Dream peeping:08 すべてを忘れた大人たち
「ところで、あなたの望みはなに?」
突如あらわれた夢使いと名乗る少女、ルリが聞いてきた。
「望み?」
「そう。わたしは夢使い。夢見人の夢が現実になるよう働きかけるのが仕事。だから、あなたの望みはなに?」
子供とはいえ、見知らぬ相手に答える必要はない。
ないのだけれども、どういうわけか素直に考えてしまう自分がいた。
だけど、望みと聞かれてもすぐに思い浮かばなかった。
しいてあげるならば、と、ようやく口を開けかけたときだ。
「聞かなくても決まってるよね、女の子の望みなんて、古今東西変わらない。ずばり男、彼氏がほしいんでしょ」
「……ま、まあね。間違っちゃいないけど」
小さくつぶやくも、すぐにまた、彼女の大きな声にかき消された。
「大丈夫、言わなくてもわかってる。頭がよくてかっこよくてやさしくてお金持ち、どんなわがままをいっても許してくれるような広くて深い心の持ち主で、べったり甘えて来ずそれでいて甘えさせてくれる頼りになる人。そういう人がいいんでしょ。マザコンで変な趣味を持ちながら引きこもって働かず、金もないのに浪費家で、酒と博打と暴力振るう、昔流行った演歌みたいな甘ったれな甲斐性なしなんか、いらないよね」
「たしかにそうだけど……」
「大丈夫。まかせて。わたしの仕事は、乾坤一擲、電光石火。ぱぱっと夢を実現させてあげるから」
ルリは話も聞かず親指立てて、にっと笑った。
彼女は手に持つ傘をバトンがわりに、器用に振り回す。
「魔法使いはホウキにまたがり、お馬の稽古ってね。夢使いはそんな古臭いことしない。もっと華麗でシンプル」
呪文のような聞き慣れない言葉を早口で唱えたルリは、わたしに向けて傘を振り降ろす。
先端の石突きから、シャワーのように光が吹き出した。
光に包まれ、……やがて光が消え、自分を見る。
とくに変わったところはみられなかった。
「あれ?」
ルリは首をかしげた。
「おかしい。門が出てこない」
「門?」
「本当に彼氏がほしいって思ってる?」
「あのねー」
キョウは大声でルリを制し、「いい加減にしなさい」と彼女の頭を軽くこついた。
「さっきからわけのわからんことばかり言って、大人をからかうもんじゃない。なにを言ってるのか、一つもわからない。ほんと、今日は厄日だ」
わたしは、おおきく息を吐いた。
たて続けておかしなことに巻き込まれるなんて、どうかしている。これが明日だったら最悪だ。誕生日の前日だから、まだ許せるけれど。
誕生日か……、迎える度に嬉しさがなくなるのはどうしてだろう。
わたしの剣幕に押されたのか、ルリは黙りこんでいた。
でも少し目をうるませ、「そんな言い方しなくても」と、子供っぽくいなおった。
見た目が少女とはいえ、都合が悪くなると子供らしくするとは。
さっきまでむずかしいことを散々いっていたくせに。
どうしてくれようか。
わたしは、ひきつりそうな顔を手で押さえながら、ルリを見下ろしていた。
「夢使いだか、ホラ吹きだかしらないけど、おもしろくもない話をして、大人をからかうんじゃないの。今日日の子供って、余計な知識を身につけてるぶん、可愛くないんだから」
どこの子供だろう。
親の名前と住所を聞き出そうと思った。
疲れているとはいえ、からかわれっぱなしでは腹の虫がおさまらない。
そんなとき、別の腹の虫がないた。
「お腹すいてるの? おばさん」
ルリの言葉が耳に届く前にキョウは拳をかためや、躊躇なく彼女の脳天に落とした。痛がって頭をおさえる隙をあたえずに、今度は彼女の口の両端をつまむと、容赦なく左右に引っ張る。
「誰が、おばさんだって。誰が。あん? お姉さんでしょ、お、ね、え、さ、ん。悪いことをいうのは、この口かしら」
泣いて謝っても許してあげない。
毎朝鏡をみると一日一日過ぎていくことを実感し、過去の自分をねたましく思うのに。
手に入らない若さは罪だと、とみに実感していた。
「ひ、痛いってっ、もう、やめてぇー」
ルリはわたしの手をふりほどくや、傘をひらいて飛び上がった。
「えっ、まじ?」
傘で空が飛べるんだ。
夢使いというのはあながち嘘ではないのかも、と思っていると、ルリはゆっくり目の前に下りてきた。
「あなたって変。普通、夢を叶えてあげるっていったらよろこぶのに、怒るなんて」
「それは、あなたが勝手な思い込みを押しつけてくるから」
「そうなの? わかった」
ルリは両頬を撫でながらうなずいた。
「だったら、もう一度教えて。あなたの夢はなに?」
「わたしの夢は、もう叶わないから」
ふふんとちいさく笑みを浮かべると、わたしは大人らしく振る舞いながらマンションの中へ入っていった。
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