第7話 メガネ君の悲劇

 「未来旅行社」の朝は遅い。


営業日の昼すぎに、自称「店長代理」の出社から始まる。

この「店長代理」は、とにかく自分中心に動いている様で、今日も今日とて普通の会社なら、お昼休みが終わる時間帯に出社するのである。しかも、その日発売のゲームを詰め込んだせいで、だらしなく口が空いているカバンと、時には発売したばかりのゲーム機を手にして。


 彼のスケジュール帳には、仕事の予定がほとんど書かれていない。

しかし、店内にあるカレンダーには、3年先まで暗号のような文字が書かれており、その日は決まって「店長代理」がお昼すぎにやってくるのであった。

ただし、それ以外の日は、あまり店を開けていないため、もう一人の店員である「朝比奈」にとっては、半年ほどの店員経験から導き出した答えとして、営業日を示していると思っている程度のカレンダーである。


とある年のとある月のとある土曜日。

その日は土曜日であるにもかかわらず、カレンダーには「PS1、R1、A4」と暗号のような文字が書かれていた。

事前にそのことを把握していた朝比奈は、自称「店長代理」が店に来るのを待っていた。


「遅いですよ。

遅刻ですよ、遅刻。」


店の前に姿を現した人物に対し、朝比奈が遅刻をしたことに対して茶化すように言った。


「開店時間なんて決めてないだろ。

なんでこんなに早く来てるんだよ。

いつもなら夕方からだろ。」


予期せぬ朝比奈の登場に、うろたえながら、瞬間的に手に持っていた、茶色い箱に入った某大手家電メーカーが作ったゲーム機を、体の後ろに隠すのであった。


 「カレンダーに今日が営業日って書いてあったから、来たんじゃん。

土曜日だから学校午前中だけだし。

もしかして、営業時間ってお昼過ぎからなの?

店員の私が知らないって、ありえないんですけど。

ていうか、お店について、知らない事だらけなんですけど。」

少し怒り気味に朝比奈は店長代理に抗議をする。


「そもそもカレンダーに営業日なんて書いた覚えはないぞ。

なんでそんなに、ここの秘密を知りたいんだよ。

知りすぎると、あとで困るぞ。」

めんどくさそうにそう答え、「未来旅行社」のカギを開けて入室するのであった。

朝比奈を雇うことを決めてから半年余り。

朝比奈はほんとうに面倒くさい。


本日の収穫物(新発売のゲーム機)を古机の上に置くと、カレンダーの前に移動して、カレンダーを見返してみる。


「このカレンダーに書いてあるのは、ゲームの発売日だぞ。

営業日じゃないから、来たって空いてない日もあるんだからな。」


「あるんだからな、じゃないですよ。

営業日を知らないんだから、そこに文字が書いてある日が営業日だと思うじゃん。

ていうか、なんで会社内にゲームの発売日を書いたカレンダーなんかあるんですか。

しかも、ゲームの発売日がなんで3年先までぎっしりと書いてあるんですか。

どれだけゲームが好きなんですか?

ゲーム博士でも目指してるんですか?」


容赦なく責め立てる朝比奈。

日ごろから雑用のみで、一向に未来旅行の手伝いをさせてもらえないイライラを、これ幸いとぶつけているようにも思えた。


「ゲーム博士ってなんだよ。

そんな夢の職業があるなら、紹介してくれよ。」


本当にどうでもいい会話が続いているが、お客は一向に来ない。それが「未来旅行社」。

決して未来感を感じさせない二人。一人は「店長代理」として勤務しており、もう一人は、その店長代理に対して、一切引かずに口撃し続ける「アルバイト」というなんだか楽しそうな店内ではあるが、お客を未来にタイムトラベルさせる事が出来る、とても特殊なお店である。


「なんで今日は土曜日なのに、お店開いてるんですか?

予約でも入ってるんですか?」


普段は土曜日に営業をしていないと「思い込んでいる」朝比奈が、疑問をぶつけてきた。


「今日はゲームの発売日だから、店に来たんだよ。この店の方がゲーム買うのにいいんだから。

俺ん家の近くにゲーム屋少ないし。

だから、今日来ても仕事は無いぞ。

俺もこの後、違うゲーム屋に行って、ゲーム買わなきゃいけないんだから。

荷物を置きに来ただけだぞ。」


完全に子供である。

大人が職場で言う言葉ではない。


「少しは仕事をしてくださいよ。

お客さん全然来ないから、潰れないか心配になっちゃいますよ。

ていうか、なんでこの店無くならないの?」


朝比奈はダメな大人を見る目で、店長代理にため息交じりで問いかけた。


「そうだよそうだよ、潰れそうなんだから、こんな店で働く必要はないんだぞ。」


そんな不毛な議論をしていると、ここ一週間以上関係者以外の手で開かれたことのない、「未来旅行社」と書かれた入り口の扉が店員以外の手で開かれた。

扉から現れたのは、30代位のやせ形メガネの男性。

「すいません。ここは旅行会社ですよね。」

メガネ君はあまり旅行会社っぽくない店内を見渡しながら、入店をしてきた。


「いらっしゃいませ。ご旅行をお探しですか?でしたらこちらにおかけください。」

メガネ君をソファーに案内していると、朝比奈が慣れた手つきでコーヒーをテーブルに置いた。

その後、店長代理はいつも通りの手順で、いつも通りの説明をして、いつも通り手をたたき、その瞬間にメガネ君はその場から消えました。

いつも通りに。


「ピッ!」

手をたたいた瞬間からストップウォッチを起動させた朝比奈は、いつも通りカウントが進み続けるストップウォッチを古机の上に乗せ、その後、テーブルの上を店長代理に手渡されたデジタルカメラで、撮影を行った。

こうしておけば、この後誰かが入ってきて机の上を片付けたとしても、メガネ君が戻る前にデジカメの画像を見ながら、机の上を再現できるのである。


朝比奈自身は、自分が操作している機械に関して、現代社会では製品として売られていない物の可能性について、考えもしていない。

社会人経験もなく、家電などのハイテク製品に疎い、世間知らずの学生であって、助かった所である。


「とりあえず、明日も仕事決定ですね。」

嫌味っぽく朝比奈が発言をする。


それに対して、

「明日は日曜日だぞ。せっかくの休みだっていうのに、お前はここに来る気か?

俺は来ないぞ。

だから、メガネ君は月曜日に飛ばしたし。

どうすんだよ、今日と違う状態になっちまっただろ。」


アルバイトの朝比奈にとって、昼間の時間は学校がある。

そのため、今日の店内と月曜日の店内で、決定的な違いが生まれてしまうのである。


「なんで同じ状況にするんですか?

違うほうがすぐに時間移動したことに気づくのに。

商売なんだから、お客にすぐにわかってもらったほうが、売り上げにもつながるんじゃないんですか?

ていうか、客商売なんだから、日曜日も働けよ。」


朝比奈がまっとうなことを聞いてきた。


「そんなの、後から気づいたほうが、面白いだろ。

店に戻ってきたら、閉まってるっていうのが、ポイントなんだよ。

なるべく違和感なく時間旅行をしてもらって、その後気づいてからの驚きもセットで味わってもらいたいんだよ。

それと、明日はゲームで忙しい。」


この説明の最後以外は嘘である。

単純に退店するまで気づかれないほうが、店内でお客からいろいろ言われずに済む。

そして、店に戻ってくる前に店を閉めれば、客の相手をしなくて済むからである。


「私の時は、無人駅に飛ばされたけどね。」

朝比奈がにらみながら嫌味たっぷりに発言をする。


「あの時は、本当に面倒くさい客だと思って、思い付きで飛ばしただけだ。

どうせ金を持ってないだろうから、テキトーにあしらっただけだよ。

それに、次の日の同じ時間に飛ばしたって、自分に起きたことが理解できずに、俺に文句言い続けるだろうからな。」


こんな感じで、二人が店内にいるときは、店内は賑やかであった。


「とりあえず、月曜日のこの時間に私来ますからね。

ちょうど期末テスト期間で、学校は午前中だけだし。

これで問題解決でしょ。

感謝しなさいよね。」


二人の言い合いが朝比奈の勝利で終わったところで、朝比奈から月曜日も来る宣言が出されることになった。

学生の生態を忘れている「店長代理」にとって、久々に聞く期末テストという言葉である。

目上の、しかも上司にあたる人間に対して、「感謝しろ」発言はとても失礼極まりないが、二人の関係性を知るものであれば、自然に感じられる発言であり、たった半年しかアルバイトでこの店に出入りしていないにもかかわらず、店内での生態系のトップが誰なのかがよくわかる発言である。


こうして、今回初登場の普通のメガネ君(名前はまだない)は、普通なら24時間無料の未来旅行が、店員の勝手な行動により48時間という普通ではない待遇を受け、何も気づかずに普通に店を出ることになったのであった。

その後の普通のメガネ君は、普通に一人暮らしをしている家に帰り、普通に食事をして、普通に就寝をした。

ただし、普通のメガネ君にとって、店を出た月曜日は普通に仕事があるが、メガネ君自身が家へ帰ったのは、店を訪れたのと同じ土曜日だと思い込んでいたため、次の日は日曜日だと思い込んでいる(普通の反応だね)。

そして日曜日だと思い込んで寝ている朝に、「今すぐ会社に来い」という電話で起こされ急いで出社し、普通に上司に呼び出される事となる。

そこで初めて普通じゃない状況を理解して、普通じゃない言い訳を会社にしなければならなくなり、その後職場内では若干普通じゃない人として扱われることになるようですが・・・。


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