第7話 「せんぱいってドMだからご褒美じゃないんですか」

 夏蓮さん(白羽母)と出会ってから、はや一週間が経つ。


 親父と夏蓮さんは本当に仲が良いということがはっきりわかった。ご飯を食べているときも、食後にテレビで映画を見ていたときも、テンションは変わらなかった。


 しょうもないことを親父が口にし、夏蓮さんが呆れ、ときには制裁が加わる。たった一週間しか見ていないはずだが、もはや当たり前の光景になりかけていた。


 夏蓮さんは日中仕事に出かけ、定時には抜けてくる。親父は……いったい何を仕事にしているのかわからない。行事の代休のとき、昼間から缶ビールを開けているのを何度も見たことがある。


「祐志さん、今日部活はないんですよね」

「いやいや、今日部活がある。珍しくね」


 放課後、円花さんはいつもこうやって確認してくる。


「本当に活動していたんですね」

「帰宅部同然だけどね」


 なんせ部員は三人しかいないのだ。そのうちひとりは、籍だけ置いて一度も来たことがない。だったらやめろよ、というわけにもいかない。部員が三人在籍していないと三年間停部になるのだ。居場所がなくなると困る。


「できるだけ早く帰ってもらえるとうれしいです。ききたいことがあるので」

「ああ、わかった。最善を尽くす」


 今日は幼馴染の騎里子は出払っていた。


 教室を抜け、部室棟を目指す。


 輝院高校は、大きく分けて三つの校舎────第一校舎・第二校舎・第三校舎(通称〝部室棟〟)────に分かれている。第一と第二は渡り廊下で繋がっているが、部室棟は繋がっていない。現在地、第一校舎から部室棟まではそこそこ歩かなくてはならない。


「せんぱ〜い!」


 靴を履き替えて昇降口を出ると、彼女はいた。幼さをふくんだ声が耳朶を打つ。


「おー、みさきちゃんじゃあないか」

「みさきちゃんっていうのはやめてください! セクハラだって警察に突きつけて裁判沙汰にしますよ!」

 

 顔ひとつ分小さな背丈の彼女は、ビシッと指を突きつけて高々という。


 綾崎三咲あやさきみさき。高校一年生、つまり俺の後輩にあたる子だ。


「もし最高裁に突きつけられたらどうするんだ? 人生終わったも同然じゃあないか。マスコミが殺到して────」

「言葉の綾ですよ。というか私もそんなに薄情な人間じゃありませんから。せんぱいが極度の変態だってことくらい知っていますから」


 彼女には転校生オタクであることを話していないはずだが……騎里子によればかなり転校生関連のひとりごとをいっていたらしいから、知られている可能性はゼロじゃない。


「ひどいなー」

「特にこれが、ということはないんですが、オーラが変態なんです」

「理不尽すぎない?」

「せんぱいってドMだからご褒美じゃないんですか」

「俺は果たしていつからドM属性だと自称していた……?」

「やっぱりそうなんですね」

「認めてないよ?」


 こうやって揶揄からかわれるのには慣れっこだ。出会って間もない頃から、彼女はこういうテンションだった。


 前に三咲がクラスメイトと一緒にいるのを見たことがある。人当たりがよくて人気者のようだった。ふと思い出したが、彼女は、「たとえ仲良しにも見えたとしても、それが真実かどうかはわからないんですよ」というようなことをいったことがある。


「さあ、部室までいきましょう? ほらほら」


 袖を引っ張られ、左手をぎゅっと握られる。


「ちょっと、いきなり走るなよ。それも制服で」

「楽しいからいいじゃないですか、せーんぱい?」

「俺たち以外にも生徒がいるんだぞ」

「それが何か問題でも?」

「わかったよ、こんなことをきくような俺が悪かった」


 部室棟の二階にある一室が、俺たちが使っている部室である。鍵は三咲がすでに借りていた。


「ほら、数週間ぶりの文芸部の匂いですよ。どうですか?」

「どれどれ」

「鼻を鳴らされると私のことを嗅がれているみたいで気味が悪いです」


 君がセクハラで訴えるより前に、パワハラで訴えようかな? やらないけど。


 部屋の中は教室と大差ない。真ん中がパーテーションで区切られているくらいだ。俺たちが使えるのは教室の半分弱の広さ。ふたりだと充分すぎる。


 ソファ・作業用の長机、そして三咲の私物だというテレビとDVDデッキ。部屋にはこのくらいしかない。あとは過去の部誌のバックナンバーが、本棚に収納されているくらいだろうか。


「文芸部と名乗る以上、部誌とかを作らなくていいのか? あんまりわかんないんだけど」

「はぁ……せんぱいには文芸部員としての自覚がないんですか。部誌は年一回しか出ません。そう焦ることではないんですよ。なので、自由を謳歌しましょうよ」

「三咲は自由を謳歌しすぎだろうが」

「あー、いいところなので静かにしていてください。もう最終レースの三周目なんです! あー、なんでほぼ最下位なのにしょうもないアイテムしか出ないんですか?」


 テレビをじっと覗き込み、アクションレースゲームに没頭する三咲。手にはコントローラーが握られている。カチカチとボタンを動かす音がしきりにきこえてくる。


「まじでバレたら生徒指導者だから気をつけろよ〜」

「せんぱい次参加? お、ようやく神アイテムが」


 語彙力を失いかけている三咲がいった。


「もちろんさ。このレースゲームは大好きだからな」


 ……と、文芸部というのは名ばかりで、実際は遊び場に近い。ここでバリバリお菓子を食べることもある。


 さて、レースは十二人中六位と、三咲いわく「一番面白くない順位」。


「やはり学校でのオンライン対戦は背徳感がありますね!」

「絶対バレないようにな」

「当たり前じゃないですか。そもそも文芸部の部室にくる人なんていません。バレるはずが────」


 おい、それを人はフラグというんじゃなかろうか。


 むろん、そうだった。


「みさきちゃん、静かに。誰か来る」


 部室棟の二階は、文芸部以外いなかったはず。


「でも、こんな辺境にわざわざ来るとは考えられな……」

「ともかく、いったん隠すんだ! 俺は偵察をかけてくるから頼んだぞ!」


 しぶしぶ三咲は従い、適当な場所にゲーム機を隠した。応急処置だ。テレビは近くにあった布を被せた。


 音を立てないようドアに近づき、誰が来るのかを、左の透明な枠からこっそり見張る。

 上靴を床に打ちつける音が一定の間隔で刻まれていく。左右を交互に見たものの、誰かがいる様子はない。


「どういうことなんだ、おかしいぞ……?」

「どういうことかしら、おかしいわねぇ?」


 気づいたときには、右手のドアが開けられていた。首だけをひょっこり侵入させたのは。


「騎里子、なぜお前がいる?」

「英単語の追追追追試のこと、忘れてないでしょうね」

「あー、そんなのもあったな」

「開始まであと三分しかないわ。急いで来なさい。英語の先生を怒らせたら面倒なんだから」

「それについては同感だ」


 後輩に別れを告げ、俺は追追追追試の会場────第一校舎へと走り出した。


 ……このまま続き、やりたかったなぁ(遠い目)

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