第15話 大惨事


「……なんか言ったか? 」


「んーん」


「……そか」


「うん」


砦の動乱から少し。

未だ後始末に追われている他部隊の面々を尻目に、エルヴィンとドロシーは万年門番として今日も務めを果たしていた。


なんの追求も無いあたり、2人が脅されて魔物を引き入れる手伝いをしたのは誰も知らない様だ。


「……聞いたか、侵入者死んだらしいな」


「らしいね……当然だよ。辺境伯様がいるんだよ」


言葉を先に投げたエルヴィンも、当然だと応えたドロシーも、一様に何か引っかかるような曖昧な表情をしていた。


「俺らの、せいかな」


「……そんな訳ないよ」


ほんの少ししか会話をしていない、しかも自分達を脅した魔物の首魁の事が何故か心配で堪らなかった。

彼が同じ人間だからだろうか、それとも不思議な魅力が彼にあったからなのか、2人には分からない。


答えを出す事は出来ない、ただ漠然と嫌な空気が胸の中に充満している。


「はぁ……ん? なぁ、やっぱり何か言ってるか? 」


「ううん。でも確かに何か聞こえる、気がする。何だろ、厳戒態勢で騒ぐ事なんて無いはずなのに」


2人は定位置の裏門の前でキョロキョロと辺りを見渡し、耳を凝らす。

もしかしたらまた魔物が来たのかもしれないと警戒するも、聞こえてくるのは何故か人らしい声だった。

理解は出来ない、別の言語を話しているようで、しかし何となく意味は理解出来る。


「……嫌な声だな」


「うん、苦しそう」


規律違反を犯して懲罰を受けている隊員でさえこんな声は出さない。

苦しみ、痛み、怯え、恨む、妬む。

地の底から這い出でるような、寒気のする何かの声。


「な、なあこれ。不味いんじゃないか! なんか変だ! ……ドロシー!? 」


倒れかかってきたドロシーを、槍を放り投げてエルヴィンが支える。

血の気が引いて息が荒い、目を開けているのに悪夢を見ているようにブツブツとうわ言を繰り返す。


「おい! ドロシー! どうした……! ええい、この……! 癒えよ、ヒール! 」


和也の出す光とはまた違う光が、エルヴィンから溢れてドロシーを覆った。


魔法は当然の技術だが、使い手は限られてくる。

実はエルヴィン、危険な任務に就かされるのが嫌で魔法が使える事を黙っていた魔法使いであった。


脱法魔法使い、語呂が悪くて仕方ない。


砦で魔法、しかも使い手の更に少ない回復系。

魔法なんて使えば直ぐに目を付けられ危険な任務に割り当てられる。

最悪の場合故郷に返して貰えない場合もある。


そんな決死の覚悟の回復系魔法を、いくら使ってもドロシーの顔色は良くならない。


「なんで……何が」


砦の中が騒がしい。

異常に気付いた兵士の1人、エルヴィンらの先輩が裏門を開いて飛び出てきた。


「はぁ! はぁ! あ、おいエルヴィン! 無事だったか! 直ぐに辺境伯の所に行くぞ、変なのが地下から溢れてきてる、こりゃやばいぞ」


「先輩! 変なのって!? というかドロシーが」


「中の奴ら、みんなそんな有様だ! あ、いや……俺含め、何人か大丈夫なのもいたが……とにかく殆ど呑まれた」


確か、この先輩も魔法が使えて偵察隊に配属されていた。


「魔法が使える者は無事……? 」


「おい! 何やってる! さっさと行くぞ! そいつも担いでやるから! 」


「は、はい! 」


一体何が起こっているのだろう、そんな疑問に向き合う時間すら与えられず、エルヴィンらは砦から逃げ出していく。










暫く後。


「あ……死んだかー」


減った形跡と、増えて元に戻った形跡のある残機を確認してはぁ、と溜息をつく。


「うぉ! なんじゃこりゃ、鎖でぐるぐるじゃん……肉が挟まって痛い……ミチミチ」


死んだはずの進藤和也が目を覚まし、マニアックな束縛に目を白黒とさせていた。


「完全無防備な時に死んだから、時間かかったな」


縛られていては何も出来ない、そもそもちょっと動くだけで擦れて挟まって痛くって仕方ない。


身体から無尽蔵に溢れる黒いモヤを手の形に整形し、鎖を引きちぎった


ボロボロと崩れた鎖を払い、同じ様に鉄格子も崩すと薄暗い廊下に出る。


「腐敗臭的に、まだ1日経ってないかな? 臭い付かなくて良かった良かった」


「止まれぇ! そこから1歩でも動くと殺す! 」


廊下をテクテク歩き、幾つ目かの角を曲がった所で何人かの人間に出会うことが出来た。

殺気立ち、ピリピリとした様子で槍を構えて和也を通さないつもりらしい。


廊下は狭く、兵士が3人ほど並んで槍を突き出してとうせんぼすれば動きを完全に封じ込める事が出来る。

相手が常識の範疇であるなら、の話だが。


「殺すとか俺に言うなよ、軽々しく言ってないのは分かるけどさ」


1歩前へ出る。


「動くなと言っているだろう! 人間の姿をしているが正体はわかっている、この魔物め! 殺してくれる! 」


「……」


更に前へ出て槍の先端を掴んだ。

真っ赤な血が持ち手を伝う。


「この! 貴様ァ! 」


「えい」


巫山戯た演技をする役者のように、兵士らがその場に倒れ込んだ。

カランカランと槍が転がり、間の抜けた沈黙が流れる。


「ごめんね。今、死んだばっかりだから傾いてるんだ。価値観が人間に戻るまで、ちょっと逃げててね」


「……っ! 魔法使いは詠唱に入れ! 前衛は距離を取って牽制! 急げ! 」


まだ居たんだ。


和也が困ったように兵士らを見てまた進む。


また、兵士らが倒れた。


和也の行く道を阻む兵士らは抵抗をする事も出来ず、何かによって死んでいく。


怪我をした訳でも、毒を盛られて訳でも、勿論持病や寿命でも無い。

ただ、死ぬ。

その結果だけを押し付けられて、皆静かになった。


「どうしようこれ、止まんないな」


ポケットから最後の飴を取り出して噛み砕く。


「ありゃ……最後か、無いと困るんだよな……まぁここまで来ると飴でも治らないか」


和也の居た世界、和也のいた国には八百万の神。

八百万柱もの神様がいる、多いね。


人間と同じ様に、時には人間より多様性のある神々を大きく2つに分けるならば、人間に与する人間にとっての善の神、与さないもしくは興味の無い人間にとっての悪の神。


人間にとっての悪の神は大体半分、そこから更に力の強弱で分ける。

人間に悪戯する程度しか出来ない神から、国を揺るがす滅ぼしかねない神。


強い悪の神は全体の大体100分の1。

それでも8万もいる、いや多過ぎるって。


そこから更に選別する。


川を氾濫させたり、地揺れを起こして結果的に人を殺す神と。

呪いをかけたり、病を与えたり、寿命を奪ったり、殺す為の力を持つ神。


強い力を持った、殺す為の力を持つ悪い神。

そこでようやく10000分の1。


いやいやそれでもあと800柱。


既に大きな事件を起こして人類の敵認定されて鎮めるための手順が確立されてたり、何だかんだ人と折り合いを付けて丸くなった神を抜いていって……


そこで、よーやく厳選が終わる。


八百万の神ランキング堂々たるワースト1位、激選激ヤバスーパー呪詛神。


ドマイナー所か秘匿されて記録すら無い神。


ソレが、剣と魔法の世界に現れた。


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