Dream peeping:04 夢のベイト・ボール
わたしの心臓は、ばくばくいっている。
すべて、おかしな夢に決まっている。
こんなのいるはずがないじゃないか。
わたしは目を閉じ、ゆっくり息を吐いた。
目を開けたら、すべて、きれいさっぱり消えていると信じた。
目を開ける。
影絵のような街の陰影の向こう、巨大な猫のような影はぬっと二本足で立ち上がり、頭上で膨らむ白き満月に前脚を伸ばし、何度も何度も引っかこうとしていた。
その動きにあわせて、膨張しきった満月がどんどん縮んでいくのが見える。
目を凝らすと、満月だと思っていたものは夜風魚の群れだ。手の引っかきの動きとから逃れようと、同じところでぐるぐる回りながら球形状に群れている。しかも群れの大きさは、さらに小さくなっていく。
巨大な猫の影は小さくなった夜風魚の群れを手にすると、にゃあおぅー、とひと啼きした。
「あいつは夢を練り上げることができるのだ」黒いサングラスを掛けている男が言った。「満月の夜、風を夜風魚にかえて、自然の夢を集めて練り上げる。あの光の玉は、真如の月と呼ばれる大きな夢玉だ」
「夢玉?」
「そうだ。どんな生物も夢をみる。集めた夢を練り上げた真如の月をなで回すことで生物に語りかける音楽を生み出す。その音楽を聴くことで、生物たちの夢の実現へとつなげるのだが、無駄なことだ」
男がわたしの顔を覗き込んできた。
咄嗟に顔をそらして肩をすくめ、大きな声をあげようと息を吸い込む。
「悲鳴をあげても無駄だ」と男が言った。「まわりのやつらにはオレはみえない。夜風魚や夢の王がみえないのと同じだ」
わたしは辺りを見渡した。
怪しい人間がいたら、関わり合わないような素振りをしたり、心ある人が助けにきてくれたりするはずなのに、乗客の誰も、そんな素振りすらみえない。
ほんとうに見えていないのかもしれない。
「オレをみることができる夢見人は、ティル・ナ・ノーグの連中に選ばれた、あんただけさ」
「……なにを言ってるんですか」
「わかる必要はない。所詮、おまえはゲームのコマだ。これからみたい夢を飽きるほどみせてやる。いやになっても永遠にな」
「それは困りますね」
後ろから声がした。
誰かが助けてくれる、よろこんで振り返った。
だが、その姿をみて、でかけた言葉を飲み込んだ。
白い仮面を付けた黒のタキシード姿の人物がそこにいたのだ。
またも、みるからに怪しかった。
変質者の次はストーカーだろうか。
わたしはドアに背を向け、二人を交互にみた。
今日はなんて厄日なのかと、あきらめがかったため息が出た。
「やはり、あなたが関わっていましたか。夢狩りバルザフ・ワリー」
「夢買いオボロが出てくるとは……意外だったな」
二人とも、奇妙な名前。
どうやら知り合いみたい。
「メギドの封印を解いたのは、やはりあなたでしたか」
「察しがいいな。ならば、どうする?」
二人は互いに視線をそらさず顔をあわせていた。
バルザフと呼ばれた男が、わたしに指をさす。
「こいつが、おまえたちが選んだゲームのコマだろ。選んだのなら早く参加してもらわねば困る」
こいつ、と呼ばれてわたしは目を細めた。
「言われなくともそうさせていただく」とオボロは答え、「だが、我々のやり方で行う。あなたの好きにはさせない」一歩、わたしに近づいた。
状況がわからない。
選ばれた?
わたしが?
いつ?
初対面なんですけど!
「ほぉ」バルザフはあごをしゃくる。「夢買いオボロともあろう者が、いつから夢使いなんぞにこき使われるようになったというのだ。哀れだな」
「使われているわけではない」
「どうだかな」
バルザフは不敵な笑みを浮かべて、わたしに近づいてくる。
逃げようにも、後ろは乗車扉。
走行中の車内では、逃げ場がない。
「オレが連れていってやる」
バルザフの腕が、わたしの腕を掴もうとする。
「うぬ!」
バルザフの手が止まった。
「え?」
すぐ目の前で、バルザフの手が小刻みに震えている。
「く、くそぉ」
バルザフは顔をゆがめながら、わたしを掴もうとしていた。その意に反して、彼の腕は引っ込もうとしている。まるで、みえないなにかに押し返されているようだった。
「オボロ……おまえの、仕業か」
バルザフがオボロをにらみつける。
オボロは応えず、バルザフをまっすぐみていた。
電車が駅に止まる。
ドアが開いた瞬間、わたしはホームに飛び出し、走った。
怪しげな二人からとにかく逃げるために。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます