第16話 進藤愛歌

初めまして。

進藤和也の妹、進藤愛歌と申します。


唐突な自分語りはキモイ?

まあまぁそう仰らず。


家族構成はお兄様の進藤和也と、父であり祖父でもある進藤弦一郎様、母は首を吊って死にました。

他の家族もとある事情で皆居ません。


学校には通っていませんが、卒業の資格は取りました。

お兄様も学校には通っていませんが、高卒認定も中卒認定も小卒認定もありません。

それどころか戸籍が無いです、ナイナイマンです。


我が進藤家の稼業は少し特殊で、国からの依頼でお金を稼いでいるので一応公務員という事に……なります多分。


お仕事の内容はお祈りです。


機嫌を損ねてしまうと辺りに災厄を撒き散らす神様にお祈りし、機嫌を取り、鎮め、野に放たれないよう監視しつつ憑かれ継承していくお仕事です。

機嫌を損ねてしまうと沢山人が死にます。

実際、私の目の前で大人達が沢山死にました。

スイッチを切られたおもちゃみたいに倒れる様に、現実感が一切無かったのは不幸中の幸いです。


そもそも、こんなおかしな状況になってしまった原因は遡る事100年前、第三次世界大戦、アホかってくらい日本の戦況が悪かった頃の事です


過去の失敗もなんのその、侍魂だヤマトスピリッツだと息巻いた日本が電撃クーデターを期に軍国化を推し進め、単身世界へと戦争を挑む無謀なチャレンジ精神を発揮してしまいこの戦争が巻き起こりました。


裏事情を知る者、進藤家の御先祖達からすればまぁ調子に乗るのも仕方ないよね、と言うくらい勝算があったそうです。


八百万の神の一柱、呪詛神、紅禍獣命がサムライ達を狂わせました。


この禍神を鎮める役目を負っていた当時の進藤家当主進藤康誠は、あろう事か禍神を兵器として使う事を売り込みます。

当時、ただのテロリスト予備軍でしかなかった後の総理大臣と共に禍神を兵器としたクーデターを実行、見事政府を転覆させちゃいました。


このクーデターの死者数は5万人。

テロリスト側に死者は1人もいません。

皆、自衛隊(当時は日本の防衛戦力をこう呼んでいました)の方々や政府官僚の方々です。


この圧倒的な結果に気を良くしたテロリスト改め、総理大臣改め、日本国王は先述した通り戦争を開始します。


かのアインシュタインは第三次世界大戦にどんな兵器が使われるか予想もつかない、と言ったそうですがまさか神様で戦うとは思ってもいなかったでしょう。

平安時代じゃないんですから。


まぁ、結果は散々たる物でして。


結論から言うと日本は負けました。


進藤康誠が紅禍獣命の御機嫌を損ねたのです、この大癇癪に当時の日本の人口は3割ほど削られたとか。


紅禍獣命は人間に災厄を撒き散らすのを生き甲斐としていて、当初上手い具合に進藤家に乗せられて暴れ回っていたのですが、利用された事に気付いてしまいました。

バレた経緯も神話の様に間抜けで、お酒と勝利に酔った所でベラベラと言う必要も無い事まで喋ってしまったのです。

これは敵国のスパイによる策略だとも、進藤家の仲間割れだとも諸説ありますが定かではありません。


とりあえずそんなこんな、国家転覆からの開戦、敗戦、アホみたいな歴史を経て日本はまたようやく平和となりました。

紅禍獣命の管理はより厳格に行われる事となり、進藤家は国の管理下に置かれます。


まず紅禍獣命_の鎮護に関する手順が大幅に見直されました。

第三次世界大戦以前は社にて祀り捧げ物や祈りなどを以て鎮めていたのですが、進藤家から霊的素質の強い者を1名を選出しその者の魂に呪詛神を縛り付け、封じ込める方法を編み出しました。


この方法の利点は、何より紅禍獣命御本人? が乗り気だった事です。


きっと、寂しかったんでしょう。


人身御供として紅禍獣命と同化した進藤家の者は、縛り手、と呼ばれ屋敷から1歩も出る事を許されず常に監視の目が光る生活を送る事となります、死ぬまで。


お兄様、進藤和也はその縛り手でした。


代を重ねるにつれ霊的資質が衰えていくのを危惧した祖父兼父は、比較的素質のあった自分の娘と子を成し、私とお兄様を産ませました。

倫理を割と無視した行為は頻繁とは言わないまでも、まま行われてきた事らしく、その涙ぐましい努力が実りお兄様は素晴らしい素質を持って産まれてきました。

私はさっぱりでしたが。


お兄様は5歳の誕生日に先代の縛り手から紅禍獣命を継承され、縛り手となりました。


私は縛り手となる事はありませんでしたがお兄様の予備として屋敷からは出してもらず、ずっとお兄様の中の神を外から鎮める修行を続けてきました。


お兄様は霊的資質に反比例し他の素質がさっぱりです、割り算も怪しいです。

いや……日によっては掛け算も。


なので、私がお兄様に勉強を教えたり紅禍獣命の機嫌が悪い時は鎮めたりとずっとずっと一緒に暮らしてきました。


お兄様はアニメや漫画の類がとても好きで、家の者に強請り暇があればそれらを楽しんでいました。

そんな兄がある日、最新刊らしい漫画を読みながら私に語ってくれた事を今でも良く覚えています。


「この主人公さー、囚われの身なんだって。でもひょんな事から妹とそこを抜け出して、外の世界でハチャメチャしていくんだけど」


「はぁ……はぁ……! 」


「ヒロインが20人もいるだよこれ、やばくない? 素直になれない妹に、血の繋がってない妹に、実は妹と言う事を隠している妹に……」


「ちょっと……今、お鎮めの舞……! してるんで! 静かに! というか漫画読まないで下さい! 」


「暇だもん」


「こちとらぁ! はぁ!はぁ! 1時間半も! 舞っぱなしなんです! けどぉ!? 」


思い出したらムカついてきましたが、お兄様はいつもこんな感じだったのでもう慣れました。


兄はこの後、漫画を読み進めながら聞こえるか聞こえないか、小さな声で独り言を言うのです。


「……いいなぁ」


はい、とても羨ましいです。

その主人公も、一緒になって逃げ出せた妹も。


私達にそれは許されません。


でも、もし叶うなら。

運命の悪戯で、奇跡が起こるなら、そんな冒険がしてみたいですね。

お兄様。










「ぬぅ! 急いで下さい! うっ! 早く! アレはどんどん広がります! ぐ! 」


「喋ると舌を噛みますよぉー!! 流石にまだかかります! 」


巫女、進藤和也の妹、進藤愛歌が春の息吹の背に半ば強引に乗って野を駆ける。

途中までは渋りに渋っていた春の息吹もスピードが乗ってくると気分が乗り、今やゴブリンやオークらを大きく引き離して誰よりも先を走っていた。


少し先に見える石造りの砦。

普段は多くの兵士が詰め、魔物に対する絶対の防衛線を敷いている砦でからは煙の様な触手の様な黒いモヤが渦巻いて立ち上り、雲の下でとぐろを巻いていた。


徐々にではあるが立ち上っていくモヤが増え、雲の下のどす黒い領域が増えていく。

時折獲物を探すような動きでモヤの切れ端が蠢き、また渦の中に戻る。


「お兄様……! 今! 助けにいきます! 」

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