくと。そういうことか?」
「私はただ、自然に囲まれた場所で心を落ち着かせたいと思っただけなんですが」
「俺の考えすぎか」
「別に一緒にいるところを見られたってどうってことありません。『祐志さんは
「それが怖いから他の人と会いたくないんだよ」
「冗談に決まってるじゃないですか……?」
「断定じゃなくて疑問系かよ。本当に冗談か不安になるよ」
野球場やグラウンドを越えると、いよいよ目的地に到着した。
広場は子供連れの客で溢れていた。子供は自由自在に駆け巡っている。それを遠くから眺める保護者もいれば、一緒になって追いかけている保護者もいる。
「残念ですね……滑り台は小さい子供に占拠されていますよ」
「どうして俺が滑り台をすることになっているんだ?」
大きな公園の滑り台だからといって、この広場にあるものはさほど大きくない。数秒で地面に到達できてしまいそうな長さのものだ。
ここはいわば、公園の中の公園だった。騎士の中の騎士とか、そう意味ではなく、でっかい公園に
「ベンチは空いてなさそうですね。もう少し奥まで進んで見ましょう」
「奥って長い滑り台のあるエリアじゃないか。座れる場所なんてあったか?」
「そんなに滑り台に愛着なんてないから。何回同じネタを擦れば気が済むんだ」
「滑り台で滑りたいのは私ですよ?」
「さらっとダジャレを組み込みつつ衝撃の告白」
どうも、この公園の滑り台が前から気になっていたらしい。転校するにあたって下調べをしていく中で存在をしり、以後気になってはいたがいけていなかったという。それはそうだよな。大の女子高校生が子供に混じって滑り台をやりたいだなんて、世間体が悪いもんな。
「ですから、一緒に滑ってもらえませんか? やらせてください!」
「上目遣いで肉薄するな」
「いいじゃないですか! ものは試しです。まだわからないこと、つまり日常はミステリー。謎は解き明かさないといけませんから!」
「探偵かよ」
そこから円花さんは子供のように駄々をこねた。後生ですから滑らせてください、と大声でいうものだから、周りの人が一瞬こちらをむいて気まずかった。ノーとはいえない雰囲気である。
その間にも、子供たちが滑り終えていく。現在地から階段を登っていくとスタート地点なのだ。現在地はゴール地点なわけだ。
「祐志さん、私ひとりだとただの罰ゲームなので、一緒に滑ってくださいね?」
「わかった、いいよ。もういいよ……」
「私が後ろですからね。柔らかい感触を存分に味わってください!」
「振動と摩擦による痛みの方が勝そうな予感しかしないな」
無駄な抵抗を終え、いよいよ階段を登り始めようとした瞬間。
「こわいですぅぅぅぅぅぅ!! せんぱいたすけてぇぇぇぇぇぇ!!」
怒涛の勢いで真横を駆け抜ける少女がひとり。
……ん? きき覚えのある声だったような。うん。気のせいだよね。まさか滑り台を楽しむ女子高校生がふたりもいるはずないもんね!
「へ?」
きょとんとした顔で、こちらを見つめてくる。
「……うーん?」
「どうしてここに先輩が?」
「それはこっちのセリフだな」
段ボールを下に敷き、足をぴんと伸ばす三咲ちゃんが、そこにいた。
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