第8話 朝比奈、初めての大仕事

 朝比奈は考えた。


 「未来旅行社」でアルバイトを始めてから約3年。

もうすぐ大学生である。


高校入学直後から始めたアルバイトではあったが、雑用のみで、いまだにお客が到着するのを見たことがない。

どんなに文句を言っても「店長代理」は、到着日時を教えてはくれない。


どうしたものか?

ほとんど働いてない状態ではあるが、何だか知らないがバイト代を多くもらっている現状では、ほかの仕事を探す気にはならない。


かといって、未来への時間移動に関しての秘密は、何もつかめていない。

すなわち、高校生活3年間をこの店にささげたのに、労働によって得られると思っていた、人間としての成長はゼロであった。


最初にここに来た時に味わったワクワクは今はなく、ただのコーヒーメーカーのボタン押しマシーンとしての仕事しかしていない現状は、楽しくない。

(実際には、ストップウォッチ係とデジカメ撮影係もしているが・・・)


春からは大学生である。

大学生活が今のままのボタン押しマシーンで終わってしまっていいのか。

たった3年間しかない高校生活を、ボタン押しマシーンとして過ごし、たまに「店長代理」を観察するだけの日々で終わらせてしまった後悔を、再び繰り返してしまっていいのか?


こんな店辞めてやろうかと思うこともあったが、辞めてしまうと、この店にいる「店長代理」を喜ばせることになる。

しかも、辞めてしまっては、他では絶対に手に入れることのできない、タイムトラベルのやり方を知ることが出来なくなってしまう。


今日こそあの「店長代理」に、言わねばならない。

自分はボタン押しマシーンではないと。

そして、未来へのタイムトラベルの秘密を教えてほしいと。

自分にも、タイムトラベルのやり方を教えてほしいと。

そう固い決意を胸に、「未来旅行社」の扉を開けるのであった。


「おはようございます。」

扉を開けると同時に、いつも通り明るい声であいさつをする。

それに対して

「おー、おはよう」

と、いつも通り返事を返す「店長代理」。

ただし、視線は朝比奈には向いておらず、古机の上にあるモニターを見ながらであるが。

相変わらずのゲーム三昧である。


「なんでいつもいつも、ゲームをしてるんですか。

お店にお客さんを呼ぶ方法を考えてくださいよ。

たまにしかお客さんが来ないから、私もやりがいがないんですよ。

早く、未来旅行のやり方を教わりたいのに、教わる前に、お婆ちゃんになっちゃいますよ。

しかも、まだお客さんの到着を見たことないし。

もうすぐ3年になるんですから、早く教えてくださいよ。」


「えっ!

もう3年なのか?

そうかそうか、3年も経ってるのか。

忘れてたよ。」


この「店長代理」という男は、時間の感覚が朝比奈とは違うらしい。

ていうか、高校生と大人では、1年の長さは違って感じるのは当然だろう。


「到着については、もう少し待ってろ。

ここ最近で到着する人が何人かいるが、その人たちは普通じゃないから、お前にはまだ見せられないからな。」


相変わらず、モニターから目を離すことなく男は答えた。


「店長代理のもう少しはあてにならないんですよ。

どうせもう少しとか言って、何年も先なんでしょ。

この3年間で未来に送ったお客さんの数なんて、数人しかいないんだから、到着する人なんか少ないんでしょ。

なんでもいいから、未来旅行っぽい事させてくださいよ~。」


朝比奈は未来っぽいことがしたいだけだった。


駄々をこねる朝比奈に対し、妥協の鬼こと「店長代理」が出した答えは、

「お前がいつも使ってるデジカメなんだけど、2017年製だから」


未来旅行社が持つ秘密を一つ打ち明けることであった。

この妥協の鬼と呼ばれる男、とんでもないことを口にしやがった。


「そんなウソはどうでもいいですから、早く未来旅行っぽいこと教えてくださいよ。」

朝比奈は、少し怒り口調で文句を言っている。


何という事でしょう。

彼が思い切って告白した未来製のデジカメを、ウソの一言でかたずけやがりました。

何の根拠があってウソと決めつけたのかはわからないが、朝比奈にとってデジカメは、この時代の製品だと思っているようである。


デジカメを否定された彼は、駄々をこねる朝比奈を抑え込む次なる手段を考えなければいけなくなり、やっとモニターから目を離し、朝比奈のいる方向に目を向けることになった。


「そういや、この店でバイトがしたいと言ってた頃よりも、お前もだいぶ成長したんだな。」

朝比奈を久しぶりにまじまじと見て「店長代理」は、そうつぶやいた。


「当たり前でしょ。

3年もここにいたんだから。

こういっちゃなんだけど、結構いい女になってきてるわよ。

看板娘をなめるな。」


勝手に看板娘宣言をする朝比奈だが、いい女が看板娘をしていれば、もう少しお客が増えてもいいものなのに、と心の中で思うが、決して表情に出してはならないと誓う「店長代理」であった。


「何か問題でもあるのかしら?」


決して顔には出さないと誓っていた「店長代理」ではあったが、結局朝比奈には隠し通すことはできなかったようだ。

さすが3年もの間、ストーカーをしていたことだけはある。

探偵のほうが向いているかもしれない。


ただし、この節穴探偵は彼の表情を読む能力に優れている代わりに、未来の家電にはめっぽう弱く、デジカメをただの便利なカメラ程度にしか見れないため、自身の周りにあふれる未来を認識するには、まだ時間がかかりそうである。


「もうすぐピチピチの大学生になるんだから、少しはチヤホヤしながら、未来旅行のやり方を教えなさいよ。

未来っぽいことがしたいのよ。」

ものすごく頭の悪いことを述べ始める朝比奈。

この程度の発言しかできないのに、よく入学試験に合格できたものだ。

まさかFラン大学なのかな?


「未来っぽいって言われても、この店はお客を未来に送ることと、以前に送ったお客を出迎えるだけだから、ちっとも未来っぽいことなんてないぞ。」

「店長代理」がぶっちゃけた。


確かに未来に送ることにしか能力を使っていないこの店は、ちっとも未来っぽいことを経験するのは不可能だ。

ゆえに、店内にいても、未来を経験することは基本的に不可能である。


「せっかく大学生になるんだから、今までと違うことがしたいのよ。

高校の卒業と大学の入学祝を兼ねて、なんか面白いことがしたいのよ。」

朝比奈もぶっちゃけた。


朝比奈が頭の悪い発言を続けている事に、「店長代理」は面倒くさくなっていた。


「高校卒業なら、卒業旅行にでも行って来いよ。友達誘ってさ。」


「この店旅行会社なんだから、どっか連れてってよ。

社員旅行に行きたいよ~。

瞬間移動できるんだったら、タダでハワイ行きたい。

ね~、連れてってよ~。

水着姿見せるからさ~。」


朝比奈は、自らの腰をくねくねさせながら、ねだり始めた。

当初の目的を忘れたままに。

やはり、頭は良くないようだ。

とても残念な頭脳の持ち主である。


「お前、簡単に言うけどな、瞬間移動で海外に行ったって、入国のスタンプ押されてないパスポート出して泊まれるホテルなんてないんだぞ。

パスポートなしで海外行くのは、普通に行くよりも、気を遣うんだから。」


ハワイへの不法入国を主張する朝比奈に対し、「店長代理」は大人な対応を試みる。


「じゃあ、普通に連れてってよ。

それなら問題ないでしょ。

決定ね。

ヤッター。」


ハワイ行が決定した瞬間である。


「わかったよ。

春休み中に連れて行けばいいんだろ。」

妥協の鬼は、自らの財布の中身を投げ出す判断をした。

かわいそうに。


その後、朝比奈は近くの書店へダッシュし、ガイドブックをしこたま買い込んで、店内で旅行の計画を立てるのであった。


この「未来旅行社」始まって以来のまっとうな海外旅行計画は、朝比奈が初めて自身が中心となって旅行計画を作成することとなったわけだが(予算制限無しで作成)、決して今まで培った「未来旅行社」でのアルバイト経験を生かしたものではなく、そしてその後の「未来旅行社」での業務においても、決してプラスになることはなかったのである。


結局最後まで、最初の決意を忘れている朝比奈であった。



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未来旅行者 サバビアン @nekozura

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