第13話 「仲良しなのはいいと思いますが、変な人とつるんでいると変人が悪化しますよ」

 騎里子によって、俺たちは学校でゲームができなくなった。別に従わなくてもいいと俺は思うのだが、三咲ちゃんは「もし約束を破ったらあの女の人に負けた気がするので嫌です」の一点張りだった。


「毎日でも(ゲームを)ヤりたい」と彼女はいっていたが、冷静に振り返ると俺たちは月に数えるほどしか活動していない。ゲームをやりたい気持ちはあるが、そもそも部室に行くのが億劫だということに気づき、「一ヶ月活動しなくていいか」という結論に俺は至る。


 毎日やりたいぐらい好きだからといって、毎日やるわけではないのだ。



 放課後。部活動の予定が潰れたため、俺はふつうに帰宅しようとした。


「祐志さんって、女の子の知り合いが多いんですね。昼休みもとても楽しそうでした」

「げ、もしかしてあの様子を見てたんですか?」


 教室にはいなかったはずですが。


「はい、廊下で。いろいろ口論したのち、見事なボディーブローが決まっていましたね」

「そこまで見られたたんだ、恥ずかしいな」

「微笑ましいと思いましたよ。なにを恥ずかしがることがあるんですか?」


 ほとんど誤解されそうな言い回しだったもん。他人にはきかせられないよ。


「仲良しなのはいいと思いますが、変な人とつるんでいると変人が悪化しますよ」

「ちょっと幼馴染と後輩をディスってませんかね」

「ボディブローを決めたり、淫猥な発言を学校という公共の場でなんの恥じらいもなくおこなえるレディーを変な人と呼ばずどうしろというのですか、祐志さん?」

「冷静に考えればその通りすぎますね」

「変人同士は惹かれ合う、というやつですか」

「なかなか毒舌だ」

「だって──────」


 その続きを遮るように、遠くから


「せんぱい、放課後ファミレスでもいきません? きょうめっちゃ暇なんですよ〜」


 と三咲ちゃんが叫ぶ。見る限り、円花さんが陰口を叩いていたのに気づいていないようだ。


「……断った方がいいですかね」

「どうしてですか」

「だって、円花さんがさっき変人だって……」

「先ほどは手厳しいことをいいましたが、あれだって祐志さんの大事な友人なのでしょう。急に断られてどう思うかなんて、容易に想像がつきます」


 あくまで冷静を装っているつもりなのだろうが、あれは完全に怒っている。笑顔が引きつっているんだ。それに、いつも丁寧な言葉遣いの円花さんがあのディスりよう。

 しかし、断るわけにもいかない。退路は絶たれたのだ。


「よーし、三咲ちゃん。放課後空いてるからぜんぜんオッケーだよ」

「まったく、三咲ちゃんって呼ばないでください。ところでせんぱい、後ろにいる女の人は誰ですか? もしかして恋人ですか?」

「はい。私と祐志さんはクラスメイト以上かつ恋人以上の関係ですから、誰もつけいる余地はないんですよ」

「ちょ、円花さん。何をいってるんですか」


 義妹だからそうなのかもしれないけど。恋人以上ってのはいいすぎなんじゃ。


 ポン、円花さんは三咲ちゃんの肩をたたく。


「白羽円花です。以後、お見知り置きを」


 そういうと、円花さんは立ち去ってしまった。


「何なの、あの目は……獲物を威嚇するような、鋭さと冷淡さを併せ持つあの目は……」


 三咲ちゃんは、俺と目線を合わせず、どこか挙動不審な動きを見せた。


「あの目に見られた瞬間、闇に吸い寄せられるような感覚に陥ったんです。生気を吸い取られたかのようでした」


 さしずめ円花さんは能力者か何かですか。


「ダメです、せんぱい。あの人は危険です。私にはわかります。すぐに関わるのをやめた方がいいです」

「そうはいってもな……」


 彼女は理想の転校生であるし、俺の義妹なのだ。離れようにも離れられまい。


「さあ、もうこのことは忘れましょう。せっかくのファミレスが台無しになってしまいそうなので……さて、せんぱい。なにかありましたっけ?」


 一瞬で切り替えたらしかった。もはや恐怖に支配された三咲ちゃんはどこへやら。


「ない、なにもない」

「そうです、私たちはなにもきいていませんね」


 それから、駅近のファミレスに入った。俺たちと同じような学生や、パソコンと睨めっこをしているサラリーマン、無駄話に夢中になっている主婦などがいた。


 店内は空いていたので、すぐに席につけた。四人席にしてもらい、隣り合って座る。


 そして、僕たちはドリンクバーとデザートを注文した。


「きょうはなんのためにファミレスに来たと思っているんですか、先輩」

「てっきりおしゃべりでもするのかと」

「それなら学校で事足ります。今回やりたいことで、私たちに必要なのは、これですよ」


 そういって頭上を指さす。


「Wi-Fiか?」

「その通りです。ポケットWi-Fiの調子がきょうはなぜか悪いんですよ」

「こういうところのWi-Fiのって、少し危ないってきいたことがあるんだけど」

「たとえ個人情報が抜かれたとしても。私は先輩とゲームがしたいんです」

「それなら三咲ちゃんのお家でも……」

「なんですか。男女の高校生、二人きり。これがどういう意味を表すかわかりますか。セクハラですよ、セクハラ。一人暮らしだって前に話しませんでしたか?」


 過去の記憶を探ってみると、いっていたような気もするし、いっていなかったような気もする。


「ごめん、俺が考えなしなばかりに」

「というわけで、これがゲーム機ですよ」

「ああ、そっか。持ち運んでも遊べるんだったな」

「本当は大画面でしかやらないという拘りがあったのですが、それよりもせんぱいと対戦したいという思いが勝ったので」

「それはどうも」


 机の下で、三咲ちゃんはゲームの用意をする。うまくWi-Fiの接続がいかないようらしかった。


 そうしているうちに、注文していた商品がくる。


「お待たせしました」


 俺はパンケーキ、三咲ちゃんは抹茶あんみつである。長時間放置しておいても大丈夫なやつだ。


 店員は伝票をプラスチックのスタンドに差し込み、持ち場に戻っていった。


 そうしているうちに、三咲ちゃんは準備を終えた。横にいる俺にコントローラを渡す。目の前に置いた横長のスクリーンは、オープニング画面を示している。


 すぐにオンライン対戦の画面を立ち上げる。


「一対一でバトルするんじゃなくて、十二人のレースでせんぱいを負かしたいんですよ。それもCPじゃなくて、なのです」


 と、彼女はつぶやく。


「三咲ちゃん、ここは文芸部じゃないんだ。大声出すなよ」

「わかってますって!!」


 返事がいいのはいいことだ。話をきいていればの話だけれど。


「うぎゃああああ!! なんで先輩に一度も勝てないんですか。私は────」


 休憩を挟みつつ、五レースほどした後。三咲ちゃんはとうとう堪えられなくなったのか、発狂してしまった。


 すぐに口を塞いだからまだよかったものの、いっせいにこちらに注目が集まる。俺は笑って誤魔化すしかなかった。


 結果は俺の全勝である。手加減をしてもよかったのだが、「手加減というのは一緒にゲームをしてくれないことよりも腹立たしいです」といわれてしまったので、そうするしかなかったんだ。許せ。

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