第3話 覇王朝比奈降臨

「あっ⁈ 開いてる!」

そう言いながら、慌ただしく扉を開ける、1人のお客(?)がいた。


彼は、少し面倒臭そうに立ち上がりながら、「いらっしゃいませ」と、極めて事務的に言葉を発した。


お客は室内に入ると、自らコーヒーメーカーを操作し、一人分のカップをテーブルに置くと、自らはソファーへ腰をかけた。


「今日も店長さんいないんですかぁ?

早く、雇ってくださいよ〜。」


普通であれば、雇用を望む者の態度ではないこの人物は、「朝比奈」といい、たまたま入ったこの店を気に入り、以降、何かとこの店に来ては、アルバイトしたいアピールをしてくる人物である。

性格は、とにかく明るくマイペース、交友関係も広いらしい。

ただ、話すととても面倒くさいタイプの人物である。

あまりに面倒臭さに、初回キャンペーンを彼の独断で、終電間近の地方の無人駅に送ってしまったくらいである。

よっぽどその経験が楽しかったのか、その後彼は朝日奈にまとわりつかれ、現在に至る。

彼は、自ら犯した判断ミスのせいで、ゲームをする時間が減ってしまい、元々休みがちなこの店に、さらに来る機会が減ったほどである。


「この店は、基本的にヒマだから、アルバイトはいらないよ。

頼むから、ただでさえ客が少ないのに、店内で騒ぐと他の客が入りづらくなるから、帰ってくれないか?」

「なーに言ってるんですか。

いつも子供みたいにファミコンしかしてないのにぃ。

そういえば、今日はネクタイなんかしてるんですね、珍しぃ~。

ちゃんとしてるってことは、今日こそ店長さんが来るんですか?

早く店長さん来ないかな~?そうしたら、ぐうたら店員の代わりに雇ってもらえるのに…。

本当に店長さんがどこにいるのか知らないんですか?

ていうか、支店があるなら本店もあるんですよね。

本店の場所教えてくださいよ。」


こちらが一言喋ると、何倍にもなってかえってくる。

実に面倒くさい。


「どうせヒマなら、またあの『パンッ!』ていうの、やってよ。

ていうか、なんで手を叩くと未来に行けるの?

そもそも、ただの店員が何でそんな魔法が使えるの?

しかも、場所まで移動できるし。

この前なんて、500円で5分後の表の通りに移動したし、ここに戻ってきたら、閉店してたし。」


以前、あまりにしつこく食い下がってくるこの朝比奈という人物から逃れるために、彼は格安で再度未来へ送ってしまった事がある。

送った隙に、彼は逃げたのだ。

ただ、あまり多用すると、未来へ行ける技術が安っぽく感じられる可能性があり、これ以上朝比奈を喜ばせても、良いことなさそうな為、嵐が通り過ぎるのを待つ作戦で、今のところは切り抜けようとしていた。


「今日は暇じゃないんだから、冷やかしなら帰ってくれないか?

これからお客が来るんで、邪魔をされると困るんだが。」


「えっ!めずらしー。

この店にお客が入るのを見るのは初めてかも。

邪魔しないから、ここにいてもいいでしょ~。

コーヒー淹れたり、お手伝いするからさ~。

おねがい、おねがい~。」


実に面倒くさい。

そうこうしているうちに、約束の時間が近付いてきている。

朝比奈がこの場にいても、今回のお客は相手できる。

というか、今回のお客は金にならないから、いたとしても問題はない。

だが、ここで同席を許してしまうと、あとあと面倒くさい。

だからといって、どこかへ飛ばしてしまうのも、朝比奈にとってはご褒美のようなもの。

実に悩ましい。


「あー、わかった。

今回だけ、今回だけだぞ。」

妥協の鬼が誕生した瞬間であった。

そして、なし崩し的に朝比奈が未来旅行社にかかわりだす瞬間でもあった(涙)


接客中は余計なことは一切言うな、等の注意事項を朝比奈に説明し、「は~い」と心のこもっていない返事をしている最中に、未来旅行社の扉が開かれてしまった。


「電話で問い合わせをした、田中ですが。」

40代半ばの男性が、店内を観察しながら、入ってきた。


「お待ちしておりました、田中様。

お忙しい中、お越しいただきまして、ありがとうございます。

こちらにおかけください。」

田中と名乗った男は丁寧にソファーへ案内をされ、朝比奈は田中の分と、店長代理の分のコーヒーをテーブルに置いて、部屋の隅へそそくさと移動していった。


「こちらこそ、お仕事でお忙しいところ、お時間をいただきまして、申し訳ございません。

こちらの旅行会社について、いろいろお聞きしたくまいったわけですが、ずいぶんこざっぱりしてますね?」

田中は室内を見回しながら、自身が想像していた旅行会社より、ずいぶん簡素な内装などの感想をしゃべりながらコーヒーに口をつけた。


「いやー、よく言われますよ。

なにせ、普段はお客様などほとんど来ないですからね。

パンフレットなどの案内をたくさん置いても、誰も見ないし、すぐ埃をかぶりますから、極力シンプルな作りにしています。

掃除も楽ですし。」

社交辞令的な雑談が一通り終わったところで、田中がここに訪れた理由を話し始めた。


「つかぬことをお伺いしますが、この方をご存知ですが?」

田中が一枚の写真を取り出し、テーブルに置いた。

写真に写っている犬面の人物は、最近未来旅行社を利用していただいた、お客様であった。

「こちら、木下さんといって、投資のお仕事をされてるらしいんですが、ここ3カ月ほど連絡が取れなくなってるらしく、ご家族から捜索願が出されてるんですが・・・」


「この犬面には見覚えがありますね。

たしか、半年くらい前から数回お会いしたと思いますよ。」

そういいながら、あまり予定の書かれていない手帳を見返してみた。


「ありましたよ。

直近では、先々月の19日にご来店いただいておりますね。

そういいながら、手帳を田中に見せた。


手帳には19日の日付の欄に、「犬面来社予定PM2時」と記載されており、木下ではなく犬面と書かれていた。


「多分、この時はまだお名前をうかがっていなかったから、こういう書き方になってたんでしょうね。

アポイントメントを取ってるってことは、具体的な旅行プランの話になったと思いますよ。」

そういった直後に、「パンッ!」と小さく手をたたいた。

その瞬間、目の前に座っていた田中の姿が消えた。

手に持っていたコーヒーカップと共に。


そして、部屋の隅で突然田中が消えたことで混乱している、朝比奈のもとへ移動した。


「ここから先は、営業上の秘密な話が多くなるから、この仕事をやめるなら今しかないよ。

この続きを聞いたら、望み通りこのお店で雇うことになるけど、普通の生活には戻れないからね。」

真顔で朝比奈に問いかけ、決断を促した。


「えっ!さっきのおじさんはどこに行ったの?

突然消えたんだけど。

ていうか、普通の生活に戻れないって何?」

「当たり前だろ、普通の仕事じゃないんだ。

この会社の秘密が漏れたら大変だから、秘密を守るための契約をしてもらうぞ。

もちろん契約違反には、きついペナルティがあるから、絶対に秘密を漏らすなよ。

それと、おっさんは未来に飛ばした。お前をどうするか決めてなかったから、それを決めてから、おっさんと続きを話すよ。

で、どうする?」


「えー、雇ってくれるの!

する、する。

契約でも何でもするから、雇ってよ。

やったー。」

とても軽い返事が返ってきた。

馬鹿丸出しである。

まあいい、契約を守らなかったら、代償を払うのはこいつなのだ。


「とりあえず、雇用契約と秘密保持契約なんかの書類があるから、よく読んでサインしてくれ。

読まずにサインして、あとから知らなかったって言っても、遅いからな。

分からないところや、おかしなところは言えよ。すぐに直すから。」

そういって朝比奈をソファーに座らせ、テーブルに書類を置いた。

この書類には、いくつかのトラップが仕掛けられている。

書類をよく読まずにサインすると、契約が成立しないようになっていたり、恐ろしい契約内容になったりと、大変な未来になるように細工がしてあるが、ある程度の常識を持っていれば、気づくことが可能である。

例えば、給料は月にドングリ3個の現物支給や、仕事時の制服は全裸などなど・・・

非常にくだらない内容だが、読まずにサインすると悲惨な結果が待っているのである。

こんなふざけた契約書をあらかじめ作っているような会社は、当然まともな会社ではないと判断するだろうと思い、朝比奈のために作っておいたのだ。

まともに読んでも、読まなくても、ろくなことにならない契約書であった。


ろくに契約書の内容を見ないで、とてもうれしそうにサイン欄に自分の名前を書いている最中、朝比奈が突然ペンを止めた。契約文のおかしなところに気づいたのである。


「あぶない、あぶない。危うくサインする所だったよ。

なにこの契約書?おかしすぎるでしょ?危うくだまされるところだったわよ。

なんで給料がドングリなの?おかしいでしょ?ていうか全裸って何?全裸って?変態か私は。

営業上の秘密を洩らした場合は「死 or Death」ってなんでだよ」

一人突っ込みをしながら、契約内容に文句を言っている。

実に騒がしい。

この後、ここを直せ、あそこを書き換えろ、等の要求をしてくるので、契約書を完成させるのに、一時間以上時間がかかってしまった。

秘密を洩らしたら「死」に関しては、譲れなかったため、激しい抵抗にあったが、書き換えずにそのままの表記で記載されている。

秘密を洩らさなければ死なないんだし。


これで、朝比奈は未来旅行社の一員となった。

といっても、特にやる事はないので、とりあえずコーヒーを淹れたり、ゲームの2P対戦等の雑用要員ではあるが。


「そろそろ田中さんが戻ってくるから、そこをどいてくれるか?」

時計を見ながらそう言うと、テーブルの上を片付け、田中さんが消える直前の状態を再現し、田中の帰還を待つことにした。


田中さんが消えてからちょうど1時間30分後、突然田中がソファーに現れた。

手に持っていたコーヒーカップと共に現れた田中さんは、自身に起きた出来事に気づくことなく、そこに現れたのだ。


「その日の営業日報だと、木下様とは契約まで行ってなかったみたいですね。

値段が合わないとかで、2時間くらいで店を出て行かれたみたいですね。」

19日日報と書かれた紙を見ながら、田中さんに木下さんとの商談内容を説明する。

「長期間のご旅行を考えていたとの事でしたので、何社か見積もりを取っていたのかも知れません。弊社は規模が小さな旅行会社なもので、価格で比べられると、大手には勝てませんからね。

サービス勝負といっても、なかなか伝わらないところもありますし。」

というと、田中さんの座っているソファーの後ろにある棚から、ハワイ コンドミニアム長期滞在プランやサンフランシスコ ニューヨーク間陸路横断プランと書かれたパンフレットを田中さんに手渡し、話を進めた。

その後田中さんは、ここでの説明にあまり納得していない顔をしてはいたが、話の筋は通っており、ここで分かった木下さんの足取りをメモし、最後に刑事であることを告げ、捜査協力の礼を言って帰っていった。

田中さんは最後まで、未来旅行社の本当の顔を知る事なく、そして、自らがタイムスリップをしたことに気づくことなく、未来旅行社を後にしたのである。


田中さんの帰った後に、部屋に残された朝比奈を見ると、驚きと緊張の顔がいまだに残ったままだった。


「えっ!

ハワイとかのプランもあるのっ!

今までそんなカタログ見たことないんだけど!」

朝比奈はソファーの後ろにある棚を見ながらそう言った。


そこには、一枚だけハワイのカタログが置いてあった。


「あー、それは、さっき近くに旅行会社からもらってきたカタログを、適当に切り貼りして作ったやつだよ。

レイアウトもあんまりきれいじゃないでしょ。」


「手作りなの?

カタログ作るような機械ないのに、どうやったの?

ていうか、さっき貰ってきたって言ったけど、作るの早すぎでしょ。

それも、秘密なの?

そもそも、木下って人は、どうしたの?

未来に行っちゃったの?」


朝比奈は実に面倒くさい。


「木下さんは、この前未来に送ったお客様だよ。

10年後に行きたいとか言ってたから、送ってあげたんだよ。

やっぱりあの人、誰にも言わずに行っちゃったのかよ。

事前に契約書にも面倒ごとはこの会社に持ち込まないって書いといたのに。

木下最低だな。」


テンション低くそういうと、少し考え込んでから朝比奈に対して、説明を始めた。


「木下さんは仕事上でのトラブルがあって、遠くに行きたいと言って店に来た人だったんだよ。

店に面倒をかけないようにするから、遠くに連れて行ってくれって言われて、10年後に送ったんだよ。

それなのに、店に迷惑をかけるとは・・・。

ペナルティものだよ、ほんと。」


そう言うと、古机の引き出しを開けて、中に入っている無数の手帳の中から10年後の西暦が書かれた手帳を取り出し、木下(犬面)到着と書かれた日付を見つけると、赤字でペナルティ(契約違反)と付け加え、最後にアルファベットの「C」の文字を書き加えてから手帳を閉じた。


「ホントに10年後に予定が入ってる。

ペナルティってどういう事なの?

最期の「C」って何なの?

ていうか、10年後の手帳ってどこで買えるの?」


朝比奈が手帳をのぞき込んでいたらしく、騒がしく聞いてきた。


「Cっていうのは、ペナルティのランクだよ。

俺が勝手に5段階でAからEで決めてるやつ。

Aが一番重い罰を受けてもらうんだけど、今回はCだね。

いつもならDくらいなんだけど、今日は一日イライラしてるからCにランクアップ。」


「うわー、個人的なイライラをお客にぶつけるなんて、最悪だね。

こんな大人になりたくないなぁ。

ていうか、Cランクのペナルティってどうなるの?

罰金100万円とか?」


相変わらず朝比奈はうるさい。


「到着場所の変更だね。

契約書にそう書いたはずだし。

どこがいいかなぁ

たしかこの前、Bランクペナルティのお客さんには、真冬の南極に全裸で到着するようにしたけど、モヤシみたいな体つきのあいつ無事に帰ってこれるかなぁ?

今回はCランクだから、それよりはまともな場所じゃなきゃなぁ。

どこがいいと思う?」


「えっ!

ダメダメ、死んじゃうよ。

てか、犯罪だよ。人殺しだよ。怖い怖い、南極ダメぜったい!」


軽い感じで恐ろしいことを口にしながら、朝比奈に意見を求めようと話を振ると、ただ五月蝿いだけで何も意見を言わない、役立たずの朝比奈がそこにはいました。


「とりあえず、木下はCランクペナルティだから、無人島でいいや。

考えるのも面倒臭いし。こんど、無人島の事をテキトーに検索して、いいとこあったらそこにしよう。」


1人で納得して、手帳の中にある木下到着と書いてある日付に、無人島到着と付け加え手帳を閉じると、役立たずの朝比奈がいまだ不満そうな顔をして立っており、南極の件を非難するような目で訴えていました。

ほんと面倒くさい。


「あいつはBでいいんだよ。

ほんと面倒くさかったんだから。

武装したヤクザが20人以上店の外で騒いでたんだから、南極でも優しい方だよ。

ダイナマイトを腹に巻いたレトロすぎるやつもいたんだからさぁ。

生きるチャンスがあるだけでも感謝してほしいよ、まったく。」


「未来に行きたいっていう人間なんて、まともな奴はいないんだよ。

みんな何かしら問題を抱えていて、それから逃げるためにこの店に来るんだから。

言っただろ、この仕事をしてると、普通の生活には戻れないって事を。

いまさら戻れないんだから、覚悟を決めろ。」


「武装したヤクザってどういう事ですか?

ていうか、この前テレビで、繁華街でヤクザが突然大量失踪したっていうのを見たことあるけど、それに関係してるの?

見つかったっていう話も聞かないし、怖っ」


「あいつらは全員、太陽の中心部に移動してもらったよ。店の前で騒ぐなっての。邪魔すぎて店に入れなかったし。ほんと迷惑だよね。

それよりも、さっきの契約書の秘密保持の件に関しては、絶対に守ってね。」


そう言って朝比奈の肩をポンと叩き、「お疲れ様、今日は帰っていいよ」と言われた朝比奈は、何か怖い物でも見たかのように青ざめて、少し歩き方がぎこちなくなって、店を出るのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る