Mythosland:02 恋する幾何学模様
わたしは幼稚園から高校まで一貫した附属の学校に通っていた。
初等部、中等部、高等部へと進むにつれて新しく入ってきた子たちもみんなに溶け込みしらない人などいない、みんな友達、家族みたいな雰囲気が学園内にはあった。
だからあの子とあの子がつきあっているとか別れたとか隠しようもなく筒抜けに広まる。男子より女子のほうが二股三股を平然とするので、恋愛関係のもつれで描かれる幾何学模様は、夜空を埋め尽くす星座の数を凌駕していた。
けど、つかみ合って取っ組み合う喧嘩はなかった。大多数の男子は、最低一度は誰かとつきあったことがあるからだ。告白しようとしている子は以前つきあっていた子に、相手の好みやウィークポイントなど情報を仕入れる。授業中の手紙回しはもちろん、休み時間や放課後訪れるファーストフード店、コンビニ前で交わされる話題の大半がそれだった。
だから長くつきあうカップルはいなかった。消費期限は短い。何でもかんでもみんな知ってると、飽きるのも早いのだろう。どこかでみんな、恋愛に飢えていた。恋を実らせることよりも、育てていく時間がほしかった。不幸で悲惨な恋の結末話をよく耳にした。
それらを聞きながら自分はしあわせな恋をしているのだと安心を求め、誰もが不幸に向かっていった。卒業する頃には恋愛に冷めた見方をする子ができあがり、やりたいこと、なりたいものに素直に歩いていく人間へと成長する。
恋愛や夢物語よりも、これまでと今とこれからを生きる現在に価値を求めた女に自発的になっていくのだ。そんな先輩たちを遠目で観つつ通っていた。
そう、わたしは高校生だったのである。
トモローとは同じクラス、隣の席だった。
教室で手にしているのは、スマートフォンではなく折り畳み式やスライド式の携帯電話。ケータイを開いて、メールアドレスの交換のために「赤外線しよー」と声をかけるのが普通だった。
それに、この時代は制服を着崩すことがもてはやされていた。十年もしたら、崩さずに着ることが美しい時代になると教えたら、彼女たちは信じてくれるだろうか。
教室に貼られたカレンダーから、いまが十二月とわかる。
高二の十二月、わたしはなにをしていただろう。とりとめのない話をして騒ぐ教室の雰囲気が、あまりに懐かしくて、あることを思い出してしまった。
「トモローって、カコっちのこと好きなの?」
「な、なにをいきなり」
言葉を詰まらせながらトモローは否定する。
「わかりやすいね」
わたしはおもわず、にやっと笑った。
「ちがうって、そんなんじゃないよ」
嘘と本音は同じものでできている。
ただ表か裏かのちがいがあるだけなのだ。
彼とは、中学、高校とつづく親友のつきあい。
隠し事をしてもすぐにわかった。
「じゃあ、つきあってるんだ」
「つきあってない」
「ほんとかな」
あくまで隠そうとする彼に思案をめぐらせる。
「ちがうって言うなら、それでもいいけど」
わたしははさりげなく、トモローの折りたたみ携帯電話を取り出し開いてみせる。
画面にはカコの画像が表示されていた。
「わぁっ!」
トモローはわたしの手元から携帯電話を取ると、あわてて学生服の内ポケットにしまった。
「いつの間に、ぼくの携帯を」
「よそ見してる間にさりげなく。それ、例のおまじない?」
キョウは得意げにトモローに訊ねた。
好きな子を待ち受け画面にしておくと想いがかなうという。そんな遊びのようなおまじないが、当時クラスのあいだで流行っていた。理由は、クリスマスを好きな人と過ごしたい――そんな思いからだろう。
「さっきの話だけど、トモローの好きな人はカコっち?」
トモローは横一文字に口を閉じて下をむいていた。
ゆっくり顔をあげる彼は赤面し、耳まで真っ赤だった。
「つきあいたいとか、気づいてほしいとか……そういうんじゃなくて。眺めているだけで、その日がたのしくなるような気がして。おまじないを信じてるわけではないけど」
「カコっちと同じ沿線だったよね」
トモローは軽くうなずく。
「いつも同じ時刻の電車に乗って本を読んでる。本が好きらしい。それに気づいてから、通学がたのしみになったかな」
「へー、片思いなんだ」
わたしは笑みをつくってみせた。
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