第8話 「……もしかして、気づいちゃいました?」
英単語の追追追追試に、俺は無事合格した。
部室棟から第一校舎まで疾走し、試験開始三十秒前に到着。試験に間に合った。
多くの人間にとって、たかが英単語で四回も追試になる理由などきっと理解されないだろう。「こいつはとんでもなく馬鹿なのか?」と。
反論させてほしい。
試験形式は一問一答の英訳形式(「りんご」なら「apple」と答える)。問題数は一〇〇問で、一問一点。制限時間は六分、合格は満点のみという鬼畜仕様になっている。範囲はざっと一〇〇〇単語。
時間が短い、そのうえミスが許されない。一発合格なんて夢のまた夢だと思う、周到に準備をしていても合格は極めて難しい。
ゆえに、四回目の追試でもクラスメイトの四分の一が残っていた。
俺だって一回で合格点を叩き出せたはず。なのに、これまで本試験を含めた全四回、すべて一ミスで再試験になっている。
見苦しい言い訳だが、誰しも、lをr(clashなのにcrash)と、mをn(environmentをenviromnent)と間違えることってあるだろう。そういうケアレスミスで、俺は満点を逃し続けてきた。
「ようやく受かったわ〜。ユージはどうだったのかしら?」
追試が終わると、騎里子はこちらに歩み寄ってきた。
「俺もやっと受かった。うれしくて小躍り……騎里子、なんで舌打ちするかな?」
「あんたは一生追試でもやってればいいのよ」
「ひどくないか」
「あんたと同じ点数ってことが嫌なだけよ。負けるより屈辱だわ」
「……おい翼、また騎里子が毒舌で俺をいじめてくるんだが」
「祐志、僕に助け舟を出してくれ、ということかい?」
近くにいた友人の翼に話を振る。
「頼むよ、騎里子は一度怒ると制御できないからさ」
「怒っている? いやいや、あれは彼女なりの愛情表現だと思うよ」
「本当にそうなのか、騎里子?」
「何考えてるわけ、ありえないんだけど」
「本人にきくことじゃないだろうよ……どうしてこうなるかな、祐志は」
もしかしたら、騎里子のことをツンデレと呼ぶ者がいるかもしれない。でも、俺はどうしても認められずにいる。まるでデレがないのだ。デレのないツンデレは、ただのツンである。
「あーもう。変な誤解をしないでよね。私があんたに愛情を抱いてどうするわけ? ただの幼馴染でしょ? さようなら」
通学鞄を肩にかけ、騎里子は帰ってしまう。
「はぁ……俺はどうすればいいんだよ」
「それは自分で考えないと。これは祐志と月里さんの問題だからね。さて、僕も部活にいかなくっちゃな。じゃあな、祐志」
翼もいってしまったので、俺も帰ることにした。
「おかえりなさい、祐志さん」
「ただい……ま?」
いつもと同じように、円花さんが出迎えてくれたのだが。
「円花さん、その格好はいったい」
「これですか? メイド服ですよ。祐志さん大好きですもんね。私も大好きなんですよ。なんせ白と黒の組み合わせですから」
制服姿も私服姿も素晴らしかったが、これはこれでまたいい。
「ごきげんよう」とでもいわんばかりに、円花さんはスカートの裾を持ち上げる。
「それにしても、どうしてメイド服が大好きだって知っているんですか?」
「あれ、前にいっていませんでしたか?」
いや、ない。断じてない。
円花さんに性癖なんぞを語ったら、好感度が下がるに決まっている。いうはずがない。
考えられるとしたら、父経由。でも、父にも伝えたことはない。
「そうだな、いってたかもな」
違和感。
でも、俺は思考停止。円花さんに不信感を覚えるなんてよくないな。
手洗いや着替えを終え、リビングでくつろいでいると。円花さんは食卓に来るよう告げた。
「せっかくなのでお菓子、食べませんか? まだ一緒に食べたこと、ありませんよね」
机には、スーパーのビニール袋。中を覗く。ポテトチップス・クッキー・チョコレートが入っていた。奥にはレシートがあり、そこから一時間ほど前に買われたものだとわかった。
「すごいな、ぜんぶ俺の好きな銘柄だ……ちょうどお菓子を切らしていたから助かるよ」
「いえいえ、祐志さんが喜んでいただけるならそれで満足です」
俺のお菓子にこだわる。フレーバーはマイナーなものを選ぶから、まずコンビニではめぼしい物が買えない。
あのポテチはこの地域だと一箇所しか取り扱っていないくらいだ。
……妙じゃないか?
たとえ偶然だったとしても、三つとも俺のお気に入りである確率はどの程度だろうか。奇跡といってもいい。
これじゃあまるで、円花さんが
「どうかしましたか、そんな思いつめたような顔をして」
「少し考えごとをしていただけだよ」
「……もしかして、気づいちゃいました?」
「え……?」
「全品20%オフで買えたことですよ。今日が月に数回の特大割引だったんです」
「そ、そうだそうだ。いやぁ、円花さんはついてるよね」
じんわりと嫌な汗が頬をつたったので、すかさずタオルで拭った。
いまの「もしかして、気づいちゃいました?」というのはどのような意味だったのだろう。
俺はまた、考えるのをやめた。今度は違う理由だった。
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