Dream pilot:10 一度きりの人生を生きるために

「人生に、生きる価値はあるっ」


 空から声が降ってきた。

 バルザフが見上げた瞬間、その顔めがけてルリが降りてきた。

 両足に顔面を踏みつけられるバルザフは勢いに耐え切れず、アスファルト防水された屋上へと背中から倒れていった。


「一度きりで戻ることができないからこそ、生きる価値が生まれるのっ」

 ルリはふらつきながら立って、バルザフを見下ろす。

「人生をやり直せたらと思うのは、自分の人生を生ききればいいという単純なことがわかっていない愚か者のセリフだ。メギドに荷担したバルザフ、恥を知りなさいっ」


 吐き捨てるように言ったルリは、その場に倒れそうになる。

 その傍らに突然夢買いオボロが姿を表し、すかさず彼女の身体を支えた。


「母親と一緒で、無茶をしますね」

「そ、そう?」


 えへへとルリは笑い、目を閉じる。

 わたしはルリの方に駆け寄ろうとしたとき、オボロが左手を伸ばして制止してきた。

「あなたは早く行きなさい」


 一瞬の躊躇。

 わたしはすぐにうなずいた。


「ありがとう。無事に出られたら、改めてお礼をするから」


 わたしは二人を背に走りかけたとき、メギドがうなった。


「ムンディたちよ、やつを止めよ! この世界から逃がすなーっ」


 バルザフの声に呼応するように、地響きするほどのたくさんの足音が聞こえてくる。おまけに梅雨時のカエルよりもうるさい猫の声の大合唱だ。その数は五匹、十匹どころではない。無数に光る目が星のように輝いているけど、きれいだとは思えなかった。フェンスを乗り越えたムンディたちが、わたし目掛けて迫ってきた。

 どこへ逃げればいいのかわからず、うろたえている間に飛びかかられ、猫の波に飲み込まれてしまった。

 あちこち引っかかれるわ、噛まれるわ、髪も引っ張られる。

 痛いし、にゃーにゃーうるさい。

 やめてと叫んでも、ムンディたちはやめてくれない。

 時間がないっていうのにーっ。


「もーっ、鬱陶しい。邪魔っ」


 叫びながら腕を振り回し、しがみつくムンディを払って飛び上がった。


「邪魔しないでっ。完璧なんて求めてたら、あっという間におばあちゃんになってしまう。今できることを精一杯するから、生きる価値が生まれるんだからっ」


 叫んで気づく。

 わたしは背中の翼を広げて、いつの間にか空を飛んでいた。

 夢買いオボロと夢使いルリも、ムンディたちに取り囲まれて動けないのが見える。


「ムンディども、持てる力と魂を集結せよ! そいつを止めろ!」


 バルザフの叫びが、ムンディたちの動きに変化をもたらした。

 数万匹のムンディたちが一カ所に集まり、大きな固まりへと変貌していく。

 その姿は巨大な猫のようで、ゆうに五メートルはあろうかというサイズだった。

 後ろの二本足で立つ姿は、もはや化け猫だ。


「させるかっ」


 屋上の出入り口の扉を開けて飛び出してきたカスミは、両足で屋上の床を蹴るや、信じられない跳躍力で飛び上がると、膝を抱えてまるまりながら前方宙返りをくり返し、ムンディの集合体の巨大化け猫の頭部を蹴飛ばした。

 組み体操のように集まっていただけのムンディたちは、泣き叫びながら弾け飛ぶように散り散りになって崩れていく。その下にいたのはバルザフだった。


「くるなーっ」


 絶叫と怒号があたりに響き渡った。

 散り散りに逃げていくムンディたち。

 残ったのは、白目向いて倒れている哀れなバルザフだった。


「カスミさん、すごいっ」


 わたしの声に応えるように、カスミは親指をたててうれしそうに笑った。

 それをみて、わたしも親指を立てて返す。


「出口は満月にある。急げキョウ!」


 カスミが叫んだ。

 わたしは小さくうなずく。

 背中の羽で空を飛んでいることを実感するや、急いで夜空を飛んだ。

 満月に向かう前に、わたしにはどうしても行かなくてならないところがある。

 満月を横目に、わたしは翼をはためかせた。

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