Dream pilot:09 生きる理由と意味と価値

「出口は教えてあげる。あなたには試練を受ける権利があるから」


 オーマの言葉に、わたしは聞き返す。


「試練とはいったいなんなんですか?」

「空飛び猫となった時点で、試練ははじまっている。夜明けまでに出口にたどり着いて外に出なければ、二度と元の世界には戻れない」

「夜明けまで?」


 カスミの声が裏返る。


「出口をみつけ、なかに入ったとしても最後の試練が待っている。それはまさに運だめし。運がある夢見人だけが、元の世界に帰ることができる。空飛び猫となったあなただけが挑まなければならない」

「最後の試練、か……」


 オーマから出口を教えてもらうと、廊下へ飛び出し、一気に階段を駆け上がった。

 走りながら思い出す。

 空に浮かぶ満月を、わたしは怖いとおもって見てきた。

 街の明るさに星の輝きをなくした夜空にただひとつ浮かぶ、大きな満月を見上げながら、掃き溜め世界である海底に自分がいるのではという妄想じみた疑念が、わたしにはいつもあった。

 海中からみあげる光は、世界を上下に分けることができる。だからあの空に浮かぶ満月は、世界の天井にできた大きな穴にみえてくる。浮かんでいるのではない。あの穴の向こう側に、本当の世界が存在しているのだ。空に浮かぶ月をみながら、そう思ってきた。

 誰もが当たり前におもっている日常は、実はわたしたち以外の誰かによってつくられた実験世界。人間とは、そこで飼われている実験動物モルモット。だとしたら、わたしたちは一刻も早くここから出て、本当の世界に戻らなければならない。「空にあいた穴が閉じる前に早く抜け出しなさい」「ここにいては駄目」と、あの空にぽっかりあいた穴の向こうから聞こえるような気がしていたのだ。


 屋上に出たわたしは、夜空を見上げる。

 ――満月。

 あれが、この世界の出口だ。

 でも、もとの世界に帰るのはわたしだけじゃない。


「どこへ行くつもりだっ」


 屋上に夢狩りバルザフが、お腹をおさえながら荒い息づかいで立っていた。

 髪は乱れ、ひび割れたサングラスをかけ、口元には血が滲んでいる。

 どうやって彼は先回りできたのかと考えるも、すぐに振り払った。


「どいて! わたしはこの世界から出ていく」

「行かすか。ここはどんな夢もみられるすばらしい世界だぞ」


 バルザフは両腕を広げて立ちふさがる。


「すばらしい? どこが。理不尽な世界に作られてるじゃないの。読みきったと思ったら、理不尽な出来事がくり返し、何度も何度も何度も起きて。こんなの、どうにもクリアできないクソゲーよ。何千回もくり返し、失敗しそうでもセーブもできず、はじめからやり直し。それのどこがすばらしいの?」

「何度もたのしめていいではないか」

「人生にリハーサルなんかいらない」

「一度きりの生に、なんの意味があるのか」

「意味なんかない。生きるのに理由や意味なんかなくても生きていける」

「意味のない生に、どんな価値があるのか」


 わたしはいらだってきた。禅問答みたいなことをやっていたら、夜明けをむかえてしまう。バルザフが行く手をふさいでいる以上、この先に行けない。どうすればいいのだろう。


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