未来旅行者
サバビアン
第1話 「未来旅行社」営業中
都内某所、繁華街にある雑居ビルの一室にピコピコと電子音が響いていた。
古びた机に赤い14型のモニターが載っており、モニターにはテレビゲームが繋がれている。
テレビゲームの本体には、最近発売されたばかりの黄色いカセットが刺さっており、モニターの前には、画面に映る小さなキャラクターを嬉しそうに右に走らせたり、ジャンプさせている、四角いコントローラーを手にした男が1人いました。
9月も半ばに入っている平日の昼間に、なぜ彼はテレビゲームに夢中になっていられるのか?
答えは簡単で、彼はヒマなのである。
ただし、彼は無職ではない。
なぜなら、この場所は、彼の職場だからだ。
だからと言って、彼はゲームをプレーする仕事をしているわけではない。
彼の名刺には、旅行会社の店長代理という、立派な肩書きが書かれているからだ。
要するに、お客が全然来ないから、ヒマというわけだ。
ヒマなら外に出て呼び込みや、営業マンの様にお客を探して歩き回るのが普通だか、この旅行会社は一切そういう宣伝広告活動を行っていないため、基本的にはヒマなのである。
『未来旅行社』、彼のいるこのオフィスの入口には、そう書かれている。
どう見ても怪しい名前であり、さらに、外の通りから見える窓に[1日10万円から]というなんの事だかさっぱりわからない紙が貼られている。
普通の人ならば、近寄りたくない雰囲気のオフィスでは、当然滅多に接客をする事がない。
ゆえに、オフィスには彼1人しかいないので、ゲームをしていても問題ないのである。
店長代理という肩書は持っているが、彼の上司を彼自身も見たことがないほど、店舗には彼しかいないのである。
本気でプレーをすれば、すぐに囚われの姫を助けられる。
だが、ヒマ人は手抜きでプレーを引き延ばす。
具体的には、今日だけでもノーコンテニュー、ノーワープで、二回も姫を救っているくらいだ。
ワープを使えば10分で終わるのを、わざわざ全力で手抜きをし、引き延ばすという、マニアックプレーをしているのである。
ヒマを証明するかの様に、開きっぱなしで無造作に置かれた彼のスケジュール帳には、その日の予定は何も書かれていなかった。
正確には、月末あたりまでほぼ白紙である。
とにかく彼はヒマである。
3回目の平和な世界を取り戻した後、本体から黄色いカセットを引抜くと、大きく伸びをしながら大あくびをして、あたりを見渡した。
少しは真面目に働くのかと思っていると、2、3ヶ月前に買った黒いカセットを手に取り、本体に挿して、電源を入れてしまった。
そして彼は、ビルの最上階からエレベーターに乗って降りる、アクションゲームをやり出した。
だが、ヒマすぎてだらしなく過ごしていた時間は、一つ目のビルを降り終わる直前にして、終わりを迎える事となる。
入口のドアが開かれ、彼以外の人間が部屋へ来たためである。
手に握られていたコントローラーを、入ってきた人物に見えない場所にそっと置くと、彼は立ち上がって、
『いらっしゃいませ』
と、明るく言葉を発し、入室者の元へ歩み寄っていく。
「こちらは旅行会社さんですよね」
お客と思われる人物は、近づいてくる彼に、おそるおそる声をかけた。
「はい。
ご用件はこちらで伺いますので、こちらにお掛け頂いても宜しいですか。」
彼はお客を不快にさせない様に、努めて明るく振る舞い、部屋の中央にある応接用のソファーへ、誘導した。
ソファーに腰をかけたお客を確認すると、彼は急いで未来的なデザインをした機械のボタンを押し、機械の下に置かれた二つのカップを手にすると、カップの一つをお客の目の前のテーブルに置いた。
「ありがとうございます。」
お客は頭を下げながら、謎の機械から出てきたカップの中を覗き込んだ。
「ただのコーヒーですよ。
一応、未来旅行社っていう名前の会社なので、普通のコーヒーメーカーだとつまらないと思いまして、未来っぽい見た目に改造しました。
皆様最初はかなり驚かれますね。」
彼は気さくな感じでそう言うと、自分の分のコーヒーに口をつけた。
「今年の冬に旅行に行こうかな、と思っていて、パンフレットが欲しくて、寄ってみたのですが…。」
パンフレットをもらいに来ただけのお客にしてみれば、ソファーに座ってコーヒーを勧められるのは、とても気まずいものである。
「すみません。パンフレットですね」
そう言うと、1枚のパンフレットをお客の前に差し出した。
『明日を過去に、未来を日常に』
彼が取り出したパンフレットには、大きな文字でそう書いてある。
その文字の下には、値段表の様な表が書かれているだけの、シンプルすぎて何一つ魅力が伝わってこないパンフレットであった。
お客の顔には、明らかな期待はずれ感が漂っている。
その顔も予想どおりかのように、彼は何一つ動じていなかった。
そして、お客に対し、パンフレットを指差しながら、説明を始めた。
「弊社のプランは、他のどの会社でもやっている様なサービスは、行っていません。
他社では夢の様な旅を終えてから、帰路につき日常に戻られますよね?
弊社では、その余計な部分を全て取り払い、旅に出た瞬間から新しい日常が始まります。」
彼はコーヒーをもう一度口に含み、さらに話を続けた。
「多分、お客様は今の説明が何一つ理解出来ていないと思います。
それは当然で、常識的で素敵な反応だと思います。
ですが、弊社の旅を経験してしまうと、お客様が持っている一般常識の外へ行くことになります。
簡単に言うと、弊社はお客様を未来へお連れし、未来の世界を日常にしていただくサービスをさせていただいております。」
ここまで話したところで、完全に変な勧誘に引っかかったという顔のお客が、その場にはいた。
まさか、誰が聞いてもわかる様な怪しい詐欺に、自分が引っかかってしまっていることに、少しショックを受けている様にもみてとれる。
とても可哀想である。
「要するに、未来へのタイムトラベルです。」
これ以上、一般人をいじめるのも可哀想に思った彼は、端的に結論を伝えた。
たった1行で説明できる内容を、わざわざわかりにくく説明するのは、彼の暇つぶしの延長である。
ただ、今日の説明はいつもより短い、という事をここで説明しておこう。
今回は、若い女性がお客であった為、彼自身も少し可哀想に思って、短めで切り上げたようだ。
彼の最後の説明を聞いて、お客は確信を持った。
ここにいても、いい事は何もなく、さらに厄介ごとに巻き込まれるという事に。
とりあえず、ここから出る方法を考え始めたところで、一つの提案がお客に対して、提示された。
「今なら24時間以内の未来旅行を、無料で体験できますよ。」
この言葉を聞いた時、どうせタイムトラベルなんてウソなのだから、そこを指摘してやれば、少しは無駄話に付き合わされたイライラも、和らぐかなと思い、逆にからかい半分で話に乗ってみようかと考え始めるのであった。
「本当に未来に行けるのなら、試してみたいですね。
タイムマシンみたいな乗り物は、どこにあるんですか?」
お客の目は、明らかにボロ机に向けられていた。
たぶん、青いタヌキが出てくる国民的アニメのタイムマシンを想像していると思われ、とても模範的な一般人である。
「残念ながら、青タヌキの力は使いません。
が、青タヌキ式システムよりも簡単に未来へいけますよ。
では、24時間以内で、いつに行きたいですか?」
お客は、自分の安易な考えを見透かされているようで、恥ずかしかったのか、少しうつむきながら、考え始めた。
今は昼の2時を少し過ぎたあたり。
明日は仕事が休みだが、予定は何もない…。
などと、さっきまでタイムトラベルなんて出来ないと思っていたくせに、いざいつに行きたいかと聞かれると、考え込んでしまう普通人。
本当に残念なくらい常識的な一般人である。
「じゃあ、24時間後でお願いします。」
やっと出した結論は、時間いっぱいフルに使ってやろうという、庶民的な答えであった。
「では、参りましょう。
良い旅を…。」
そう言うと、彼は「パンッ!」と一つ手を叩いた。
その瞬間、お客は立ちくらみの様な感覚に襲われた。
ただし、その感覚はほんの一瞬でなくなり、再び部屋を見渡した。
「ようこそ、未来へ」
先ほどと変わらない彼がそう告げると、完全に騙されていると確信したのか、それとも一瞬でも信じた自分に対して悔しいのか、お客の顔は少し赤くなっていた。
「初回キャンペーンはここまでです。
弊社のご提供する旅に関して、ご興味が出てきましたら、またお越しください。」
そう言うと、彼の役職と名前の書かれた名刺を一枚手渡し、お客は店を出て行った。
この店の事をほとんど理解せずにやって来た人間は、大抵24時間を選択する。
そして、大抵自分に起こった事を理解する前に、騙されたモヤモヤを胸に、この場を後にするのである。
その後の心の底からの驚きを、まだ知らないまま…。
お客が帰って行った後、彼は先ほどまで握っていたコントローラーを手に、氷の山をひたすら登っていくゲームの続きを、ゲーム機に刺さっている水色のカセットを横目に、始めるのであった。
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