お淑やか系転校生は俺の義妹で結婚をせがんでくるヤバい奴だったんだが

第3話 「こんなうまい炒飯は生まれて初めてかもしれない」

「……って、何を考えてるんだァァァァァァーーーーーー！！」

「祐志さん、大丈夫ですか？」

「いいや、何でもない。大きな独り言だから」

「そうですか」

　円花さんに対する気持ちをまったく制御できていなかった。なぜだろう、「考えないようにしよう」と思うほど、脳裏に円花さんがよぎってしまうんだ。

「悪いが、少しお手洗いと着替えにいってくる」

「わかりました」

　僕の心はぐちゃぐちゃだ。まずはこの場から離れなくては。着替えを持って部屋を出る。

　現在地は成竹家の二階。部屋はぜんぶで四つある。

　俺の自室・父さんの書斎・物置部屋と、空き部屋がひとつ。

　空き部屋は母さんが使っていたそうだ。小さい頃には離婚していたため、あまり記憶にない母が。

　もし円花さんの自室ができるなら、その空き部屋になるのだろう。やったぜ、俺の隣の部屋だ。

　そんなことを考えながら、階段を降りていく。リビングを覗くと、段ボールがいくつか山積みで置かれていた。白羽家の荷物だろうか。

　トイレに行かず、冷蔵庫に直行。ペットボトルを開け、キンキンに冷えた麦茶を仰ぐ。そして、呼吸を整える。

　最初から思いを全面に押し出してしまえば、嫌われてしまうのは自明の理。断じて先ほどのような発狂を見せてはいけない（気絶してる時点でもう手遅れだけど）。真摯な紳士を演じなくては。

　着替えを済ませ、ソファでくつろいでいると。

「祐志さん、ちょっといいですか？」

　円花さんはドアから顔を覗かせていった。

「あの荷物のことか？」

「はい。運ぼうと思ったのですが、重くて途中で諦めてしまいました。なので、ぜひ一緒に運んで欲しいな、と」

「それならこの成竹祐志に任せてくれ。ひとりでぜんぶ運ぶよ」

「でも、先ほどまで倒れていたことですし、心配です」

「問題ない、任せてくれ！」

　……とはいったが、段ボールを持った瞬間に考えを改めた。大きさの割には重く、腰が抜けるかと思った。俺は円花さんに手伝ってもらうよう頼んだ。

　慎重に作業を続け、すべての荷物を運び入れる。大きな家具は引っ越し業者が入れ終えていたらしく、残っていたのはふたりで運べばギリ持てるくらいの荷物だった。

　円花さんは疲れ果ててしまったらしく、俺の部屋の絨毯の上でダウンしてしまった。

俺は円花さんに、「こんなところで寝てるとよくないんじゃないかな？」ときいてみた。

反応はなかった。耳を澄ませると、「すぴー、すぴー」と可愛らしい寝息がきこえた。

　そっと顔をのぞきこむ。「こちらだって寝顔を見られているんだ、これで貸し借りなしだからいい……よね？」と自分の行為を正当化させた上で。

　瞼を閉じても、円花さんは美しかった。整った顔に見惚れたのはもちろんのこと、小動物のような愛らしさが際立っている。あどけない寝顔は、同級生とは思えない幼さがあった。

「……うぅ、祐志さんぅ」

　一瞬気づかれたかと思ったが、すぐに寝息がきこえたので違うようだ。

「……私の、王子様」

　どういうだ？　夢の内容について言及した寝言だろうけど。自分の名前をいわれてすぐの寝言。これは……意識せざるを得ない。

「気づいてよ……」

　モヤモヤして仕方ない。これ以上寝言をきいていると、よくない期待をしてしまいそうだ。

「落ち着け、落ち着け。俺は何も見ていないしきいていないんだ」

　引き出しからアイマスクを取りだし、額にかける。机の上に置いたヘッドフォンを装着、スマートフォンに端子を接続。

　アプリから、英語のラジオ教材を再生する。倍速設定にして、音量はできるだけ大きく。アイマスクで視界を遮断。

　英語を聞いていれば、日本語のことなんてすっかり忘れることができる。それも倍速なら、余計なことを考える余裕もなくなる。

　視界も聴覚も塞いだ。彼女の思わせぶりな寝言を意識したら負けである。遮断あるのみだ。

「……さーん」

「……」

　どのくらい音声を聞いていたのだろう。知らないうちに、誰かに肩を叩かれていることに気づいた。いいところだからちょっと待って。

「ぅーぃさーん」

「……」

「聞いてますか、祐志さん？　もう昼食の時間ですよ」

　ヘッドフォンとアイマスクを外すと、目の前には円花さんがいた。両手を腰に当てて、ジロリをこちらを見る。

「あー、ごめんね円花さん。つい勉強に集中しすぎちゃって」

　時計を見ると、二時間弱も経過していることがわかった。昼にしては遅すぎて、夕食にしては早すぎるくらいの時間だ。

「一緒にごはんを食べましょう。もう用意できてますから」

「作ってくれたのか、ありがとう！」

「いえいえ、造作もないことです。それよりも、勝手に冷蔵庫を漁ってしまい申し訳ないです」

「大丈夫だよ、もう家族じゃないか。遠慮することないよ」

　食卓には、炒飯が置かれていた。焦げ目のつき方がよくて美味しそうだ。

　手洗い諸々をすませ、さっそく────。

「「いただきます！！」」

　まずは一口。

　ご飯のパラパラ具合が絶妙で、食べていて心地いい。塩辛すぎず、あっさりしすぎず。だが、スパイスは程よく効いている。ありあわせた材料で、ここまで美味しくなるのか。

　俺や親父が作る料理（通称〝男の料理〟 ）とは大違いだ。

「……」

「お口に合いませんでしたか？」

「美味しすぎてなにもいえなかったんだ……まるで本格派の味じゃあないか」

「そんな、褒められることではありません」

「こんなうまい炒飯は生まれて初めてかもしれない」

（……あとでわかったのだが、冷蔵庫の奥に眠っていた、チャーハン専用のチューブを使ったらしい。これを使うと、誰でも本格的な味が出せるとのこと）

「「ごちそうさま〜」」

　食器の片付けはすべて円花さんがやってくれた。手伝おうとしたけど、「荷物を運んでくださったので、そのぶん働かせてください」と断られてしまった。

　食休みのため、ソファーに座ろうとしたとき。ポケットの中に突っ込んでいたスマホが震えた。通知を確認する。どうやら、メッセージが届いたらしい。

『Daisuke：祐志、今日は父さんは事情があるので帰れないからよろしくなー。新しい妻と少しお出かけ♡してくるからなぁ〜。　

　追伸　祐志、空は青いぞ！』

　父さんからだ。まじでなにしてるんですかね。そして謎の追伸。いつも変なメッセージばかり送られてくるから慣れっこだけど。

　これからの新しい家族生活。うまくいくか少し不安です。