Mythosland:03 肩甲骨は翼のなごり

 生物の授業中。

 担当教科の白衣を着た大間先生が、人類とホモ・サピエンスの誕生について、大型モニターに表示した図をつかって説明していた。毛むくじゃらのサルが、やがて二本足になって歩き出し、人になるという過程だ。

 最古の人類は、いまからおよそ七百万年前にアフリカに生息していたとされ、人類はチンパンジーなどの類人猿から猿人、ホモ属へと進化していった。


「類人猿と猿人の大きなちがいは、直立二足歩行をするかしないかです。長かった腕は短く、短かった足は長くなり、湾曲していた背骨はS字状になり、内臓が下に落ちてくることから骨盤が横広にかわり、足にかかる体重を支えるために土踏まずができてきました」


 大型モニターに猿人とホモ属のモデル図が表示される。


「類人猿と猿人は、直立二足歩行をしたかの違いでしたが、脳の大きさはそれほど変わらなかった。猿人からホモ属になった際、脳の大きさが変わっていった。ホモ・エレクトス、ホモ・ネアンデルターレンシス、ホモ・サピエンスそれぞれ比較すると、増加傾向になっていったの」


 脳の発達による頭蓋骨の変化や、道具を使うことにより、調理して食事するようになったことも説明していく。

 進化はいまも続き、人間もその途中に過ぎないのかもしれないと話していた。


「ねえ」


 隣の席のトモローがこっそり声をかけてきた。

 みると、彼のノートの隅に文字が書かれていた。


『碇矢さんのこと、なんでもないから』


 わたしは、彼の文字の下にペンを走らせる。


『子供じみたこと言ってないで認めたら?』

『子供じみてない』

 とトモローは書く。


 ため息をついて、わたしは続けて書いた。


『遠くから眺めていれば思いが通じるわけ? ちがうでしょ』


 しばらくして、トモローがみせたノートには、次のことが書いてあった。


『言えるわけない。ずっとみてるだけでいいから』


 あきれた。

 彼がこんなにも臆病だったとは。

 わたしは息を吐いて、顔をあげた。

 大間先生は「人の骨格図をノートに書き写すように」と指示を出す。

 久々の高校ライフを堪能しながら、言葉にできない違和感を感じた。それがなんなのかわからぬまま、言われるままにペンを走らせる。

 その名称を一つひとつ記入していると、誰かが「肩胛骨はなんのためにあるんですか」と質問をした。


「いい質問ね」

 大間先生は、歯を見せて笑う。

「背中の上部に左右対称に位置する、逆三角形の平たい骨である肩胛骨の英語名は、ショルダーブレード。肩の刃といいますが、人が天使だったときの翼の名残りともいわれています。いつかある日、またここから翼が生えてくるかも」


 笑い声が上がった。

「先生、それは嘘やて。小さな子供向けのおとぎばなしだろ」

「さあねどうかしら? みんなかつて翼を持ってたのかもしれない。そしていつか、ある日翼が生えてくるかもよ」

 大間先生は、なぜかわたしに微笑んでいた。

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