第13話 伝家の宝刀盗難事件

 迷宮入り事件解決依頼

       

「上里様、志和地でお別れして以来、この何年の間、全くお会いすることは有りませんでした」

「そうよなあ、何故か互いが疎遠になってしもうたからなあ」

「本当に懐かしゅう御座います」

「そりゃワシもじゃ。与作と別れて間もなくかなぁ、八幡山の城を離れてこっちに来てしもうた」

「爾来、こんなにも近くに職住接近しとったとは夢にも思わんかったよ」

「然しな、ワシが此処の次席になってから嫁を貰うたんじゃ。其れからは、ちょくちょく与作を目にしたり、噂を見聞きする様になり出してな」

「本当ですか。私には全然分かりませんでした」

「昔からそうですが、上里様とはあまりにも身分格差が御座います」

「そういう事たぁないよ。気にしとったのはお主と家族だけよ。ワシは何とも無かったよ。其れが証拠に、何度も志和地から三次へ一緒に歩いて通うたよな。時には馬でもな。然し、懐かしいのう」

「そうですね、あんときは上里様の手足となって動けるのが嬉しかったなあ。あっちこっち走り回って用足しをし、昼飯を食べるのが楽しくて美味しくて。其れに、駄賃を貰って土産を買って来て、ハナや家族が喜ぶのがほんま嬉しゅうて感謝しておりました」

 然し、与作殿は互いが惜別以来、様変わりした人間になったんじゃのう。考えてみりゃ小さな頃から何事にも真剣に勉強しとったよな」

「とんでもない。私はいつまで経っても浅田屋の丁稚奉公人ですよ」

「うんにゃ、与作殿は其れを隠れ蓑にしとるんじゃ」

「そんなぁ、与作はいつ迄も変わるものではないですよ」

「ワシが志和地におる時、一度だけ専正寺さんに与作殿の物凄い実力というか潜在能力の高さの事を聞いたよ」

「尤もその時にな、ハナちゃんも凄いと聞いたよ」

「何せ暗算なんざ、日本國中に数おらん程の実力じゃ」

「これはおっちゃんに兄妹で可愛いがって貰ったお陰で御座います」

「そんなぁこたぁないが、とに角ワシも嬉しいよ」

「其れがいつの間にかワシの知らん間に三吉のお殿様から認められる人間になっとる」

「家老が言われるのには与作殿は文武両道において傑出した実力を有しておるとな」

「其れとな、先般、ワシは竹澤屋と備前長船の件で、お城に上がったよ。その際にお殿様より見せて頂いたよ」

「其れは何でしょうか」

「与作殿の苗字帯刀のお墨付きよ」

「其れに、その時にお殿様も羨ましがっておられたよ。ワシより先に備前長船兼光の名刀を国久公より授けられ、手にしておるとるとおっしゃってな」

「・・・」

「まぁ、とに角、与作殿は、もう暫くは浅田屋に籍があると云うとったよな。ほんじゃ代官所へ直接来るのはまだ遠慮があろうけ今度から拙宅に来てくれんかのう」

「其れこそ畏れ多い事です」

「何を云うとる、嫁にも是非、会ってくれんか。此れからも末長う付き合うて貰わにゃならん事になるからな」

「有り難う御座います」

「色々と積もる話しが有るからな。与作、おっちゃん時代の懐かしい思い出が仰山有るでのう」

「其れとじゃな、家老が言われるのには、いずれにしても与作殿、このまま何時迄も放っておく事は出来んじゃろう、決断を早ように宜しくとな。何せ、国久公とお殿様のお墨付きがあるからな。多方面で活躍して貰わにゃならんとの仰せじゃ」


 与作は日を改めて浅田屋が非番の前日に次席宅を訪れた。日が暮れた暗闇の中、裏木戸を叩いた。今日来る事は事前に報告はしていなかったが取敢えずはご挨拶だけはと思い顔を覗かせたのである。

「御免ください、上里様、与作です」

 暫くすると下駄の音がして

「与作さんですか。どうぞお入り下さい」

 引き戸を開けると奥様が

「アッ」と驚きの声をあげた。

 其処には腰まではあろうか大きな狼犬が此方を見つめているではないか。

「びっくりした。忍者犬の鉄ちゃん?」

「そうです。其れに玉とラー助です。ありゃ何処へ隠れた、恥ずかしがる柄じゃなかろうが」

「ココジャ、ココジャ」

 すると塀の屋根の上から声がした。

 此れには若奥様も初対面ながら、嬉しいやら楽しいやら

「ラーちゃん、いらっしゃい」

「へへへへ」

「奥様、今日はさしたる要件はないのですがご挨拶だけでもと寄せて頂きました」

「皆んな、中へ入ってね」

「有難う御座います」

「主人は風呂に入ってます。おっつけ此処へ来ますからゆっくりしていてね」

「皆んな、座敷に上がっていらしゃい」

「でも汚れますから」

「いいからいいから」

 与作は夫々の足を拭いてやると走り回わりだした。

「こりゃ、静かにしとれやぁ!」

 途端に片隅に一列に並んでいる。

「オオゥ、忍者一家が来てくれたか」

「お邪魔致しております」

「何の何のゆっくりしていってくれるか」

 その上里様の声に、鉄は嬉しそうに尻尾を振って近付き、手を舐めながら大喜びをしている。

「あれぇ、何で鉄を知っておられるんですか」

「知っとるも何も、奥村等が襲われた時、ワシが代官所から医者の順庵先生に駆け込む時に後を付けとったよな。全く殺気のしない寧ろ心地良い追跡者だったよ」

「帰る時、何者か確かめようと思って詰所の小窓から見とったのよ」

「あの時、代官所の物陰で見かけたのが最初よ。なぁ鉄ちゃん」

「あれぇ、見られとったんですか」

「あたぼうよ。へへへ」

「その時、側におった犬と猫な、何処で飼っとるんじゃ」

「あれはですね、最初、私が浅田屋勤めを始めて志和地から走って通っておりました。暫くはそうしておりましたが如何にもキツそうだと思ってか、親父が、もう一寸近くから通えやと、奥屋に有った炭焼き小屋を改造してくれて住める様にしてくれました」

「お陰で山道を抜けると一里も近くなりました。其れから、勤め途中の道端で犬、猫を拾ってきては飼ってやりました。カラスは猫の玉が見つけてきて育てました。それ以来、奥屋と町の近くの別荘に住まわせております。此処は町中の何処からでも犬笛、カラス笛を吹くと即ぐに馳せ参じてくれます。

「道理でな。其れでワシを陰ながら見とってくれたんじゃな、有難うよ」

「然し、ラーちゃんはあんときは空から見張っとったんじゃろ、全く気が付かなんだよ。流石は忍者カラス様じゃのう」

「ヨイヨイ」

「ハハハ、こりゃ愉快じゃ」

「此れはね、皆んな国久公の真似なんですよ」

「お前さん達、其処へ暫くジッとしとれな」

 聞き分けもよく部屋の片隅に並んで座っている。

「然し、与作殿は’‘浅田屋事件,,や''代官所身内の不祥事事件,,にしても、ワシの知らん間に動いてくれていたんじゃのう。ほんま、心から感謝しとるよ」

「とんでもない。何のお手伝いも出来なくて。其れはそうと殿付けは辞めて頂けないでしょうか。今迄通りに与作にして下さい」

「じゃがこれだけはな、今から後、互いが長い付き合いになる事じゃ、藩内の皆んなの手前もある、こう呼ばせて頂くよ」

「そりゃええがな、奥村、上川がしでかした事件は危うく迷宮入りするとこじゃたよ。忍者一家がおらんかったら、代官もワシも処分され、次席になりたてから逆戻りで、志和地送りになる程追い込まれとったんじゃ」

「でも此れは上里様の努力と実力のせいでしょう」

「またまた、与作殿という奴は。まぁええ、ほんに有り難うよ」

 すると奥様が座敷に入って来て

「皆さん、晩飯はまだなんでしょう。よかったら食べてって下さいな」

「とんでもない。即ぐにお暇しますから」

「美味しいものは無いけどゆっくりしていって」

「オォ、与作殿、是非そうしてくれるか」

「有り難う御座います」

 先程の話しを食事の準備しながら台所で聞いていた奥様が

「あの節は大変、お世話になり有難う御座いました」

「そんな奥様までも」

「いえいえ、主人は何も一切、口にしていなかったのですが、痛切に責任を感じているのが私にも分かりましたから」

「そりゃそうと、さっきはラーちゃんが国久公の物真似をする云うとったが如何いうこっちゃ」

「ウ~ン、其れはですね。本当は国久公と私の秘めた内緒事なんですが上里様ですからいいでしょう」

「あれは国久公が夜中に間道を抜けられていた時、マムシ禍に遭われまして難渋されていました。帰宅中にたまたま、私と鉄と玉がその場に出会しお助けしたのです。其れ以来、八幡山城に来られたら、毎度の如く私が住んでいるお粗末な炭焼き小屋に立ち寄られました。其れで皆んな国久公に懐きました。

 特に玉はお殿様が苦しんでいる時、猫ながらも側に

 寄り添い三日三晩看病し続けたのです。其のために国久公を子供の様に思っているのです」

「そしてラー助は雛の頃から可愛がられ言葉を教えてもらったんです」

「其れでか。いつぞや比叡尾山の城中で国久公と与作殿が並んで歩いて来たよな。其れもお互いがニコニコ談笑しながらじゃ。あんとき程、たまげた事たぁないで」

「ワシは危うく声を出すとこじゃたよ」

「其れこそ、こっちも一緒でしたよ」

「大殿様の懐の中から玉ちゃんが顔を出し、側には大きな狼犬の鉄ちゃんじゃ。其れに町人姿の与作殿とくりゃ、ほんま皆んなたまげとったよ」

「其れとなもう一つ、剣術は何処で習得したんじゃ。まさか国久公じゃあるまいな」

「三吉のお殿様が言われるのには相当強いと聞いとるぞ。其れでなければ苗字帯刀を許される訳も名刀兼光を授かる事もなかろう」

 然し、この事には一切触れず、ただニコニコ笑みを浮かべるだけてあった。

「其れとな、三次藩には今迄にも迷宮入りしとる事件

 が、なんぼうもあるのよ。ワシ等みたいな田舎のへなちょこ役人ではドジの踏み通しじゃ」

「中には、今でも絶対に解決せにゃならん事件もあるんじゃ。是非、与作殿、忍者一家と探索や再吟味に手を貸して貰えんかのう」

「其れは、喜んで。おっと言いそこ間違いました」

「ハハハ、ええよ、ええよ」

 そこへ座って毛繕いをしていたラー助が

「ヤルヤル」と叫んだ。

「何ちゅうことじゃ。ほんま頼もしいのう」


「早速じゃがな、誰にも言えん様な三次藩の恥になる様な事件なんじゃ。それ故、ほんの上層部の方しか知らず、内容は固く口を閉ざされておるんじゃ」

「其れでは、到底、私等には無理ではないですか」

「じゃが、其処は与作殿に無理は承知でお願いしたいのよ」 

「分かりました。どこまで出来るか、後は神のみぞ知る、是非やらせて下さい」

「オオウ、引き受けてくれるか。ほんにすまんな」

「然し、ワシの手下役人を動かす事は出来んぞ」

「無論のこと、結構で御座います。じゃが上里様、お知恵を借りるかも知れませんよ」

「そんな事は言うまでもないよ」

「其れでは今度、内密に探索資料を持って来るから」

「分かりました。是非とも宜しく」

「忽ち概略を言うとくとな、実は三吉の殿様の先祖伝来の刀を盗まれてな。何代、続いとったかワシ等には分からんが何せ家宝じゃ。今でもこの件に関しては意気消沈されておられるのよ」

「然し、お殿様の人柄じゃ。厳命で、世間一般には絶対知らすな、そして誰にも責任を取らせるな、とのお達しなのじゃ。有り難いことよ」

「こんなお殿様の気持ちに報いる為に、藩を挙げて内密に探索したよ。町人、百姓、或いは他藩にも知られんように必死じゃ。然し、なんぼうやっても誰が犯人か分からず、結局は何の痕跡を掴む事が出来ず、刀は出ずじまいで迷宮入り状態じゃ」

「じゃが何時かは何としても解決せにゃならんのよ」

「お殿様は、形有るものは、いずれ壊れるか消えて無くなると仰るがな。心寂しいんだろうよ。現在、此の事件があってから代わりに名刀を所望されておってな。其処へたまたま与作殿が、上川が落とした小柄の紛失の件で、竹澤屋の主人とワシが知り合うきっかけをつくってくれたよな。此の男は備前長船の出であることが分かり、其れも兼光の何番目かの息子である事が知れてな。全く渡りに船よ。ワシは竹澤屋の主人を伴って城中に謁見したよ。とに角、大変にお慶びになられたよ」

「与作殿よ、資料は何時、渡しゃええかのう」

「何時でもどうぞ。何の理由付けでもいいですから浅田屋に届けて頂けますか」

「よし、分かった。早急に手配するから」

「其れとですね、今は上里様に分かってしまわれましたが連絡はラー助をお使い頂けないでしょうか。お互いが何処にいようと見つけ出してくれますから。今度、カラス笛をお渡ししますから」

「おおそうか、其れは有難いのう。楽しみじゃ。与作殿よ、いきなり、大変な未解決迷宮入り事件を押し付けてしもうたが、ほんま相済まん事じゃ」

「何を仰います。私と忍者一家がどれだけ出来るか分かりませんが、とに角、頑張ってみますから」

 帰り際に

「おやまぁ、遅ぅ迄も引っ張ってしもうたな。泊まっていくか」

「とんでもない。私等は此れから帰りますから」

「然し、此れから帰りゃ遅うなろうが」

「いえいえ、今夜は近くの大きな別荘に泊まりますから」

「ほんのアッという間に着きますから」

「そんなにええ住まいがあるんかい」

「コマコマ」

「コリャ、ラー助、いらん事を言うな!」

「ハハハ、ほんまラーちゃんは愉快じゃのう」

 然し、与作殿よ、今夜はほんま愉快で痛快で楽しい思いをさせてもろうたよ」

「そうですよ、私も本当に話しを聞いていて楽しくて嬉しくて感激しました。今後共宜しくお願いします」

「此方こそ宜しくお願い致します」


     事件の概略

  

 此れは去る桜の舞い散る季節、尾関山は花見客で賑わっていた。

 比叡尾山城中では、相変わらずに籠の鳥のお殿様と家老は

「オイ、家老よ。ええ日和じゃのう。こっから外を見いや、春の息吹がみなぎり出したでぇ」

「左様で御座います」

「ワシも一句、詠むかのう」

「へぇ〜、そんな趣味が何時からお有りで」

「コリャ、茶化すなや。手討ちにしてくれるぞ」

「げに冗談、冗談じゃ。然し、毎日毎日、薄暗いとこへ閉じ込められた様でくさくさするのう」

「何か、パーと気が晴れる事はないんかい。なんとかせぇよ」

「はぁ、そうは申されても忽ち・・」

 そんな処へ代官所より使いの者が早馬で城へやって来た。階段を駆け上がって来ると

「何用じゃ」

「ハハァ、実は国久公から一席設けるから出てこんかと仰せで御座います。丁度、桜が満開じゃとの事で」

「ナヌ、そりゃ誠か。ワシ等も今、其れを話しとった処よ。何とええ絶好の機会じゃのう」

「じゃが今から出掛けると夜桜になるかのう」

「それも風情が有っていいでしょう」

「よしゃ、即ぐに出立すると言うとってくれ」

「そりゃええが何処へ行くんなら、まさか志和地の城じゃあるまいのう」

「確かに今日も国久公は、其処へ出立すると仰っていましたからね」

「いえいえ、違います。場所は尾関山のそばで御座います」

「何とまぁ、たまげたわい。えらい心変わりじゃのう」

「其れなら早う出掛けるとするか。其れで何で行くんなら」

「それならば、下の船着場に屋形舟が待たせて御座います」

「何と手回しがええのう」

「然し、国久公はどうされたんじゃ。志和地へ行くと仰っておったのにな。いつもは硬い話しばかりじゃからのう。何で急に気が変わられたのか」

「まぁええ、ワシ等も気晴らしになるから出掛けるとするか」

 其れから急遽、支度を整えて城内から徒歩で急坂をを下りだした。殿様も城からは息切れもせず苦にならない。家老、其れにお付きの家来三人で屋形舟の処へやって来た。

 外は薄暗く舟先の明かり提灯に水面が照らされている。

「お疲れ様で御座います。ささぁ、足元に気を付けてお乗り下さいませ。中が少々狭う御座いますので大のお腰のものは外へお立て掛け願います」

 穏やかで静かな流れに、開けた障子戸から川風があたりほんに心地よい。畠敷から馬洗川をスイスイ下って行く。町中で三本の川が合流し巴橋の下を通り其れが江ノ川となる。船はやがて尾関山の麓の船着場に到着。関翠楼の女将達が出迎いに来ている。

「お疲れ様で御座いました」

「よしゃ、降りるか。家老よ、ワシは初めて舟に乗ったが仲々快適じゃな。程良う揺れて気持ちがええのう。城から此処まで馬に乗って来てみぃ、尻は痛いし、いつ振り落とされんともな。其れに駕篭は窮屈で全く退屈じゃしな」

「今度から城下の河原に何時も舟を置いておくかのう」

「そうですね、駕籠や歩いて行くよりよっぽど楽ですわ。其れに下りですから随分と速いです。ただ、年中という事になれば増水、渇水期の問題も有りますからね、ええ方法を考えておきます」

 舟談義をしながら下船している時、事件が発生したのである。

 其れも全く及びも付かぬ出来事であった。舟から下りるのに家来、家老、お殿様の順に外にすげ掛けであった刀を手に、跨いで降りようとした。

 然し、殿様が手にしょうとした刀が無いではないか。

「オイッ、船頭、ワシのはどうした」

「ええ、何がでしょか」

「刀はどうした」

 慌てて舟に飛び乗り、刀掛けを見ている。然し、無い?無い!

「どしてワシのだけ消えたんじゃ!」

「船頭!川へ投げ捨てたか」

「とんでも御座いません、何故に私がそういう事を致しましょうや。お殿様、私は畏れ多くもお刀には一切、手を触れておりません」

「じゃ何で無くなったんじゃ、カッパでも現れて奪った云うんか」

「私は、ただ夢中で安全運航に努め舵を握っおりました。絶対に絶対に私は何もしておりません」

 とその場に平伏した。

「そうか、そうじゃろうのう。お主の言葉に嘘は無さそうじゃ」

「オイッ、家老よ」

「何でしょうか」 

「ここは忽ち穏便にすませ。其れに一切、騒ぎ立てるな。これから国久公との宴席でもあるからな。大殿には知らん顔をしとけ。女将にもよう言うとけ」


「と云う様な事が事件の発端で、事件の大凡の概略じゃ」

「其れからは緘口令(かんこうれい)が敷かれ、外部には知られない様に全て内密に探索じゃ。代官所総掛りで関翠楼から船頭、其れに関係しとりそうなものを片っ端から徹底的に調べたよ」

「現場から川下までも、大勢が水に浸かって洗いざらい探したが結局、何も出てこんかったよ。全く不思議な事件じゃ、然し、現実にお殿様の刀が消えておる。与作殿、どう思やぁ」

「フゥ〜ン」

 翌日、夕方に手渡された資料に目を通すと非常に厄介な事件と知れた。代官所は何んにも手掛かりを掴んでいないのだ。

 此れでは全く埒が開かないと思った与作は一家の前で

「明日は別荘で寝るで。そして次の日は三次の川の側を歩くからな」

 もう此れだけ言うと鉄も玉もラー助も大騒ぎである。部屋中を動き回っている。

「すなやぁ、埃がたたぁ」

 

 今朝は早くからからの出立だが、何時ものように鉄、玉ラー助は弾んだように楽しい道行だ。

 現場近くに到着すると、勘のいいラー助は、今日のする事が分かった様に馬洗川上空を上から下まで飛んでいる。

 そして皆んなは畠敷の河原に下りた。

「オイ、此処から川下りを始めるでぇ。じゃがなぁ、何時もの様な宝探し遊びをする材料が何も無いんじゃ」

 こういうと途端に「何で、どうして此処へ来たの」と言う顔をするではないか。

 然し、皆んな動物的な感覚が超一流だ。

 与作は一家が残念がると思ったが、さにあらず

「ワシラニマカセテチョ」

「ハハハ、凄い、凄い、よしゃやるぞ」

 一斉に「ワン、ワン」「ニャン、ニャン」「イクゾ、ラーチャン」

 賑やかな事、賑やかな事。河原では大声を発しても他所の誰にも迷惑がかからない。

「よし、出発じゃ」

「エイエイオー」ラー助の一声に

「何と勇ましいのう」

 そもそも事件の発端となった三吉のお殿様が住まいし比叡尾山城は此の場所から北の険しい城山を上がった頂上にある。

 中国山地の山深い地の利の悪さ故なのか、特別鉱物資源もあるではなし、利権絡みの近隣紛争を生じる事も無く、此れが十五代、約四百年も続いたのである。

 長く続いた戦国の世に、ただ防御の為だけに、敵が踏み込め無い様な険しい山中に築城したものであろうか。

 知る人ぞ知る、神のみぞ知る

 麓の狭い平地には、城下町を形成する物は何も無く、家屋がポツンポツンと田んぼの中に有り百姓家が点在していた。多くの住民が暮らす町中は一里も川を下った広い盆地に有った。此処に行政、経済を司る主なものが有り、陰陽交流の重要拠点として発展していた。

 余談だが、馬洗川なる変わった名の由来だが、此れは三次の南にある世羅台地の馬洗池が源とある。遥か昔と思われるが、馬を使い乗りこなす武家や侍が辺りにいたのであろうか。

 此処、世羅の地には平安時代に大田庄と云われる荘園が有り其れを管理していたのが今高野山であった。

 馬と云えば牛、因みに奥州遠野には牛洗川なる川が存在する。此の川は三吉のお殿様が太刀を盗まれた時に言ったカッパが現れる伝説の故郷であり、つとに有名で日本国中に知れ渡っていた。

 然し、此処こそ遠い昔からの南部馬の発祥地であった。馬と人間が一つ屋根の下に同居する、曲り家なる独特な住まいが多く現存していた。

 此の馬は西日本産の其れより、馬格が大きく、姿、形が美しく、気性も穏やかで奈良、平安時代から貴族の間で憧れの馬だったのである。

 此の馬洗川は可愛川,西城川他が三次で合流し江の川となり遥か日本海へと流れていく。

 川傍の小さな道をのどかな日和の川面を見ながらゆっくりと下って行った。あっちこっち振り向いては何かを嗅ぎ取ろうとするのだが、鉄も玉も何の反応も示さない。宝探しをする材料が始めから何も無いのに皆んなで見つけなければならない。皆んなも焦りを感じているのであろうか。

 其れを読んだ与作は、昼飯には早いかな思ったが

「オイ、此処等で飯にするか」

 川が蛇行している処に広い河原があった。途端に大喜びで水辺に駆けていく。

 お粗末な物だが皆んなで一緒に食べれる事が一番のご馳走なのだ。

 実はこの時も与作にも同様に焦りがあった。

「何から手を付けりゃええかのう」

 だが、其れをおくびにも出さない。然し、此処まで下って来て期するものがあった。

 飯を済ませると、相も変らず辺りをキョロキョロしながら目を光らせていた。川面は殆ど見ることは無かった。此れは意味がないのだ。事件から何年も経過しており、毎年、必ず水害が有り刀などあろうはすがない。

 尾関山の麓の船着場に着いた。此処は下船する時、お殿様の刀が盗まれたのを気付いた処だ。

 畠敷から下ってきて途中に何の成果も無い様に思われた。

 其処から折り返して遡り可愛川と合流、大きく蛇行すると幅が狭く細長い丸太木組みの巴橋がある。その橋の真ん中辺りで与作は佇み、上下を冷静に見つめていた。

 然し、玉は上流を見つめたまま他を一切振り向かなかった。其処を通過してだいぶ上がって来ると、北側は川傍迄柳の木々が生い茂っている。そして此方側にはそう高くない何本かの松の木が有る。

 案の定、玉は立ち止まった。

「どうした玉ちゃん」

 其処は馬洗川が首の様に狭くなり流れが速くなっている。

 此の場所は下って来る時、玉の素振りと眼の色が違った処なのだ。強烈な第六感の働く玉の読みを与作はその時、感づいていたのだ。

「うん、此処か」

「ニャ〜ン」

 此の一鳴きに、鉄もラー助も反応したではないか。動物同志の霊感、第六感の相乗効果であろうか。

 今いる場所に二、三本の松の木がある。そう高くはない。その木の根元に鉄が駆け寄った。鼻を擦り付けながら前脚で引っ掻いている。そして玉はその木によじ登った。でも高くはなく与作の目の辺りくらいだ。

 一方、ラー助といえば狭い川向こうに飛んでいった。そして柳の木に止ったではないか。

「ウ〜ン、こっちと同じ高さじゃないか」

 与作は玉がしがみついている処に目をやった。其処には、何か細い紐を括りつけ木の皮が剥けた跡がある。  

 そして玉の口の周りには茶色の毛をつけている。

 鉄はというと、其処らをうろついて麻紐の切れ端を咥えてきた。

 ラー助も向こう岸から、ごそっと抜けた毛を喰えてきたではないか。

 此の場所に与作は佇み暫く思案をしていた。麻紐や毛を手にしながら、其処へ一緒に車座になり

「此れはどう云う事なら、さっぱり分からんで。ほんで此の茶色い毛は何の動物じゃ」

 鉄、玉、ラー助が頭を寄せ合いクンクンと臭いを嗅いでいる。

「ウ〜ン」

 すると突然、ラー助が頭をあげて叫んだ。

「キャッ、キャッ、キィ〜」

「オイッ、ラーちゃん、そりゃもしかして猿か」

 与作が身振り手振りで顔も猿真似をすると

「ホウジャ、ホイホイ、エッサッサ」

「何と云う奴じゃ」

「然し、何で此処で猿が出てくる」

 与作はじっくり思案を巡らせていた。此の山には野生の猿が仰山おるじゃろう。以前にも山中で、数匹の猿が柿の実がついた枝を担いで走っているのを目にした事がある。だが、なんぼう頭がええ云うても、麻紐を使う知恵はなかろうしな。然し、此処で誰が何に使うたのか見当も付かなかった。 

 其れに切れ端は刃物で切ったものだ。

「こりゃ、動物をなつけとるワシと一緒で、猿を飼い慣らしとる奴のした事で」

 与作は一瞬、閃いた。

「そういゃ、何時ぞやに馬洗川の広い河原で猿回し演芸一座の興行が有ったよな。ワシは見物したことはないが他の丁稚の話しを聞いた時、一本縄の綱渡りやら輪投げの芸を上手にやると喜んで云うとったな」

 与作はその場で麻紐を手に取ってみると、麻とシュロの赤い筋で綯(なっ)てあるではないか。

「こりゃ、そんじょ其処らの大工、左官や百姓の使うもんじゃないぞ、細くても引っ張り強ようて毛羽立っとるし、猿も滑り落ちにくいぞ。此れは一座専用の物に違いないど」

 と確信を持った。

 其処で与作は推理がてらラー助を向こう岸に飛びたたせた。

「ラーちゃん、もう一回見て来てくれるか」

 言う事が即ぐに分かる。

 木に縄をくくったへんを嘴(くちばし)で突いた。丁度、水平になる位置だ。

 なるほど、此れならいつもの綱渡りの芸の様に移動が出来る。後は舟が下を通過する時、輪投げの要領で刀の鍔に引っ掛け持ち上げるのはお手の物だ。外は真っ暗で船頭にも全く気付かれることも無かったのだ。  

 ただ猿には誰の太刀を取るなど目的はなく、たまたまお殿様の物を吊り上げただけの事であった。 

「オイッ、皆んなようやってくれたな。ほんまありがとうよ」

 この一声に、皆んなは意気揚々と嬉しそうに引き上げていった。


    備後尾道道中記


「上里様、今度ばかりは四、五日の猶予を頂けますか」

「オオゥ、なんぼでもええよ。旅にでも出るんか。して何方かのう」

「はい、吉舎から甲山へ抜け備後路辺りかと思います」

「そうか、そうか。すると忽ち路銀が要るのう。不自由のない様に出しとくからな。何せ、鉄もラー助も藩公認の忍者様じゃからな。玉も含めて日当を出しとくよ」

「えぇ、そりゃ又、凄い事で畏れ入ります」

「其れとじゃ、大事な通行手形は三次藩、代官所で作っとくから安心して行ってきてくれるか。まぁ犬、猫のは要らんじゃろうがのう。ハハハ」

「其れと、役人になりすます為の旅装束も揃えておくから」

「重ね重ね有り難う御座います」

 与作は次席より便宜を図ってもらい探索に精を出すことが出来、確実に成果を得ると希望を膨らませたのである。然し、実の処は他にも目的があった。

 それは生まれて初めての海を見る事だ。井の中の蛙大海を知らず、の世間知らずでは話しにならない。

 其れと、専正寺時代に和尚さんからよく聞かされていた、多く有る尾道の神社仏閣の事に興味が有り、是非共に見聞したかったのである。

 与作は鉄、玉、ラー助との旅支度を整える為、必要最低限の物を三次の町で購入した。そして奥屋の小屋へ一目散に駆け上がって行った。

 皆、明日からの長旅の目的が分かり高揚した気分なのであろう。

 幸い、この度の長旅には過分の路銀を頂戴している。皆んなにも、ひもじい思いをさせなくて過ごせるのだ。

「絶対に吉報を持って帰るぞ」


 早朝、薄暗いうちに出立する為に一家の昼、晩飯の弁当準備を整えた。皆んなは朝飯はそこそこに外に出て、とに角、興奮しまくっている。

「オイッ、まぁ落ち着けや。置いて行きゃせんから」

 其れから鉄の背中に荷物を括りつけると

「さぁ、海を見に行くぞ」

「?・・・」「ウミ、エイエイオー」

 往きは板木を通って世羅に抜け、今高野山を目指すことにした。板木川を遡ると鬼ヶ城がある。

 子供の頃におっちゃんとヤマメ釣りに度々出掛けた処だ。

 この道はさほど整備はされてはいなかった。だか世羅に抜ける山並みは中国山脈の赤名や頓原峠の比ではない。

 与作や一家にとっては、とんと苦にならない。何せ、いつも険しい山中で暮らしているのだからだ。

 世羅台地は、なだらかな山が続く。道は農道だが其れなりによい。道の両脇は田んぼで何処までも続く。

 小高い峠道に差し掛かった時、此処が分水嶺との表示された木柱がある。其処から遠景色を眺めると左右に流れる小さな小川というより溝が見える。

 瀬戸内海に流れる芦田川水系と日本海に流れていく江の川水系だ。

 間も無くして夕暮れとなりだした。人家も少なく、うら寂しい一本道を駆けて行く。

「ぼつぼつ、ラーちゃんよ、休んじゃらにゃいけんな」

 段々、上空を飛ばなくなったからだ。

 無論、此処らに宿屋などあるわけもない。農家所有の山小屋を一夜借りて野宿をすることにした。

 仮にあったとしても宿に泊まる事は出来ない。 

 元々、与作は多くの動物と暮らしており、お粗末な炭焼き小屋をねじろとしている。

「何処へ寝ようと、どうちゅう事はありゃへん。へへ、其れに宿賃を浮かせるからな」

 幸い辺りに民家は見当たらない。皆んなは小さな藁小屋の中で柳行李に詰めた弁当を広げると大喜びだ。あっという間に平らげてしまった。

「オイッ、皆んなゆっくり食えや。ワシのにもたかるつもりか」

 晩飯が終わると、稲藁の中で一緒に寝られると其れこそ大騒ぎだ。

「コリャ、あんまりギャァギャァ言うなや。外へ聞こえるでぇ、此処は他所の小屋だぞ」

 仲良くくっ付きあって一夜を明かした。とに角、全く違った動物同志だが親密で仲良し一家なのである。

 早朝、夜も開け切らぬうちから出立だ。とに角、皆んな寝覚めが早く叩き起こされるのだ。

「しゃない奴達だな。ゆんべの残り飯でも食うて行くぞ」

 小高い垰を越えると目の下先にかなり開けた盆地が有る。今高野山がある甲山だ。芦田川側を下ると其処は田んぼは綺麗に整備されている。右手には小高い山が有り龍華寺がみえる。

「此処は帰りにゆっくりお参りする事にしよう」

 下の門前町は参拝客が多いのであろう、かなりの賑わいの様子が伺えた。

 此処から尾道へ通ずる道は大田の庄から尾道港への農産物運搬や参拝客の為に其れなりに整備されており歩き易い。

 其れにしても忍者一家は健脚だ。行き交う旅人の足並みの倍は早い。鉄に引っ張られる様にあっという間に追い越して行く。

 千光寺山が見える処迄やって来た。この辺りからボツボツ人家が増えだした。心なしか潮の香りが漂って来る。

 すると南に有る二つの山陰げの谷間から、目の下先に瀬戸内の青い海が目に入りだした。

「オイッ!海が見えるぞ」

 与作にとっては生まれて初めて目にする海だ。天気が良くて遥か彼方迄見渡せる。此処から見ると地平線の方の海が盛り上がった様に見えるではないか。地球が丸い証拠であろう。其れに聞いた事がある弘法大師の生誕された四国の山々までもはっきり見通せるのだ。 

 与作は、暫くその場で懐の玉の頭を撫でながら

「玉ちゃんよ、今日、此処へこうして来させて貰うたのは、おまえさんの素晴らしい第六感のお陰じゃ、有り難うな」

 と感慨に浸っていた。

「よかったなぁ、皆んなもよくやってくれたよ。ほんま来た甲斐があったよ。なぁ、鉄ちゃん、玉ちゃん、ラーちゃん」

 と連呼した。然し、動物の目にはキョトンとしていて何の反応も感慨もありはしない。

「へへへ、興奮しとるのはワシだけか」

 そして千光寺山を北側から登って来て頂上に達し景色を見渡すと

「オォ〜、大きな川が有るでぇ、ワシらんとことは比べもんにならんな。何と見晴らしがええ処じゃ」

 これにはラー助が反応していきなり飛び立った。海を眼下に見ながら向かいの島へ悠々と飛んで行く。

「何とラーちゃんはええのう。ワシも羽が欲しいよ」

 与作の大きな声に、千光寺参道を掃除していた作務衣(さむえ)を着た寺の関係者らしき人が側に近づき

「お役人さん、あれは海ですよ。瀬戸内の尾道水道と云いましてね。何処から来なさった」

「此処から北の三次からじゃ。山ん中育ちでこれが生まれて初めて見る海で感激しとるで」

「私は毎日見とる光景で変わり映えしませんが、朝な夕なに感謝の念で手を合わせておりますよ」

「それはそれは」

「処で何故にお役人さんが尾道に」

「今は事情が有ってこういう身なりをしとります。ある探索の為、三次代官所のお手伝いで今日此処へ着いたところです」

「其れは遠路、お疲れ様です。然し、其れにしても凄い犬と道連れで、懐には何と可愛い猫さんで」

 初めての他所者の与作に色々と労いの言葉をかけてくれた。

「実は私、近年迄は浄土真宗のお寺の伴僧を勤めておりました。事情があって、今はそこを離れましたが仏様に仕える心はいつまでも変わりません」

「道理で。お姿を見た時に直感で分かりましたよ」

「有り難うございます」

「処で探索と言われましたが、宜しかったら何ぞお力添え出来る事は御座いませんか」

「其れは、其れは。では一つだけ教えて頂けませんか」

「聞くところに拠れば、各地を巡業する猿回し一座が尾道が拠点という事ですが住まいは何処でしようか」

「何とそれだけでええんで。ハハハ、近くも近く、此処より直ぐの真下ですよ」

「何とまぁ、えらく簡単で」

「奴が三次で悪さをしましたか」

「いやいや、本人は何もしておりません。ただ、興行先での香具師(やし)の元締の人となりを知り度く、協力を仰ぎに来たのです」

「よかった。見かけは悪に見えますが、あれでもって実に親孝行な奴なんですよ。其れに女房子供にも尽くしますしね」

「寝込んどる母親思いの優しさに溢れていますよ。其れに動物を飼っている人間は心優しいでしょう」

「貴方もきっとそうでしょう」

「有り難うございます。そうだ。褒められついでに、もう一つだけ面白いものをお見せしましょう。お時間はよろしいですか」

「どうぞ。いつ迄も」

「実はも一つ動物がいるんですよ」

「ええ、他にはいないじゃないですか」

 其処で与作は懐からカラス笛を取り出し一吹した。  

 すると、忽ち羽ばたく音がして頭上目掛けて黒いものが降りて来た。

「危ない!」

「ヨサクサン、ナニヨウジャ」

 と声を発しながら肩の上に止まったではないか。

「何じゃこりゃ!カラスが話しをしとる!」

「コンチワ、ラースケジャ」おもわずつられて

「こんにちは。ようこそ」

「ヨイヨイ、ヨイヨヨイノヨイ」 

「何と此れは!実に楽しい。然し、ほんま凄いですな」

「此れはある大殿様の口調を真似ているんですよ」

「ほんま頭がええですな」

「其れに事の目処が立ちましたら、こっから三次迄書状を届けさせるつもりです」

「そんな馬鹿な!」

「いや、ほんまですよ」

「ダイジヨビダ」

「・・・・凄い!」

「あなたは千光寺さんですよね」

「そうです」

「其れでは、お猿さんのとこへ行くのはまだ早いですので、お寺さんへお参りさせて頂いて宜しいでしょうか」

「どうぞ、どうぞ」

「本日は一日掛けて探索する予定にしておりましたものでしたから。早速にも千光寺様の御利益が御座いまして感謝致しております」

「其れは其れは有り難う御座います。何とか四方八方が円満に解決できる様に祈っております」

「ではご案内致しましょう」

「話しは違いますが、何とでかい岩が仰山有りますね」

「遠いご先祖様からの言い伝えで、此れ等は全て神仏として崇められ、尾道の皆様が大切にして敬っておられます」

「其れにしても不思議な事で」

「此の千光寺は大同元年弘法大師様が開基されたと云われております。此の大きな岩は玉の岩といわれ遠い昔から岩の頂に光を放つ玉が有り一帯を照らしたと云う伝説が御座います。その為、此の下の尾道水道は玉の浦と呼ばれております。当時は此処の地は人口も少なく全くの寒村でした。

 更に東に見えるあの山は浄土寺山と云って此処より更に古く聖徳太子様が創建したと伝えられる浄土寺が御座います。是非、帰りにお立ち寄りになられたら如何でしょうか」

「有り難う御座います」

 与作は案内され、本堂に有る千手観世音菩薩像を拝見し拝まさせて頂くと御礼のものを急遽、懐紙に包み御供えをした。

 丁寧にお礼を述べると、住まいを教えて貰った急傾斜な坂道を下って行った。

「オイッ、鉄ちゃん、玉ちゃん気をつけて下りぃよ。滑りこけるで。然し、ラーちゃんはええなあ、何んにも関係ありゃせん」

 辺りには巨岩がゴロゴロしている。尾道では此れが全て昔から巨岩信仰の神仏と崇められていた聞く。

 とに角、見晴らしが素晴らしいのだ。

 海辺に下だり半ばの時、鉄、玉が小さく鳴き出した。

「どした、何があるんじゃ」

 不思議に思いキョロキョロしながら歩いていると玉が駆け出した。そして鉄も続く。

 そして小さな建物のお粗末な玄関戸の前に佇んだ。

「オイッ、もしや此処では」

 表札や看板らしき物は何も無い。

「御免!誰かおるか」

 がたぴし戸をを引き開けた。

 すると、破れ障子戸の隙間から猿が覗いたではないか。

「キャッ、キャ、キャッー」

 更に奥からむさ苦しい男が顔を出して来た。

「オウッ、たまげた!何用で。何ちゅう大きな犬じゃ」

 与作の姿を見るなり

「もしや、お役人さんで」

「そうじゃ、今しがた尾道へ着いたとこじゃ」

「あっしに何用で」

「ワシは三次から出て来たんだが、聞きたい事があってな」

「大凡の察しはつきやす。此処ではなんですから、外で話しませんか。此処は狭いし病人が寝とりやすから」

「分かった。そうしょう、そうだ、猿も一緒に来んか。名は何んちゅうんじゃ」

「小太郎でやす」

「小太郎も一緒に来いや」と声を掛けるとキョトンとしている。

「大丈夫ですかね、犬猿の仲ちゅう言いますが」

「ハハハ、鉄はじゃな、人間も動物をも見る目は確かだぞ」

「そうですか。ほんなら母ちゃん、其処まで行って来るからな」

「気いつけてな。喧嘩さすなよ」

「あぁ、分かったよ」

 案の定、小太郎が男と出て来ると鉄は尻尾を振って近付いた。そして互いに並んで歩き出したではないか。動物同志、相通じあうものがあるのであろうか。

「どうした事じゃ。普段なら絶対にこんなこたぁせんぞ」

「そりゃな、お前さんらを信頼しとるという事じゃ」

「有りがとな鉄ちゃん」

「其れとな、あっしの名は弥太いいやすのでよろしく」

 先程、下りてきた路地を又、何段も有る階段を上に登っていく。大きな岩の直ぐ先に小さな広場がある。

「お役人さん、此処で話しをしまひょうか」

「何と景色のええとこで話しをさしてもらうのう」

 二人は座椅子の様な小岩の上に座り、暫く目の下の綺麗な海を眺めていた。

 すると小太郎が広場を走り回っている。何時も訓練がてらやっているのであろうか。其れを見た、鉄、玉も同様に追っかける様にやりだした。此れも奥屋でやる鬼ごっこ遊びのつもりなのである。何周も走って、そのうちくたびれた玉が鉄の背中に飛び乗った。

 すると小太郎も其れを真似て一緒に上がったではないか。其れを見ていた弥太は

「オイッ、やめとけ!鉄ちゃんが重たいじゃないか」

「ええで、鉄はこたえんよ」

 その様子を上空から見ていたラー助はどうにも仲に入りたくなったのか

「コタロ、コタロ」と叫んで下りて来た。

「ウン、カラスが来たで」

「アソボ、コタロ、ラーチャンアソボ」

「何じゃありゃ!」

 此れには弥太も腰を抜かす程たまげまくった。

「お役人さん、ありゃ皆一緒で」

「そうじゃ」

「凄いなんてぇもんじゃない!」

「あっしらの猿廻しの演技なんざ足元にも及びませんや。めちゃ凄い!」

「こんなのを見せられちゃ人間正直にならざるを得ませんや。何なりとお聞きやせぇ」

「オォ、本題を云うのを忘れるとこじゃった」

「実はな、此処におる玉がな、お主が三次で小太郎にさせた事を、先般、現場検証に連れてって全て見抜いてくれたのよ」

「そんな馬鹿な。何の証拠もないでしょう」

「三次の役人等は長い間、探索したが一切、何も分からずにとうとう迷宮入りさせてしてしもうた」

「其れならええじゃないですか」

「じゃから、お主の罪の事はもうええ」

「だったらをワシをどおしたいんで」

「其れはじゃな、この件でどうしてこうなったか経緯を教えて欲しいのよ」

「其れだけでわざわざ此処まで来たんで」

「そうじゃ」

「分かりやした。何もかも正直にお話し致しやす」

「そうか、すまんのう。何で関係もないお主が加担し利用されたんじゃ」

 其れから、弥太は海を見つめながら、何かを思い出す様にとつとつと語り始めた。

「あれは、三次での興行の千秋楽、打ち上げを関翠楼でやっとったんじゃ。どちらもご機嫌で楽しい慰労会じゃったよ。処が其処へ尼子国久公が突如来られてな。予約無しにじゃ。そしたら店は慌てて、てんやわんやの大騒動じゃ。急遽、座敷替えよ。元締は腹を立てとったが如何せん天下の大殿様じゃ。相手が相手じゃ。其れで渋々、変わりょうる時に外から

「三吉の殿さんを呼べ!」

 と言う声が聞こえてな、元締の顔色が急に変わったんじゃ。ほいでもってワシに耳打ちしてきて、今から即ぐに付き合えとな」

「ワシは弱い立場じゃ。三次での興行権を奴が握っとるからしゃないんじゃ。後は従わさせられたよ」

「大した事じゃない。猿の知恵を貸せと抜かしおる。ほんでもって即ぐに手を貸せ、給金は弾むとな」

「ワシには何が何やら訳くそ分からんかったが「うん」と返事をしたよ」

「そうした時に女将の声で「舟で城下までお迎えに上がります」という声が聞こえてな」

「其れで、宴会の席の途中で元締とワシだけ抜け出し、猿も連れて来い、ほいで綱渡り道具も用意せい

 とな」

「後はこっちが先回りして帰りの舟をあそこで待っていたのよ」

「其れで云われるままに段取りをつけて、刀を盗ませたんじゃ」

「そん時はな、あの場所で仕掛けをするのが大ごとじゃったんじゃ。何せ、向こう岸に綱を張る為に、ワシは寒いのに腰迄浸かって渡らせられたよ。今考えても胸くそ悪いわ」

「じゃが何の因縁、恨みがあったか知らんが直接危害を加える気持ちは無かったろうよ」

「其れであの仕掛けを嫌がらせの為に使ったのよ」

「そうか、そういう事じゃったか」

「其れは盗った事は悪い事じゃ。然し、ワシは人を傷つけたり、騙した訳では無いじゃろう。だいいち刀が無くなっても世間が何も騒いでおらんし、手配もされとらんぞ。ましてや雇われて猿がした事で、どれ程の罪になるんじゃ」

 開き直りとも取れる返答に、与作は呆れるやら感心するやら、何とも不可思議な猿まわし野郎に出会したものだ。

「其れにな、ワシに命令した元締な、今はこの世にゃおりゃせんぞ」

「何ぃ!どう云う事じゃ」

「事件後から間もなくして死んでしもうた。病死だったのよ」

「そうか。そうじゃったか」

「聞くところによると奴も気の毒な身の上じゃたらしいで。さる藩の城が取り潰されて幼少の頃から浪々の身となり、終いには香具師(やし)の元締になり帰って来たとの話しじゃったよ。まぁ其れ以上は詳しくは知らんがな」

「その後、盗んだ太刀はどうした」

「元締に渡したよ」

「舟が通過して暫くの後、元締はその場で太刀を見つめながら気付いたんじゃろう。其れは家紋じゃ。

 奪る刀は誰の物でもよかったんじゃが大当たりよ。小太郎がたまたま殿様の物を吊り上げたのよ」

「暫くは其処で嗚咽(おえつ)していたよ。其れで一寸、待っとれと言って茂みの中に入っていったんじゃ。静まりかえった暗闇の中で、わんわん大声で泣いていたよ。其れから一刻してから、ガンガンと大きな音が響いてきてな、小岩を投げつけ、刀を叩き折る必死な形相が見えたよ」

「後はスッキリ、サッパリした表情でワシに穴を掘って埋めてくれといってな、一緒にしたよ」

「そうか、そうか、よう言うてくれたな。有り難うよ」

「オイオイ、ワシをとっ捕まえに遠くからわざわざ此処まで来たんじゃないんかいな。処分は覚悟しとるよ」

「ほんま言うたらな、性悪るな殿さんじゃったらお主は主犯と一蓮托生で処刑もんで」

「そうじゃろうて」

「じゃがそんな事はしゃせんよ。ただ、さる御方の為に事情が知りたかっただけよ。後はワシが黙っとけば此の事件は迷宮入りのままじゃ」

「そんな事が本当に出来るんで」

「ああ、ほんまじゃ。何も罪人ばかりをつくるのが能じゃないよ」 

「然し、貴方と言う方は•••」

 後は声にならず両手をついて頭を下げた。涙が頬を伝って膝の上に溢れた。

「本当に感謝申し上げます」

 すると傍にいた小太郎が駆け付けて、並んで頭を地面に擦りつけるではないか。

「何とまぁ・・・・」

 動物達に嘘偽りの心は無い。真の姿に後は与作も言葉にならなかった。

 暫く沈黙の後

「処で何でワシと小太郎で仕出かした事がその場で見ていたかのように分かったんでしょうか」

「其れも昨今じゃのうて、何年も前にやらかした事ですよ」

「其れはな、最初に玉の第六感、そして後は鉄とラー助の活躍じゃ」

「お主らが仕掛けた、両岸に縄を張って小太郎に一本綱渡りをさせるが、正確には二本の縄じゃな、一本では小太郎の足場が安定せんからな。後は投げ輪の要領で太刀を吊り上げ持ち逃げした事、見事検証してくれたよ」

 与作は馬洗川での探索方法と結果を事細やかに説明をした。

「フゥーン、参りました。其処まで見抜かれていたとは、小太郎にはとてもじゃないがそんな猿知恵は働きません」 

「実はワシは本当の役人じゃないのよ」

「分かってますよ。初めから。役人の其れとは全く人間味が違っていましたから」

「ハハハ、ワシもお粗末な奴よのう」

「とんでもない。貴方は三次の物の怪様ですよ」

 弥太は暫く絶句しその場で嗚咽していた。そして

「こんなええ処の尾道とはお別れじゃのう。名残り惜しいが山奥へ帰らにゃならんでのう。でも一家にとってはあんなとこでも一番の天国なのよ」 

 広場で駆けまわって遊んでいた小太郎と忍者一家は折角仲良くなれたのに別れなければならない。寂しそうに鉄の尻尾を掴んで離さない。

「小太郎、又、今度三次へ行った時には会ってもらえるよ。今日はさよならしような」

「そうじゃ、その時は是非とも呼んでくれるか」

 鉄、玉、ラー助は名残り惜しそうに後を振り返り乍ら坂道を駆け上がっていく。

「オイ、皆んな、よう遠く迄付き合うてくれたな。有り難うよ」

「ナンノナンノ」

「ハハハ、ラーちゃんほんま分かっとるんかいな」

「ラーちゃんよ、一足先に三次に飛んで代官所の上里様に手紙を届けてくれんかのう。じゃが此処からじゃつたら遠すぎて方向が分からんから無理よのう」

「ダイジョビ、シンヨセ」

「ほんまかいな」

「ハネアル、ホウべ」

「ほうかほうか、褒美はなんぼでもやるぞ」

 与作は急遽その場で簡単に報告書を書き上げた。其れに今の時刻を書き加え小さくたたんでラー助の足に紐で括り付けた。

「よしゃ、今からひとっ飛びしてくれるか」

「マカセトケ、バイバイ」

 千光寺山のてっぺんから北へ飛んで行くのを皆んなで見送った。

「見てみぃ、ラーちゃん凄いど。ありゃ絶対に届けるぞ」


 一方、三次代官所では朝から上里様と代官がお白洲の横の部屋に詰めていた。退屈そうに何をするともなく暇を持て余していた。昨今は代官所を煩わせるほどの事件、揉め事も無かったのだ。

 今度、与作が尾道に出向いてくれた未解決事件にしても、前任者当時のもので解決にとんと身が入らないのだ。ましてや一旦は迷宮入りしている事案である。 

 然しながら、藩を挙げて解決に奔走した事で有り絶対に未解決に終わらせてはならない。

 そうした時、 

「ガリサマ、ガミガミ」と外で声がする。

「うん、ラーちゃんが来たぞ、何用かのう」

 次席が戸を開けると部屋に飛び込んできた。

「いらっしゃい。おやぁ、足に何か括り付けてあるぞ。何なら、もらうぞ」

 と言いながらいきなり奇声を発したではないか。

「代官様!、ちょ、一寸、此れを見て下さい。時間ですよ」

「何の事じゃ」

「今、ラーちゃんが尾道から飛んで帰ってきたんですよ」

「嘘じゃろうが。あんな遠くからで。ラーちゃんも行っとったんか」

 小さな紙切れに時間が書いてある。

「何じゃこりゃ!向こうを丁度、正午に飛び立ったとあるから一刻も掛かっとらんで。まだ未の刻になっとらんで。こりゃまた大嘘じゃろうが」

「ホウベ、ホウべ!」

「よしゃ、分かった、分かった。今やるぞ」

「凄い!ラーちゃん物凄いのう!」

「エッヘン」

「こりゃ、傑作じゃ!」

 

 代官は、事件当時はまだ次席でもなく、記憶が薄れる程の前の事件であったが、大凡の概要は知っていた。だが、与作が何で尾道迄わざわざ出向いたのかは全く分からない。

「上里、与作殿は為してあんな処迄行ったんじゃ」

「さあ、其れは私にも分からんのですよ」

「そうじゃろうのう。まぁ、詳細は帰って書状を提出すると有るから其れを楽しみに待っとろうや」

「其れにしても、お殿様が任じられた忍者一家は物凄い事をやるのう」

「仰せのとうりで」

 この迷宮入り事件の解決依頼については最初、有る程度次席の単独判断で、いわば代官所への事後承諾みたいなものであった。其れを代官に詫びた。

「何の、何の。なにせ、お殿様公認の忍者一家のする事じゃ。異議を差し挟む余地は一切なしじゃ」

「人間技では到底及びもつかぬ霊感、超能力を持つ一家に潜在能力を大いに発揮してもらわにやならんて。今後も大いに活躍を期待しとるよ」


 三次に向けて飛び立ったラー助を見送ると

「尾道へ来た甲斐が有ったな。こりゃ是非ともお寺さんにお参りしてお礼を言わにゃならんな。然し、其れにしても寺の数が多いな。とてもじゃないが皆、廻らりゃへんぞ。すまん事ですが絞らせて下さい」

 やはり与作は仏様に仕える身であり世の為に尽くしたいと何時までも思っている。信心深く宗派は関係ない。

 尾道の町は尾道水道に面しており、背後の急峻な岩山は昔から海の守り神として崇められていた。

 そして天然の良港に恵まれ、貿易船や百石船の寄港地として繁栄し、それに関わる多くの商人が財を成した。更に北の世羅台地には西の今高野山が有る大田の庄からの農産物積み出し、其れと大勢の参拝客の起点として賑わっていた。その為、其れに関わる多くの商人が数多くの神社仏閣を寄進建立したのである。

 与作は偽役人風情の身なりを解いた。

「鉄ちゃん、玉ちゃんよ、来る時は急ぎ旅じゃったが、事の解決の目処が着いたし、のんびり帰ろうか」

 与作は折角、尾道に来たんだから海辺におりて潮でも舐めてみるかと子供の様に駆けていく。 

 尾道水道は幅は狭いが長い砂浜が続く。鉄が走り玉も後を追う。だが玉は持久力がなく即ぐに息切れだ。

 止まると臭いを嗅ぎ出した。何と其処らじゅうに波に打ち上げられた小魚が転がっているのだ。走るどころではない。其れに、この浜では商売用の瀬戸内のいりこの材料の小魚や、でべらカレイの干物が処狭しと干してあるのだ。

 山奥住まいの与作にしてみれば初めて目にする光景だ。

 ラー助も嬉しいのであろう。三次の川でも目にするカワセミの如く、空から海中に頭から突っ込んでは飛び上がっていた。然し、三度目の時には羽に水が染み込み過ぎたのか、海上でバタバタしているではないか。

「テツチヤン!テツチヤン!」

 この声に鉄は気づいて走って行き飛び込んだ。後は羽を咥えて犬かきで泳ぎながら簡単に引き上げた。

「さすがじゃな、鉄ちゃん。なんと呼吸が合うことよ」 

 与作は此の瀬戸内の海産物を収獲するのを目の当たりにして、何とも羨ましい限りであった。川と違って魚の種類が多く、どれも美味しいからだ。こうした干物は、行商人が何日もかけて運んできてくれるが生物は日持ちも悪くそうはいかない。三次で食べれる海の生魚といえば、祭りや正月に食べれる唯一ワニであろうか。日本海で獲れるワニ鮫の事だ。他の鮮魚はまず不可能だ。

 海辺の通りには商店が多く並んでいる。

「オイッ、皆んな、初めて見る魚が仰山並んどるで。尾道名物のデベラの干物なんぞ生まれてこのかた食った事がないし、上里様もきっと喜ぶぞ。土産に買って帰ろう。鉄ちゃん、宜しくな」

 鉄を見つめると少々の荷物はマカセトケという顔をしている。

「そりゃええがいつ迄も遊んじゃおられんで、ボチボチ帰るとするか」

 与作は最後に此処より東に有る浄土寺に立ち寄りたいと思った。このお寺さんは弘法大師の千光寺さんよりも更に古く、飛鳥時代の聖徳太子が開創されたと有り由緒有る古刹なのだ。

 其処へお参りすると踵を北に向けてなだらかな坂を駆け上がっていく。左手には大きくて立派な西国寺が見える。道側の間近に仁王門が有る。其処には巨大な藁草履が奉納してあり、旅の安全をお守り下さる事に感謝しながら手を合わせ薄謝を奉納し尾道を後にした。

「また今夜も昨日の小屋へ泊まって帰るか。飯屋で味付けの薄い弁当を作って貰ろうて皆んなで食べような」

 其処からは急ぎ足で鉄に合わせて駆けていく。

 翌朝、陽が差し込む頃、鉄と玉の「ワンワン「ニャン、ニャン」と「カァ、カァ」と小さく鳴く合唱の声がするではないか。与作はそれに目が覚めた。

 何とラー助が迎えに来ていたのだ。

「ラーちゃん、もう来てくれたんか。早いのう。然し、なしてワシらがおる処が分かるんじゃ」

「へへへ」

「さぁ、一緒に朝飯を食べような」

「メシメシ、シヌシヌ」

「分かったよ。ご苦労さん!」

 然し、其れにしてもラー助は頭がいい。自分の事はカラスとは一切思っておらず、人間と勘違いする程の知能の高さだ。

 早々にも犬、猫、カラスの訓練所をお殿様から依頼されているが、特にラー助に於いては動物達の模範の教師役をしてもらわねばならないほど与作は期待していた。

 朝飯を終えると木小屋を離れて後は三次を目指して足早に駆けていく。結構広い盆地の中を芦田川が流れている。今朝は霧の海だ。左手山の上に龍華寺さんが有るのだがまるで見えない。

「オウッ、こりゃどうしょうもないな。ラーちゃんよ代わりにお参りして来てくれるか」

「アイヨ」

「ほんまかいな。でも頼むな」

 与作はお布施を懐紙に包みラー助の足に掴ませた。

 すると間違いなく霧の中を上に飛んで行く。

 此れを見ていた鉄がいきなり駆け出した。

「オイ、鉄ちゃんどぉするんなら!」

 だがお構いなしに参道を凄い速さで上がって行くではないか。

 龍華寺の境内は早朝の為、参拝客は誰もいない。お寺さんの方が二人掃き掃除をしていた。そんな処へ

「ヨサク、オフセ」という声がした。

「オイ、今の声は誰なら?」

「誰もおらんがなぁ」

「ありゃ、賽銭箱の上にカラスがおるで。もしや」

 するとジッとこちらを見つめているではないか。近寄ってみると爪に懐紙を握っている。

 其処へ息を弾ませながら大きな狼犬が階段を駆け上がり此方へ向かって来た。

 これには二人共度肝を抜かれた。だが逃げ場がない。

「オイッ、どうすりゃ!」

 そこへ「テツチャンマケェ」とラー助が叫んだ。

「ウワン」と一声鳴くと尻尾を振りまくっているではないか。

「この犬は何もせん。優しいぞ」

「其れにしても此の犬とカラスはなんなら」

 二人は手を差し伸べて頭を撫でてやると大喜びをしているではないか。

「ヨハラースケジャ」

「ははあ、ラーちゃんじゃな。ありがとうさん」懐紙の面に''三次の与作,,と書いてある。

「有り難う御座います」というと

「ヨイヨイサラバジャ」 

 狼犬とカラスは一気に立ち去った。

「然し、今のは何ならたまげた!たまげた!」 


    次席への報告


「遠くへの遠征ご苦労じゃったのう。してどうじゃった、まあゆっくり旅の土産話しでも聞かせて貰おうかのう」

「お陰さまで、私も命の洗濯をさせてもらえましたし、有り難う御座いました」

「何の何の」

「そりゃそうと上里様、香具師(やし)の元締の身の上を知っておられますか」

「いや、ワシは全く分からんよ。何せ、犯行は志和地時代に起きた事でな」

「その時分の事だったんですか」

「そうじゃ。犯科帳やら過去帳でも見てみんとな。奴等は、ワシが此処へ来てから、社会的に迷惑をかけとらんし、取り立てて悪さもしとらん様じゃ。其れなりにネジの引き締め役をしとるしのう。考え様では代官所の協力者かもしれんしな」

「処で、今は元締の代が変わってはいないですか」

「そういゃ確かに聞いた様な気がするな。資料を持ってこうか」

「その必要はないでしょう」

「為してじゃ。この件に関係しとるんじゃないのか」

「其れでは何で私が尾道に行ったかお話を致しましょう。

 与作は今回の遠出の遠征について報告書を交えて事細かに次席に伝えた。

  一、盗難に遭った馬洗川での全域探索

  二、香具師の元締の行動

  三、猿回しの犯行手助け

  四、元締の病死

  五、宝刀の永久埋没


「以上の事を箇条書きに記しております。後は御家老様とご相談の上、善処をお願い致します」

「分かった」

「其れから、私からたった一つお願いが御座います。宜しいでしょうか」

「ああ、何なりと要望が有れば」 

「有り難う御座います。其れはですね、犯行を手助けした猿回しの弥太の処分の事で御座います」

「其れの事で私は尾道迄出向きました。奴は忍者一家が炙り出したこの手口を素直に認め全てを白状してくれました。お陰で事件の全貌が見えたのです。付きましては、私は約束致しました。お前の犯した罪は

 一切、問わんと」

「主犯は病死しとるし、この元締の境涯の心情を察するに余りあると。其れにこの件に関しては、既に迷宮入りしとると伝えてやりました。何卒、宜しくお願いします」

「分かった。刀を取ったのが猿じゃしな。とんと関わりのないことよ、ハハハ」

「有り難う御座いました」

「しかし、全く凄い事をするなあ。鉄ちゃん、玉ちゃん、ラーちゃんよ。あんたらは偉い!その上の親分は更に凄い、まるで生きとる物の怪じゃ!


 やはり此の亊件も、廃城絡みの恨みが引き起こした一件で、戦国の世の時代、全国各地で往々にしてよく有った事である。

 然し、他愛(たわい)も無い結末であった。

 主犯の男は事件後から程なくして病死している。余命、いくばくもないのが分かっていて、この世で最期の一矢を報いる気持ちになっていたのではなかろうか。

 恨み骨髄の伝家の宝刀は永久に日の目を見る事はなかった。

 ー合掌ー    

 

 与作から細やかな報告を聞いた次席は、代官との打ち合わせで

「こりゃ、絶対にお殿様に報告してはならんのう。家老様の胸の内に、永久にしまって貰わにゃならん事だぞ。まぁ、幸いな事と言うちゃ語弊があるが近々、竹澤屋の世話で、備前長船兼光の名刀が手に入りそうじゃから一応は一安心じゃのう」

 結果的に、藩を挙げての大騒動の割には、全く拍子抜けする程の、迷宮入りの解決事件であった。

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