第26話 ダイナマイト
「ううぅあ~頭痛い」
和也は産まれて初めての飲酒、そしてそれが原因となる二日酔いに苦しんでいた。
フラフラと、アークライトの後に続く。
横に連れ添う愛歌も同じ様に、ただ和也よりもずっと苦しそうな顔をして歩いていた。
何せ未成年飲酒。
良い子は真似しちゃ駄目だぞ。
「……」
一言でも喋れば吐く。
揺れるように痛む頭を抱え、愛歌はひたすら無言で歩き続けた。
「……はぁ、陛下のお誘い故に咎めはせんが……まぁ、次回からは限度を知って酒を嗜むのだぞ」
「うぷ……はい」
「全く、急げカズヤ。陛下も魔物らも、皆お前待ちだ」
「はぁい……あの、どこ行くんだっけお爺ちゃん」
「虚ろな目でいると思ったら……全く、契約の儀式だろう。何の為に帝都まで来たと思っている」
そういやそうだった、と思い出す和也。
目的を完全に忘れ、昨日はちょっと羽目を外し過ぎてしまったとちょっぴり反省する。
「ドラゴンを倒したお爺ちゃんも凄いけど、ドラゴンを約束事? で縛れるそのアイテムも凄いよね」
「当たり前だ、勇者様が残した宝具の1つであるからな」
「あー、ん? あー、あ! 何か聞いたよそれ。お爺ちゃんとか、帝国十二勇士が持ってるやつ。じゃあ今はその人の所へ行ってるんだ」
「まあ、見ていろ」
3人は皇帝の屋敷を出て、城の方へと歩いて行った。
ビシッと決めた衛兵の人達が敬礼してくるのを、自分にしている訳でも無いのに照れながら進む。
「えへへ、お疲れ様」
「お前へでは無い」
「……」
昨日ぶりに城へと足を踏み入れた。
2回目、と言う事もあり以前に比べて緊張はしていない。
ただ、やはり慣れる事の出来る場所では無い。
緊張感よりも場違い感で居心地が悪くなる。
「今回は地下へ行く」
「はーい」
「……」
心無しか警備の厚い区域に入る。
何度も何度も階段を降りた。
徐々に通路が狭まり、気付けば3人、1列になって進んでいる。
10分後、かなり地下に潜り、ようやくそれらしい所に出る事が出来た。
「最近、地下にばかり縁がある気がする……」
「静かにしろ。失礼のない様に」
「え? あ、はい」
辿り着いた地下空間は、一言で言うならば窓の無い教会であった。
信者用の席等は無いが、大きな女神の石像に、女神像を讃える様に配置された多数のモニュメント。
1段上がり、神父でも立っていそうな台の前に1人の女性が佇んで一行を出迎えた。
腕には彼女より大きい、黄金の杖を抱えている。
「ようこそいらっしゃいました。アークライト・シーザー辺境伯様、シンドウカズヤ様、シンドウアイカ様。この度、僭越ながら契約の儀を執り行わさせて頂く、ルーリエと申します」
ルーリエ、と名乗った抜群のプロポーションを誇る金髪碧眼の女性は品良く頭を下げる。
アークライトが畏まって膝を着くので、和也と愛歌も慌ててそれに続いた。
「お、お辞め下さい辺境伯様、私はこの様な時でしか役に立てない、お飾りですので……」
「そのような事を……」
慌てて、頭を上げる様に懇願する女性。
「ええと……」
立ち振る舞いからして高貴な出の人なのは和也にも理解出来たが、皇帝にさえある程度の気安さを許された辺境伯が畏まる存在はパッと思い付かない。
「カズヤ、このお方は先程の紹介にあった通りルーリエ様。皇帝、エール・ヴィセア陛下の孫娘に当たる方だ。さっきも言ったが、くれぐれも、失礼の、無いように」
「やんごとねぇ! 」
まさかまさかの王族、いや皇帝だと皇族になるのだろうか。
詳しくは知らないが、とにかくビッグな方と言うのは理解出来た和也。
冷や汗が止まらない。
美しく、神聖な雰囲気を纏うルーリエ・ヴィセア皇女殿下は、確かに言われてみればエール皇帝の面影がある気がする。
皇帝が年老いて白髪で無ければ、きっと彼女の様に黄金色の美しい髪をしていたのだろう。
ただ、決定的な違いがあるとすれば瞳だ。
色彩こそ深い蒼と共通しているが、皇帝の様に全てを見通されている様な凄みがない。
困った様に笑う様子に裏は感じられず、純粋で無垢な印象を受けた。
全てを隠した上での印象であるなら皇帝以上の逸材なんだろうが、きっと違う。
このルーリエ皇女は普通に良い人だ。
「皇女殿下の手にしておられる杖、約定の杖は十二宝具の1つでもある。今回は宝具でも使わねば契約を行えぬと、わざわざ来てくださったのだ」
「そ、それはわざわざありがとうございます。うちの馬鹿共の為に……」
「私なんかで、お役に立てるのでしたら嬉しい限りで御座います」
やけに謙虚だ。
高貴な人特有の嫌味を伴った謙遜では無い、自己評価が低い人らしい。
「え、で、でもねぇ! ね! 宝具の使い手って事は、十二勇士の1人何でしょ! 若いのに凄いなー! ね! お爺ちゃん! 」
「うむ」
「そんな……私は辺境伯様や、他の方々と共に語られる様な者ではありません。この宝具も、隠居なさったお祖母様から譲り受けただけで……」
世間では勇者の十二宝具を受け継ぐ者を帝国十二勇士と呼んでいるが、皇女殿下自身はその名に相応しくないと、ひたすら拒み続けている。
「……」
「……」
「ん? ……あ! めっちゃ静かだから気付かなかったけど、鋭く睨む者も邪なる瞳の王もいるじゃん! 」
広間の隅っこ。
和也から充分に見える筈なのに、と言うか実際何度か視界に入っている筈なのに、今の今まで居る事に全く気が付かなかった。
ジト目で和也を睨む2体の魔物。
実は昨晩の大騒ぎをかなり反省している。
酒に酔い、場に流され、皇帝の意のままに話を運んでしまったのに気付いたのが今朝の事。
守るべき魔王、和也に悪い虫が寄り付くのを易々と容認してしまった。
和也の為にも、場をこじれさせないよう今は黙っておこうと示し合わせる。
このくらいしか出来ないと、せめてと静かにしていたのが真相であった。
「……ちっ」
「……ちっ」
とりあえず、和也が美女と話しているのが気に食わない。
「……と、とにかくね。儀式? やりましょう」
「は、はい。私なんかに出来るかどうか、不安ですが……」
思った以上に根が深い。
親族に偉人が居るという経験をした事が無い故に、和也にはここまでが限界だった。
むしろ、歴代で最高の縛り手として進藤家から褒められてきた和也は、彼女の対極にあったかもしれない。
それを誇りに思った事など1度も無いのだが、それでもだ。
「私は外で待っております。何かあればお呼びください」
「ありがとうございます辺境伯様……それでは、カズヤ様、あそこのお二人を連れて此方へ」
「はーい、ほら睨んでないでこっちおいで。チッチッチッ」
猫か犬の様に呼ばれ、不満を有りありと顔に浮かべながら2体がルーリエの傍に寄る。
和也も近付く。
「……ん、んん」
精一杯視線を逸らそうと努力した。
この世界で見た限り1番の巨乳であった、無理もない。
自然と吸い寄せられる視線を律し、平静を装う。
「……ちっ」
「……ちっ」
「ふー……で? ここからどうすれば良いんでしょうか」
「? はい、まず魔物のお二人と契約を、その対価にカズヤ様を繋ぎます。内容はこちらです」
ルーリエが取り出した紙には、事細かく契約の内容が記されている。
公的な文書にありがちな小難しい言い方を要約すれば。
鋭く睨む者は安全線より東にて人間を傷付けてはならない。
邪なる瞳の王は安全線より東にて人間を傷付けてはならない。
これを破れば、シンドウカズヤの命を天へと捧げる。
「……ちょっと内容変わってない? 」
「当初は東に来ちゃダメって内容でしたが、魔力を輸入する為に変えたそうです。何か問題がありましたら仰って下さい」
差し出された用紙を食い入る様に見詰め、一言一句しっかりと読む。
極々小さな文字で何か書かれてた、なんて洒落にならない。
愛歌は内容よりも、契約が書かれた紙に興味があるようだった。
「文句ある所か、逆に緩まってますよね。魔力を売れるなら万々歳ですし……はい! 問題無いです! 」
「かしこまりました。お二人は? 」
「ないぞ」
「無いよ」
「ありがとうございます。それでは此方へ、リラックスして、私に心を委ねて下さい」
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