Dream peeping:07 わたしの名は、ルリ・バステート

「追いついたっ」


 声とともに強風が吹き荒れた。

 びくり、と身がすくむ。

 なにかが落ちてきた?

 思わず見上げるも、建物に切り取られた黒い空以外、何も見えなかった。

 それとも瞬間移動?

 人間離れした芸当は、まるで手品だ。

 今度こそ夢をみているのだろうか、と自分の目を疑った。


「あなたはほんと、運がいい」


 わたしは夢をみているのだろうかと、自分の眼を疑った。

 あたりは暗いのに、彼女の姿がはっきり見えている。

 小学生くらいの背丈。長いツインテールが風で揺れている。

 猫の柄のついたおおきな傘を閉じ、腰に両手を当て、胸を張って目の前に立っていた。


 赤いダッフルコートの下に紺のブレザーとプリーツの入ったスカート、紺色のソックスに黒の革靴といった、どこかの小学校の制服を思わせる服装をしていた。


「運がいいというより、世界の嘘にだまされなかった」


 空から落ちてきた彼女をみてわたしは、天使か妖精か、得体の知れないなにかだと一瞬考えるも、すぐにちがうと否定した。背中に羽根が生えているわけではないし、頭に輪っかをのせてもいない。しっぽだって生えていなかった。


「世界の嘘とは、誰もが自分の運命を選ぶことはできず、宿命によって支配されてしまうという嘘のことよ」


 だからといって、下手な冗談でもなさそうだった。

 わたしはどうしていいのかわからなかった。それでも言わずにはいられない。


「あんた誰? 死神?」


 その問いに少女は笑ってちがうと応えた。


「死神じゃない。天使でもないけど。わたしは夢使い」

「夢使い?」

「そう。わたしの名は、ルリ・バステート。世界に十一人しか存在しない夢使いの一人。歴代最高の夢使い、と呼ばれている」


 すごいでしょ、と、ルリは笑った。

 なにがすごいかわからないと応えると、重苦しいため息を一つして、「夢使いに出会えることは芸能人や政府要人と巡り会うことよりも稀で、偉大で、すごいこと」だと怒られた。


「すごいと言われてもね。なんのことやら」

「あのね、満月の夜、ふいに街中で空を見上げたとき、世界の中心に立っていると気がついたときにだけ、ヨルと夢使いに会える。そのときは必ず、一人でなくてはならない」

「ヨル?」


 確かにいまは夜だ。

 わたしの問いにルリは、ちがうと首を横に振った。


「夢玉の王のこと。ほら、みて。あそこで、夜風魚にすべて夢を集めて一つにした真如の月を、まあるくこねている猫がみえるでしょ」


 マンションの影の向こうを指差され、眼を向ける。

 暗くてよく見えないけれど、たしかに先ほど満月に跳びかかった黒い大きな物体がうごめいている。

 動きが止まった次の瞬間、謎の黒い物体の大きな目が向けられた気がして、背筋に悪寒が走った。


「電車で見たあいつ、ヨルっていうんだ」

「夢見人にはみえないけど、わたしと会えたあなたには見えるはず。でも都市に夢はないから、あまり実体化できない。もうすぐ消えてしまう」


 彼女の言うとおり、しばらくしてヨルは夜の闇に消えていった。

 悪い冗談だ。まさに悪夢だと、わたしは目を閉じた。どうやら変な夢を見ているらしい。


「わたしは、あなたの深層に眠る意識に働きかけ、夢として姿を現している。だからこれは夢。でも、あなたにとっては現実なの」


 現実という言葉に、わたしは目を開けてルリをみた。

 彼女は消えることなく、目の前にいた。

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