第25話 皇帝エール・ヴィセア

「ふうむ、あれは何処へ仕舞ったかの」


「陛下」


「アークライト、お前も手伝わんか。北を訪問した際に貰ったアレじゃ、あれは何処へ仕舞ったか」


「それでしたら寝室の金庫に仕舞っております。そうではなく陛下、何故カズヤと夕餉を? 」


「夕餉では無く茶会じゃと言うておろう。まぁ、時間帯は夕餉と言っても良いか……」


屋根裏倉庫の窓から月を見上げた。

和也らと一旦別れてから30分程、いつの間にかすっかり日が暮れ、夜となっている。


偉くなるとこう言うのがいけない。


エール・ヴィセアはため息をついて、アークライトと寝室へ。

金庫から酒瓶を取り出し、和也らの待つ食堂へと歩き出した。


「どちらでも構いません。その真意をお聞きしたいのです……此処で殺すべきと判断致しましたか、それとも籠絡するおつもりですか」


「はぁ……アークライト……帝国十二勇士、その中で最も荒々しく、獣が人の真似でもしていると見間違うような粗雑者が、今では一丁前に策士気取りか」


「今朝も話しましたが陛下、昔の話で」


「昔なものか。アークライト、お前は今でも荒々しい獣であろう。地位に見合った体裁を整えようと必死になって、結果的に窮屈に押し込められたお前を見てはおれんぞ。いっそ野に離したら、面白そうではある」


「……お戯れを。陛下こそ昔のままで御座います」


まだまだ敵わない、皇帝陛下から差し出された人数分のグラスを持つ。

アークライトは諦めて付き従いつつも問答を諦めはしない。


「あの若者に何を見ましたか」


「あれは……きっと、可哀想な奴だ」


「……と、申しますと」


「お前の言う通り、英雄の相を持つのだろう。勇者と似たような同じ様な目をしておった。しかし、勇者とは全く違う点がある、何か分かるか? アークライト」


アークライトは視線を少し彷徨わせる。


邪気の無い無垢な人格、それ故に危うい価値観と人生観。


「カズヤには人生経験がありません」


勇者。


40年前帝国の旗印として戦い、魔王と共に散った大英雄。

歴史の表舞台に出てきてからの功績を纏めただけで分厚い本が何冊も出来上がる。

しかし、皇帝エール・ヴィセアに見出されるまでの経歴を知る者は少ない。

その数少ない者の一人であるアークライトは、カズヤと勇者とを重ね合わせ最も初めに出てきた言葉を口にする。


何度も頷くエール皇帝の様子を見るに、考えは一致していたらしい。


「うむ。生まれた時から備わっていた異能故の知識、そして限られた環境で辛うじて培った乏しい経験に基づき、半ば投げやりに重大な決定を下す。故に、周りから見れば気でも狂ったのかという言動をする……可哀想な奴よ、あのカズヤと言う者は……それでだ」


「それで? 」


「あの者に経験を積ませてやろうとな、幾つか細工をしてやろうと思うた」


「陛下……」


「くく、それでこの取っておきの茶を取り出したると言う訳よ。飲むと正直になる、燃えるような茶をな」


「はぁ」


公的な場とは打って変わった茶目っ気のあるエール皇帝、アークライトは呆れつつ後に続いた。









「この私や魔王を待たせるとはどう言う了見なのだその皇帝とか言う奴は私はもうプンプンだぞお腹が空いたぞ後何故魔王の隣の席では無いのだ殺すぞ」


「どうどう」


和也らが通されたのは大きな屋敷、そしてその中の食堂であった。


席順は空白の2席、和也、愛歌、邪なる瞳の王、鋭く睨む者。


城のすぐ後来たせいで地味に見えてしまうが、じっくり見れば家具や調度品の質の高さが伺える。

権威を示す城、謁見の間とはまた違う皇帝の趣味趣向を反映した別方面に贅沢な空間。


つまり、和也はまだまだ緊張しっぱなしである。


「ふっー、ふっー落ち着け落ち着け俺。皇帝陛下にお呼ばれされちゃったぜ……でも冷静になるんだぜ俺」


「はい、飴ちゃんですお兄様」


「ありふぁとう」


しかし、それにしては無防備だなと席に着く面々を眺める。


人類にとっては天敵であるはずの鋭く睨む者。

40年も閉じ込めていた邪なる瞳の王。


最早お馴染みとなった魔力を封じる鎖で拘束こそされているが、ある程度手は自由に動き食事が可能となっていた。


「和也、あの偏屈な皇帝に気に入られるなんてやるじゃないか。僕が戦時中、あらゆる手を尽くしても全く靡かなかったのにさ」


「籠絡しようとしたのか? 色仕掛けか? そのスレンダーだけど脱ぐと出る所出てるボディで誘惑したのか? 」


「な、んで僕の裸を想像出来る! 1度も見せてないぞ君には! 」


「服の上から余裕でさぁ……」


間に挟まれて交わされるセクハラ発言。

冷たい目で見る愛歌。


「くっ気持ち悪いな君……とにかく、油断はするなよ和也。アレをただの老人と思わない事だ、幾ら好意的に接してきてもね。アレは魔物を退け人類を支配した覇王だぞ」


「分かってる分かってる。俺だって一応魔王って呼ばれてるんだよ? 人類の領域で、隙を見せ過ぎるなんて事は絶対ねぇよ、安心してくれ」





「わははは! そうなんです! 俺ってば産まれてからつい1ヶ月ちょっと前まで、家から出して貰えた事無くて! 」


「そうかいそうかい。それは大変だったのお、ほれグラスが空になっておるぞ」


「あひぁ……すいませんすいません」


和也はアホかと言う程酔っ払っていた!


エール皇帝の持ってきた物はお茶等では無く、隠しようのない明ら様なお酒! アルコールであった!


いやいや異世界、ワンチャンこう言うお茶も? と1口飲んだのが運の尽き。

口解けまろやか、甘く、後味スッキリな強い酒にノックアウト。


何せ和也、人生初飲酒である。


悪感情が禍神、紅禍獣命を表出させるトリガーになるかもしれないという事から縛り手は代々飲酒してこなかったのだが、そんなの関係ねぇ! とグビグビ飲む和也、勧める皇帝、冷や汗掻くアークライト。

面白くなって囃し立てる魔物ズ。


愛歌は1口呑んで潰れた。

お子様はジュースで我慢しなきゃね!


「ええっとぉ、何処まで話しましたっけ? 」


「1度も外に出ておらんから、恋人なぞ出来た事が無い。そういう話であったかの」


和也はグイッと酒を煽り、赤ら顔で大声を出した。


「そうなんです! 俺だってねぇ、人並みの甘酸っぱい思いとかしたかった訳ですよぉ」


「ふむふむ、お主の年頃でそれは難儀であったろうな」


エール皇帝は聞き上手で話し上手だ。


当初警戒していた和也の緊張を解し。

楽しい物好きで和也の事が気になって仕方ない鋭く睨む者に、和也の情報という餌を与える。

和也の外付け安全装置である愛歌は真っ先に酒で潰した。


「どうじゃろう、1つ儂が仲人でも務めてやろうか」


「えぇ! 女の子を紹介してくれるって事ですかぁ!? 」


エール皇帝は聞き上手で話し上手だ。


人類を支配出来る程に。


「気立ての良い娘なのだが、良縁に恵まれ無くての。歳は今年で20、お主とそう変わらぬであろ? 」


「う、うーん。めっちゃ良い話なんですけど、俺なんかが上手く仲良くなれるかなぁ」


「そんな物、当たって砕けろと言う奴ではないか。深く考えず、帝国との橋渡しという外交手段と扱っても良い」


「うーん……うん! じゃあお言葉に甘えちゃおっかな! 」


和也はエール皇帝と固い握手を交わす。


悪魔王、邪なる瞳の王でさえ様々な魔術的妨害に阻まれ全てを見抜けない。

深い深い思慮を抱いた皇帝は、魔王との大きな繋がりを手に入れる。




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