Exchanger

いちはじめ

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 あっ、セールスの人ですか、どうぞお入りください、お待ちしておりました。いえ……、あなたをという訳ではないのですが。ちょっと一人ではどうしようもできないことがありまして、手を貸してくれそうな人を待っていたんです。

 あなたは今、厄介なところにきたな、と困惑しましたね。いやそんなに難しいことではないんです、簡単にできることです。まあ取り敢えず私の話を聞いてください。

 私が大学3年生の春のことでした。私が所属していた映画サークルでは、次に制作する自主映画についてミーティングを重ねていました。都市伝説の映画化という企画が出たのですが、それは過去にも撮っていた題材だったので、皆あまり乗る気ではありませんでした。しかしドキュメンタリー映画として、証言や、現地取材の映像を料理するなら面白いのではないか、と話がまとまったのです。

 えっ? 大学生の自主製作映画と、その手伝ってもらいたいことは関係があるのかって。いやいやここから話さないと説明できないんですよ、もう少し我慢して聞いてもらえますか。えぇえぇ、商品の話はそれが終わったらいくらでも聞きますから。

 さて自主映画の方向性は決まったものの、肝心の都市伝説のネタを集めるのに苦労しました。ネットで検索すればそれらしいものはごまんと出てくるのですが、具体的に撮影ができそうなものが、なかなか見つからなかったんです。そのうちに、異世界から迷い込んだ少女、という情報に行き当たりました。

 そのネット情報は、男がある民家を訪ねたところ、その家には様子のおかしい少女がいて、私を元の世界に戻してと迫ってきたので、あわてて帰ったという話でした。そしてその民家が、我々のすぐ近所にあるというんです。

 この話つまらないですよね。私たちもそう思ったんですが、何せまだ素材が一つもなく、時間もあまりなかったものですから、この都市伝説をネタに映画を撮ることにしたのです。

 その民家が本当にあるのか私は信じていませんでしたが、ネットで調べるとあったんですよ。私たちは早速、その民家へ取材に行きました。

 で、私が撮った動画がこれです。映画ではないのかって。すみません、編集できなかったもんで、素の映像です。見てください、これがその情報にあった民家です。朽ち果てる寸前といった感じの一軒家ですが、なぜか引き戸造りの玄関だけはそんな感じではありません。人の住んでいる気配もなく、鍵も掛かっていなかったので、私たちは中に入っていきました。えっ、不法侵入じゃないかって、まあ堅いことは言わないで続きを見てください。

 入ってみると、ほの暗い家の中に、ぽつんと一人少女が椅子に座っていたのです。この蝋のように白く、痩せこけて目が大きく落ち窪んだ不気味な少女。まさか都市伝説が本当だったとは思いもよりませんでした。驚いたサークルの連中は、この時点で皆我先にと逃げだしました。私ですか? スクープですよ、逃げるわけないでしょう、と言いたいところですが、正直、恐怖で動けなかったんです。映像も小刻みに震えているでしょう。ほら、人とは思えないような動きで少女が私に近づいてきます。少女の口が動いています、――あなたが私の代わりなの――、何回聞いてもぞっとします。どういう意味かって? その時点では分かりませんでした。

 少女は、恐怖で立ち尽くす私の上着の端を持つと、どこにこんな力があるんだ、と思うくらいのすごい力で、私を玄関の方へ引っ張っていきました。そして少女が戸を引き、玄関を開けました。次の映像は白く飛んでいるだけで何も映っていません。そしてこの時何が起こったのか、私も全く覚えてないんです。繰り返しますが、これは何の手も加えていない未編集の映像です。

 この先ですか? ここまできたら見たいですよね。

 このあと少女が玄関の外側に立っている映像になります。少女に引かれて、一緒に玄関を出たはずなのに、何故か私は玄関の内側にいて少女を撮ってます。少女は振り向くと、やっと戻れたとつぶやきました。するとみるみる少女の体は透明になって行き、そしてご覧の通り、あっという間に消え去ったのです。

 私は一連の出来事を、とても現実のものとは受け止めることができず、カメラを回していることさえ忘れて立ち尽くしました。

 なんです? この動画の真偽はともかく、何を手伝ってもらいたいのかって。

 なあに簡単なことです。私と一緒にそこの玄関を出るだけです。そうすれば私は、少女と同じように元の世界に戻れるんです。

 何を馬鹿なことを、と言いたいんですね。

 無理もありません。しかしあなたは気付きませんでしたか、この映像の最後に映し出されていた玄関が、この部屋のドアであったということを……。

(了)

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Exchanger いちはじめ @sub707inblue

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