第2話 剛田、未来へ行く

その日は、珍しく彼の手帳に予定が書かれていた。

2時に剛田さん来社、と書かれた手帳と、時計を見た彼は、カタログを一枚用意して、あと2分後に訪れる2時を待っていた。


「剛田さん、お久しぶりです」

彼は入り口のドアが時間ぴったりに開くと、そう言って1人の男を出迎えた。


男の風貌は40代の厳つい男、まさに青タヌキに出てくる剛田家の男に似た雰囲気である。

大きなアタッシュケースを手にし、汗だくではあるが、やり手営業マンの風格さえある。

ソファーに座ると、彼は冷たい麦茶を差し出し、剛田は一気に飲み干した。

「おや珍しい。

今日はあのピコピコやってないんだね。

いつもは入ってくるまでやってるのに。」

剛田の言うピコピコとは、彼がいつもやっているゲームである。

「今日はアポイントメントを頂いておりましたので。

私だって仕事とわかっていれば、ちゃんとしますよ。」

彼は少し照れくさそうに、笑った。


「なるほど。普段は仕事をしていないという事か。

だからいつ来ても説明が適当で、売る気が感じられないわけだ。」

剛田は笑いながら話を続けた。

「初めて来た時も、なんか適当にあしらわれたし、帰ってから1日時間が過ぎてるのに気付いた時は、なんて適当なタイムトラベルだって、1人でツッコミを入れてしまったよ」

「そのあと1日仕事をしてない事に気付いて、穴を開けた仕事の穴埋めで泡食ってたんですよね。」

彼は楽しそうに話す剛田に相づちを入れながら、麦茶のお代わりを入れた。


一通り話し終えた剛田に対し、彼は用意しておいた一枚のカタログをテーブルに置いた。

「剛田さん、旅行に行かれる前に、前回お話しが途中までしかできなかった、オプションプランの話をさせて頂いてよろしいでしょうか。

私どもでは、長期のご旅行に行かれる場合、いくつかのオプションプランをご用意しております。」

カタログには、現地ガイドオプションや、現地通貨準備オプション、転送オプション、短期宿泊オプション等、オプション名と、価格が書かれたシンプルな作りになっていた。


「例えば、今より遠い未来に到着した時に、今と街並みが変化していたり、鉄道などの交通手段に変化があった場合、現地ガイドオプションをつけていただいた場合、剛田様のご希望の場所や文化等をご案内させていただきます。

また、現地通貨準備オプションは、出発前にお預けいただいた金額に応じて、お預かりしたのと同等程度の価値の、現地で流通している貨幣にてお渡しすることが可能です。

まあ、昔の人が一円札を握りしめて、現代に現れる悲劇を少しでも減らすためのオプションですね。」

「あんたは未来に行かないのか?

と言うか、着いたら誰もおらんのか?」

剛田は少し不安そうな目で、彼を見つめていた。


「簡単な説明程度ですが、現地の案内はご用意しておりますが、なにぶん未来の事ですし、私がこの会社にいるかどうかわからないので…。

その為のオプション契約でして、契約があれば会社は対応せざるを得ないというわけです。

ま、会社がなくなった場合は、契約してようが無駄になってしまいますが。」


「なんだよ、出発前に不安になるような事を言うなよ。

とりあえず、前に言われた通り換金率の高い物はカバンに入れておいたから、通貨オプションはいらないや。

でも、ガイドは欲しいしなぁ〜。」

剛田は顔に似合わず、不安そうな顔をしながら、カタログを見ていた。


「この、お出迎えオプションっていうのは何だ?」

剛田は比較的安いお出迎えオプションを指差しながら、聞いてきた。

「こちらは、現地に到着した時に、現地スタッフが出迎えてくれるオプションとなっております。

簡単な現地の説明は出来ると思いますので、ガイドオプションの簡易版と思っていただいて、結構です。」


剛田はオプションの説明を聞きながら、いくつかのオプションをピックアップして、オプション契約を済ませた。


「では、ご旅行の説明とオプションの受付を終わらせていただきます。

最後に簡単な確認をさせていただきます。

剛田様がこれから行かれる20年後は、あなたが今から20年間行方が分からなくなった世界です。

その間に失踪届けが出されていたら、死亡認定されている可能性があります。

そのような不都合が起きないような手筈はおすみですか?

また、二度とこちらの時間には戻れませんが、構いませんね。」


珍しく真剣な目で剛田に問いかけ、最終確認を促した。


「ああ、構わん。

家族や友人の葬式に間に合わなくても、後悔はしない。

それどころか、この歳になってもガキの頃のように、ワクワクが止まらない。」


剛田はそう強く言うと、手早く小切手に数字を書き込み、差し出した。

剛田がなぜそんなにまでして、未来に生きたいのか。

本当の理由は、彼は知らない。

だが、剛田は決意し、それを実行に移そうという事実がそこにはあった。

「パンッ!」

室内にひときわ大きく音が響いた。

未来へ人より早く行く手段と、それを利用できるだけの資金をこの時に持っていた事に、彼は自分の運と、運命に感謝しながら、未来へと旅立って行った。

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