Dream peeping:10 いまだ目覚めぬ夢の名は

「わが名はメギド」


 一つ目の怪しい人物はそういった。


「メギド・オフスマーナ。十一人いる夢使いの一人ですよ」


 おかしな被り物をしている変質者だ。

 急いで逃げようとおもうのに体が動かない。声も出なかった。

 メギドの大きな一つ目に、わたしの姿が映っていた。


「愚かなる夢見人よ。夢の道は古くて新しい。やり方はいつの時代も同じ、三つがひとつで、ひとつが三つ。夢の道は真理のかわりの迷妄の流布。夢見人というものは、なんでも言葉さえ聞けば、そこに何か考えるべき内容があるかのように思うもの。正しいはまちがい。まちがいは正しい。まちがうものは正しくない。正しくするものはまちがいなのです」


 満月を背に立ちながらがも月光をはじく彼の姿は闇そのもの。

 それゆえに、一つ目が不気味だった。


「さて、愚かなる夢見人よ。おまえの願いをかなえてやろう。沈黙の過去より目覚めし、かつてみた淡い記憶のかけら。思い出という闇のなかでしか咲けない、懐かしい夢。かつては花開くことを真に望んでいたにもかかわらず、いまだ目覚めず、開くことなくしおれてしまった花をいま一度、咲かせてみようとは思わないかね?」


 神はいつだってなにもしない。

 ただみているだけ。

 することといえば、いらぬお節介な試練を押しつけてくる。

 現実に殴り倒され、生きる気力まで奪っていく。そのくせ、また立ち上がれと強いられる。誰の力も助けも借りられないままに。

 そのかわり、悪魔は一つだけ願いをかなえてくれる。

 ただしそれは魂と引き換えにだ。どんな願いでもかなえてくれる悪魔は、ここぞという危機に瀕しているときに限って現れるのだ。


「あなたは悪魔? それとも死神なの?」

「おろかな夢見人よ、我は夢使い。悪魔でも、死神でもない」


 夢使いと聞いて、公園前で出会ったルリのこと思い出した。

 彼女も夢使いと名乗っていたが、不気味な感じがぜんぜんちがう。

 これは……恐怖だ。

 なまじ言葉が通じるから自分と同じと錯覚してしまう。だから、自分の理解を越えるものを前にすると怖いと感じるんだ。


「さて夢見人よ、よろこべ。そして夢をありありと思い起こすがいい。その夢をかなえる手助けをしてやろう」


 タダより高いものはない。こんな怪しい相手のいうことを聞いて「お願いします」といえるのは、悪魔に魂を売った愚か者だけだ。

 わたしはメギドの一つ目をじっとにらみながら、言葉をしぼり出す。


「そんなの、いらない」


 わたしは声を張り上げる。


「無償の親切は気持ち悪い。疑がってしまう。それに、あなたを信用なんてできない。信じてほしければ、信じさせるなにかをあなたが見せることね」


 声がうわずっているのが自分でもわかった。

 わたしが怯えているのを知ってかしらずか、メギドは淡々と応える。


「愚かなる夢見人よ。我と対等にかけひきを行おうとするか。おまえはその立場にない」

「なにかを得るには代償がいるものよ。すんなりあんたの力を借りたら、魂とられちゃう」

「魂などとりはしない。死神ではないのだから」メギドは続けていった。「そのかわりに、あるものをいただく。じっくりとな。さて夢見人、夢をかなえる覚悟はできたか?」

「覚悟? なんでそんなものがいるのよ」


 頭の中はパニック寸前だった。

 魂ではなく命をとられるかもしれない。しかもわけのわからない一つ目のお化けみたいな夢使いに。ひょっとしたら本当の変質者かもしれない。


「相変わらず夢見人は愚かだ。自らの夢をかなえることに臆病だ。ゆえにやり残したことを抱えてしまう。それは後悔という形で現れ、過ぎた日々に取りすがろうとする。いつの日にか立ち止まり、若さに憧れ悔やんでも過ぎた日々は戻らない」


 わたしはつばを飲み込んだ。

 メギドは気にする様子もなく、語り続ける。


「たとえ、夢をかなえる道を進んでいても、必ずたどり着けるわけではない。途中であきらめ、都合のよい、いい訳をみつけては、投げ出す。あと一歩でかなうところまで近づきながらも、最後の一歩が踏み出せずに終わる夢見人もいる。それは残念という形で残り、あとにも先にもその思いは消えることはないのだ」


 メギドの言葉が正しく聞こえる。

 言葉のせいだと自分に言い聞かせる。

 なまじ通じるから、姿かたちが変でも信じようとする気持ちが働いてしまう。それが正しいかはわからない。わからないけれども、彼の言葉がわたしの心を動かそうとしているのは確かだった。


「本当に、夢を?」

「無論だ。それが、我ら夢使いが存在する由縁。おろかなる夢見人よ、思い起こすがいい。沈黙の過去に埋もれし記憶のなかより、いまだ目覚めぬその名を。汝の名を、思い出すがいい」


 メギドの言葉が聞こえなくなった途端、いきなりまぶしく光りだした。なにがおきたのかわからなくて、ただ目を閉じることしかできなかった。

 どれくらいすぎたのだろう。

 わたしはゆっくり目を開ける。

 その光景に見覚えがあった。

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