Dream peeping:05 夢を忘れた子供たち

 改札を抜けて駅外に出る。

 おねがいしますおねがいしますとチラシ配りをする男性が目に入るも、見慣れた光景にわたしは無視して横切った。駅前の飲み屋のチラシだったが関心もなかった。


 足早に駅前通りを歩くと、床に腰を下ろしてギターを弾きながら歌っている男の子たちがいた。高校生か大学生かは知らない。夜になると猫の集会みたいに現れては、適当な歌を叫んでいる。やりたいことをする姿はかっこいいはずなのに、そう見えないのはなぜだろう。


 本気でやりたいこと、夢に向かって進んでいるようにみえないからだ。歌を歌って生きていくだけなら、別にいいかもしれない。でも生活となるとどうだろう。夜になってわめき散らすことをしても、喉を痛めるだけで歌手にはなれない気がする。動画配信するにしても、本人の本気度が重要なのは同じはず。


 わたしは彼らを横目に歩きながら、おかしな連中が追って来ていないのを確認し、高ぶる気持ちを落ち着かせるために思考を働かせていく。


 音楽の国では、路上で叫んだりはしない。四六時中、音楽に溢れているわけではない。音楽が生活の一部なのだ。挨拶のように、ダンスがあり、音楽がある。

 けれど彼らにはそれがない。さびしさをまぎらわすために数時間、路上で叫んでいるにすぎない。それとも、動画配信をして、あわよくば収益を稼ぎたいと考えているかもしれない。口先だけの連中より、行動に移すだけ彼らはマシかもしれない。


 わたしは、信号がかわらぬうちに横断歩道を渡った。

 駅前ということもあって、歩道には自転車の駐輪が目立つ。

 駐輪場がないわけではないが、そこは有料で、駅から少し遠く、不便だ。なるべく駅近くに停めようとしての結果だ。

 明日の朝には、それらに放置自転車とレッテルを貼った上で条例で撤去し、遠い保管場に運ばれる。「返してほしくば指定された日時までにお金を持ってこい」と、脅迫文を送りつけるのだ。

 駅前に列を作って並ぶタクシーをどうにかして、空いたスペースに無料駐輪場を確保すればいい。街の周囲二キロ以内は車が入れないようにして、範囲内は専用の電気バスや自転車を移動の足とすれば、街の混乱は充分緩和できる。

 街に暮らす人たちにとってなにが役に立つのか、本気で役人は考えたことはあるのだろうか。


 わたしは落書きと掃き溜めに満ちた駅前を歩きながら、ふと空を見上げた。

 ――赤い満月。

 ひっくり返した玩具箱みたいな街の上、真っ暗な空にただひとつ輝いている。その光に照らし出される駅前をみて、ごちゃごちゃして住みにくいと、改めて思った。

 方角に沿って道が作られているわけでもない。

 住宅のむきも陽の当たるようには考えていない。

 大きさもまちまちだ。

 無秩序、という言葉が脳裏に浮かぶ。

 みんなで話し合いで解決しようなんて、これっぽっちも考えていない。

 法律違反していないからというだけで、好き勝手に進めた結果だ。

 それはこの街だけではなくて、どこもかしこも同じ。

 住んでいる環境がぐちゃぐちゃなら、気持ちまでおかしくなりそうだ。それでも平然と気持ちを保とうとするにはどうしたらいいのだろう。わたしにはわからない。わからないから、ため息がでてしまう。

 ため息は、いやな気分を切り替える唯一の方法なのかもしれない。今まで何回ため息をついてきたのだろう、数えて記録するだけで呆れてしまう。


 帰宅途中、コンビニに立ち寄る。

 店先に高校生が数人集まり、とりとめのない話に興じていた。ときおり奇声をあげ、大声を出して簡素に笑う。楽に金を手にする算段をしているのだろうか。

 最近のニュースは陰湿な事件ばかり。鬱憤を晴らすため、人は何かをする。スポーツやゲーム。友人とのたのしいおしゃべり。それでも晴れないときはどうするのだろう。臆病な人間は自分を責めることはしない。他人を責める。いやがらせをし、傷つけ、挙句の果てに殺す。殺したいから殺すのではない。胸にたまる怒りや嘆き、イライラを解消する方法がわからないから、とりあえず殺すのだ。


 人間は環境に影響される生き物、という言葉が浮かぶ。

 都市の中心は碁盤の目のように整っているけれど、郊外はめちゃくちゃだ。道路にはごみが捨てられ、標識や電柱、壁には下手くそな落書きがされている。移り住んできた人間が多いためか、土地の愛着はない。あたえられたものを好んで大事にするほど、いまの人間は貧しくない。

 だから平気で汚し、街に生きる人間は心が貧しくなる。


 人が多いと摩擦は大きい。抱え込むストレスを吐き出せる場所は、街では限られる。食べるか、金を出して遊ぶか。それができない人間はネットに逃げ、その先はどうするのだろう。結果はおのずとみえてくる。

 夢と希望だけがないこの国にはなんでもある。金さえあれば手に入る。その金さえなければ、ますますさもしい人間は増え、住んでいる街をさらに住みにくくしている。

 気がつけば、わたしはため息ばかりついていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る