第4話 未来に行く理由

いつもの古机に乗っているテレビに向かってゲームをしていると、ポケットに入れていた機械が不意にバイブレーション機能により振動しだした。

その機械を片手で操作し「アラーム機能」を解除してから、その機械を古机に置くと、今までプレーしていたゲームを終了し、大きく伸びをしながら深呼吸をした。

古机の上に無造作に開かれて置かれている手帳によると、この日はお客様が過去から到着する日であった。


ゲームを片付けると、お客様を出迎えるため、出発前のお客様の希望が書かれたオプション契約の詳細に目を通し始めた。


お客様の名前の欄には「高橋」と記載されており、旅行内容は出発したその場から10年後に到着。

オプションプランは、特定人物の生存の有無、特定人物の10年間の簡単な身辺レポート(10年後の居住地の把握も含む)、到着時に特定人物に会いに行くための移動手段の確保などなど。

通常であればストーカーをほう助をするような内容のプランが、いくつか含まれていた。

到着まで2時間ほどある中、彼はオプションプランの実行の為に移動の能力を使い、「高橋」が希望する特定人物の最新の情報を集めるのであった。


「未来旅行社」に戻った彼は、10年前には置いていなかった古机の上に乗ったパソコンを操作し、「高橋」に依頼されていた特定人物についての最新情報をまとめ、プリントアウトをしていた。


お客様が到着するまであと1時間ほどの所で、「未来旅行社」にとってイレギュラーな事態が発生した。それは「朝比奈」の来襲である。


「よっしゃー!予想通り空いてる。

さすが私の洞察力!」

などとのたまい、はしゃぎながらの登場である。


今まで「出発」は何度か見届けてきた朝比奈であったが、「到着」に関しては、到着日を知らされておらず、一度も立ち会ったことが無いのである。


「帰れー!」

めずらしく大きな声を出し、朝比奈を威嚇してみる「店長代理」ではあったが、「うっさいハゲ」の一言で、一蹴である。

別にハゲてはいないんだが・・・。


「今日のお客様は特殊だから、帰ってくれ。

ていうか、お客様到着後にお客様を車で送らなきゃいけなくて、すぐに店を閉めるんだから、いられても困るんだよ。」


ここは素直に事情を説明して説得を試みる、かわいそうな人がそこにいた。


「この店に関わりだしてずいぶん時間が経ったのに、いまだに到着に立ち会ったことが無いってのは、「未来旅行社」に籍を置くものとして失格だと思うんだよね。うん。

だから、今日は到着まで帰らない。」


よくわからない謎の使命感を語り、上司であるはずの「店長代理」に反発をする朝比奈に対し、妥協の鬼とまで呼ばれた「店長代理」は、屈するしかすべはなかったのである。


「お客様が到着したら、さっさと帰れよ。

今回だけだぞ。」


そういうと、少し肩を落とし気味に、出迎え作業を続けるのであった。


その後、お客様の到着する場所を朝比奈に告げ、到着したらコーヒーを出してから退室するように指示を出し、到着を待つ。



「高橋様、到着をお待ちしておりました。」

そう言って「高橋」を出迎え、すぐに今日の日付の入った新聞を手渡し、日時の確認を促した。


「本当に成功したんですか?

あなたの見た目はあまり変わったようには見えないのですが。

でも、本当に未来に来たのであれば、こんなにうれしいことは無い。」


高橋はそう告げ、熱心に今日の日付の入った新聞を見入っていた。


一通り未来移動に関して納得をした高橋に向けて、事前に受け付けていたオプションプランの実行を提案した。


「高橋様。

出発前にお打ち合わせさせていただきましたオプションプランに関しまして、実行させていただきますので、ご準備はよろしいでしょうか?」


そう告げると高橋のもとへ歩み寄り、高橋の背後に立ってオプションプラン遂行の許可を取る彼にたいして、「お願いします」と告げる高橋。

「10年前の約束を覚えていてくれるだろうか」と少し不安そうな言葉を発する高橋に対し「私の調べたとおりの人物だとしたら、心配ないと思いますよ」と告げ、高橋の座る車いすを優しく押すのであった。


ここまでは予定通りにお客様への対応をしていた「店長代理」ではあったが、1つだけ予定外の事態が起こっていた。

それは、彼の部下であるはずの「朝比奈」が約束通りに、店を後にしていないところである。


「私も手伝いますので、店の戸締りをお願いします。」

店舗入り口のドアを開けた直後、突然朝比奈が高橋の乗る車いすのハンドル部分をつかむと、彼にそう言ってきた。


車いすのハンドルを奪い取った朝比奈の姿は、まさにこの先も付いていく気満々であった。


「未来旅行社」が一室を間借りしている雑居ビルの隣には、小さなコインパーキングがある。

そこに止めてある車いす対応のワンボックスカーが今回使用する予定の車で、その車で30分ほどの所に住む、高橋の依頼で調べていた特定人物のところまで、送り届けるだけの簡単な仕事であった。


それなのに、朝比奈というお荷物を抱えて、客と移動するのは、精神的に疲れることこの上ない事態である。


とにかく朝比奈をおとなしくさせるため、急いで運転席に朝比奈を押し込み、「余計なことは何もしゃべるな、行先はナビにセット済みだから」というアイコンタクトをしてから、出発する事となった。


車に乗ると彼は高橋に対して、数枚のコピー用紙を「10年間の簡単な記録です」との言葉と共に手渡し、高橋は食い入るように「10年間の記録」を読みふけるのであった。


とくに道に迷うことなく高橋の要望通り、特定人物の家の近くに車を止め、車いすを押して家の前についた瞬間、家の扉が開かれて、中から高橋が10年前に(高橋的には数時間前)約束をした人物が現れ、高橋をその場に残し、「店長代理」は頭を一つ下げた後、運転席に朝比奈が座る車中へと戻るのであった。



帰りの車中では、朝比奈からの質問攻めが待っていた。

ただしこれは、店を出てから予定通りの行動であった。

実に面倒くさい。


「なんであの人は、ストーカーみたいな事を頼んだんですか?

しかも、相手は知ってるっぽいし。」


簡単に客の秘密を聞いてくる。

個人情報保護の精神は、朝比奈の中には存在しないらしい。


「高橋さんは医者から余命3か月って言われてたんだよ。

当時12歳くらいだった娘さんの、大人になるまで見守れないのがとても寂しいと言ってたらしくて、それを聞いていた高橋さんの知り合いの方が、未来旅行を提案したんだってさ。

奥さんも娘さんも、こんな胡散臭い話をされてもなかなか信じてもらえなくて、最後の3か月を10年後に迎えることに対しては、反対してたんだよ。

それでも高橋さんは行くと言って聞かなくて、1人でお金を持って店に来たんだ。

でもすぐに娘さんが追って来て、ひどいケンカになったんだけど、娘さんが出発直前になって「ケンカの続きは10年後まで待ってる」って言って送り出したんだよ。」


「今頃ケンカの続きをしてるのかなぁ」などとつぶやきながら、いつもより少しおとなしい朝比奈の変化に気づくことなく、10年前の出来事をついこの間のように語る「店長代理」と、なぜかナビの画面を見ずにこの場までやってきて、その後帰り道に関しても、一切迷うことなく運転する少し赤い目をした朝比奈の二人は、いつもより静かに、いつもの雑居ビルへと帰って行った。


これは、1か月後に高橋さんが再度「未来旅行社」に来店し、10年後へ行きたいと言うまでは、いい話で終わる予定だったお話しです。

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