第17話 「何度でもいいます。私は祐志さんのことが好きなんです」

「この賭けは、ゆーくんの勝ちですね。当初の約束通り、好きなことをなんでもひとつ、してあげますよ?」


 円花さんとのポーカー対決に勝利した俺は、「なんでもいうことをきいてあげる」という千載一遇せんざいいちぐうのチャンスを────。


「俺のこと、騎里子のこと、三咲ちゃんのこと……いったいどこまで知ってるんだ?」

「ッ……!!」



 本能を抑え、情報の収集にあてた。


「なぜです、せっかくのチャンスを質問に浪費するとはどんな神経をしているんですか」

「どうしてって? 円花さんがこちらに賭けさせたのは〝綾崎三咲の情報〟だ。それと同じくらいなのが、この質問だってことだ。等価交換ってやつだよ」

「納得しました。では、少々お待ちください」


 円花さんは崩していた格好を元に戻していく。


「祐志さん、目のやり場に困ると思うので」


 という理由だった。それならさっきのアレはなんだったんだろう。そうとう目のやり場に困った。オスの本能に抗えずに何度かガン見してしまったよ。


「……さて、祐志さんを含めたお三方のことをどこまで知っているか、という質問でしたよね」

「その通り」

「とりあえず、騎里子さんと三咲さんからです。基本的なプロフィールからプライベートな情報くらいまでは知っています」


 疑問は山積みだが。となると、三咲ちゃんの情報を賭けさせたあの戦いは無意味だったのか?


「いいえ、違いますよ。まだまだ知らないことがたくさんあるので」


 そういうことらしい。


「綾崎三咲の家族構成」

「美咲さんとご両親の計三人。両親は共に働いており、夜遅くまで家に帰ってこない」

「血液型は」

「A型」

「誕生日は」

「三月三日」

「こりゃパーフェクト」


 完全にあっている。他にもいろいろ質問したのだが、どれも正解だった。


「……こんだけ知っていて、あと知らないことなんてあるのかよ」

「血液型・誕生日・好きな食べ物……うわべだけの情報では、その人を語りきることはとうてい不可能でしょう?」

「そうだな。となると、俺のこともやっぱり詳しく知っているんだよな」

「もちろん。誕生日は七月四日で血液型はAB型。好きな飲み物は無糖の炭酸」


 そこから、かれこれ一分ほどの説明が続き。


「……性癖はメイド服を着ているドSな女の子。好きな女性のタイプはお淑やかな雰囲気で身長は程よく小さく、ある程度の胸の膨らみがほしくて────」

「説明のはずが、なぜか拷問に代わっているのは気のせいかな」


 性癖まで把握されてるのはキツすぎる。だって、この条件に当てはまるのは。


「まさしく私みたいな人が理想の女性ということですよね」

「やめて、本人にいわれるのが一番恥ずかしいからやめて!」

「では認めるんですね?」

「いまさら言い訳をならべたところで無駄な気がするんですよ」


 一分間も俺の個人情報をペラペラと語れるくらいには知られているんだろう?

 下手に誤魔化してもしきれないことくらいわかっている。


「私も祐志さんのことが好きなんので問題ありませんよ」

「……え?」

「何度でもいいます。私は祐志さんのことが好きなんです」


 このセリフは、過去の俺がきいた場合と現在の俺がきいた場合で受ける印象がまった違ってくる。


 過去の俺なら、


「はい! まじですか? こんな理想の転校生とかミラクルすぎる奇跡じゃん?」


 とかいって即落ちし、どきつい表情でダブルピースを決めてしまうんだろう。


 だが、現在の俺は違う。


 まるで理想を体現したかのような彼女は、少しばかり危ない人物なのである。


「うれしいけど、うれしくねえんだわ……」


 というのが正直な感想だ。うれしさより、心配の方が勝ってしましそうなほどである。だって、まだ内に秘めた狂気が解放されきったわけではない。


 そもそも、


『好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き』


 という文字をびっしり書くくらいにはおかしいのだ。


「どうしてまだあって一月も経っていない僕のことを?」

「妥協だとか理性だとか、そういうのを骨抜きにした恋というものは許されないのでしょうか。一目惚れからはじまる恋くらい、たまにはあっていいじゃないですか」


 いつかの日に見たことのある、小悪魔的な笑みを彼女は浮かべていた。


「僕に一目惚れ? 円花さん、揶揄ってるんですか」

「揶揄う? どうしてそんなひどいこというんですか!」


 彼女は叫んだ。


「だって、だって祐志さんは……ゆーくんは、私にとって理想的な男の人なんです! それが私の本心なんです」

「悪かった、そんな気持ちを踏みにじるようなことを」

「わかってくれれば、私はいいんです」


 彼女は一呼吸おき、口を開いた。


「恋は盲目なんです。囚われてしまえば、他のことが見えなくなるくらい、いや、本当に見えなくなりますよね、ゆーくん? あなたならわかるでしょう」


 転校生に囚われてきた過去のことを言及しているのだろうか。その気持ちはわからなくもない。


「気持ちを抑えようにも抑えられなくて、忘れようと思えば思うほどにさらに強く思ってしまって、名前をきいただけで体が火照ってくるような、考えずにはいられずに毎日苦しい思いをしなくちゃいけないような、あの人しか私にはいないんだ、という確信を持ってしまうような、おかしくなっている自分をわかっていてもさらに狂気に染まっていくような、次第に重くなっていく愛で体が毒されていくような。そんな、そんな思いが、わかりますよね? ね? ね? ね? ね? ね? ね?」


 近づきすぎだ、円花さん。途中から早口すぎてほとんどききとれなかった。もはや幽霊にでも取り憑かれたかのようだった。体中に寒気が走る。


 違う、理想の円花さんはこんなんじゃない……!!


「答えてくださいよ、ゆーくん? 私の思いを受け入れてください……だって、私のことを好きなんでしょ? ゆーくん?」


 こんなときに、ある考えが浮かぶ。


 たとえ愛しあっているふたりでも片方は愛し、片方は愛されるだけだと。


 つねにふたりの思いが一致するのは難しいのだと。


 そして、また、別の考えが浮かぶ。


 愛は強くなりすぎると、体を蝕む猛毒になるのだと。


「円花さん、落ち着いて! 冷静になろう。今の君は暴走しすぎている。これ以上思いをあらわにしすぎると、取り返しのつかないことになる。だから、これで我慢するんだ?」


 血を求める吸血鬼のように、愛に飢えた円花さんは正気を失っている。とりあえず、これでどうにか気持ちを抑えてくれ!


 そんな思いで、俺は自分の着ていたセーターを脱いで円花さんの顔に目掛けて投げる。


「わっ!」


 狼狽うろたえたものの、すぐに彼女はセーターに顔を近づけて匂いを嗅ぎ始める。


「あっ、ゆーくんのにおいぃ」


「擦り付けたいぃ。ああ、全身で感じちゃうぅ……」


「身体中がゾクゾクします」


 セーターで全身をさする円花さん。 違う、こんなの違う! 間違っている!

 もはや別人ってレベルなんだよ。いつから変態キャラになってるんですか。


 やだ、やめて。もう限界だよ……。


 だが、流れは変わる。それは、精神崩壊メンタルブレイク五秒前のこと。


「祐志、父さんが早く帰ってきたぞ〜今日は焼肉だッ! 肉はうまいぞぉ〜」


 父の帰宅。


 その声が聞こえるやいなや、円花さんは正気に戻る。セーターを床に置くと、すぐさま一階へ。


「お父様、お帰りなさいませ。祐志さんは二階にいます」


 切り替えが早すぎる。まるでさっきのことがなかったかのようだった。


「祐志さん、お父様が帰られましたよ」


 ……こうして、円花さんへの恐怖はいっそう増したのであった。

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