Dream pilot:08 夢先案内人と夜風魚

「無理だって!」

 わたしより先に、カスミは声をあげた。

「ちょっと待てよ。それは困る」

「困ると言われてもねぇ……出口がないわけではないけど」


 オーマの視線がわたしに向けられた。

 カスミもわたしを見てきた。

「なるほどね、すべては彼女次第ってわけか」

「そういうこと。おまけに彼女は、帰りたいと望んでいないところに問題があるの」


 きっとこれは悪い夢なんだ。夢だ、夢。

 わたしは心の中で自分に言い聞かせるように言葉をくり返した。

 オーマの言葉を理解したくない。


「わたしはこんな世界から早く出たいと願ってる」

「ここにはあなたの友達の碇矢さんがいる。大好きな愛敬君がいる。そして、何よりあなた自身、若さがある。永遠の若さ。帰ればあなたは大人で、ひどく退屈で孤独で、夢も希望もない世界で歳をとっていく。それがあなたの生きる現実でしょ。だけど、ここはすばらしい。あなたが願えば、思ったとおりの世界になるの」


 たしかにオーマのいうとおり。現実には、二人はもう死んでいない。戻ればわたしは大人で、独りで退屈な毎日を過ごし、夢も希望もない世界で歳をとっていく。目じりの小じわもひどくなる一方だ。

 だったらわたしは、どうすればいいのだろう。


「困ってるみたいね」オーマはうれしそうに笑った。「一つ教えてあげる。ここでは、夢がないと猫になるの。ムンディという、すべてがかなう世界であきらめた猫に。夢のないムンディたちは夢を求め、なんとか手にしようと夜風魚を食べる」

「夜風魚?」

「窓の外をみてごらんなさい」


 生物室の窓から外をみて、わたしは息を飲む。

 外にはみたことのない魚がたくさん泳いでいた。透明で細長く、向こうが透けてみえる。それもどんどん数が増えている。注意深くみれば、風が姿を変えて魚になっていた。

 いつぞや、電車からみた光景とおなじ。空に浮かぶ満月をとりまくように、大きなうねりとなって魚たちが泳いでいる。窓の外の世界は、まるで海のようだ。


「風が姿を変えて夜風魚となり、夜風魚は夢を集めて一つの輝きにする」

 カスミがつぶやいた。

 オーマはうなずいて立ち上がり、窓辺に立って外をみた。

「ムンディはその魚を食べてなんとか夢を手にしようとする。けど所詮、自分の夢ではないからムンディは猫の姿から戻れず、夢狩りに夢を搾り取られ続けてしまうというわけ。でも、翼のある猫はちがう。あきらめながらも、自分の夢を思い出したものだけが、空飛び猫になれる」

「それが……わたし」


 わたしはオーマを見た。

 彼女は、大きくうなずいている。


「呉羽さん、あなたがミュートスラントに来たことで、自分の中にあった願いを思い出すことができた。願いをもつことは希望につながる。たとえそれが残酷で、悲しみに満ちているものだとしても、それはきっとあなたにとっては必要なものだったと気づくでしょうね」


 ただし、と、オーマは言葉をつなげる。


「なにがあっても、あきらめないこと」

「どういうことですか?」

「空だって飛べる力を持っているにも関わらず、あきらめれば、途端に可能性が途絶えて希望がはかなく消えてしまいます。他人が用意した闇に落ちるのではなく、自ら墓穴をほって身を投げるのとおなじ。ですから、どんな結果になろうともあきらめないと強く願う気持ちが必要なのです。その気持ちと覚悟が用意できたなら、この世界から出る方法を教えてあげましょう。それが夢先案内人としての、わたしの役割だから」


 わたしは目を閉じ、自分に問いかけた。

 心から、元の世界に戻りたいのかどうか。

 そして一つの答えにたどり着き、わたしは素直によろこんだ。

 胸の中で芽生えた思いがかなうかもしれない、という期待があったからだ。

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