第14話 出た
「辺境伯様、魔物牢の点検は完了致しました。鍵が開けられそうになっていた所以外、特に何も」
「そうか……」
魔物達による攻撃を退けてから1日。
アークライト・シーザー辺境伯は地下牢にて、部下の報告を聞いていた。
ようやく一息付けるというのに、アークライトの表情は苦い。
「……その者は? 」
「先日、地下牢まで侵入してきたゴブリンと共に居た人間だ。見ようによってはゴブリンを従えているようにも見えた、それに」
「……それに? 」
「この者は魔王と呼ばれていた」
シーザーの視線に釣られ、警備隊の部下もそちらを見る。
人間用、特に魔力の強い人間の為の牢に死体が繋がれていた。
壁や天井から伸びた何十本もの淡く光る鎖に繋がれ、宙に浮いている。
全身は鎖に覆われており、唯一見える顔も死体らしく土気色で生気という物がなかった。
「魔王……しかし、死体です。それに本物という確証もありません」
「ああ、魔物が次に担ぎ上げた2代目だとしても、殺してしまえばそれでお終いだ」
確かに強い魔力を感じたが、魔王と相対した時と違いこの人間は戦い慣れてはいないようだった。
ただの一般人、のはずだ。
「まだ何かあるかもしれん、暫くは厳戒態勢。怪我をし動けない者や死んだ者のリストを作り、他の砦から人手を出して補強する」
「はっ」
走っていく部下を見送り、また牢に視線を移す。
「……魔王? 」
問を投げかける。
「違う……お前は誰、いや……」
「何だ」
縛られた男は何も答えない。
警備隊司令、アークライト・シーザー辺境伯を除き戦勝ムード漂う人類側から一転、魔物達は陰鬱とした空気を隠せないでいた。
ゴブリンやオークの死者は居なかったものの、負傷した者は多い。
魔王が治せるからとたかを括っていた無茶がここに来て響いた。
もう治せる魔王はいない。
ドラゴンは捕えられたまま、魔王は死んだ。
そもそも、前提からしてかけ違いがあった。
魔王が戦えない、という事を皆知らなかったのだ。
十二勇士が居たとしても40年前のように一騎当千の活躍をしてくれると思っていた。
魔王、和也自身自信満々で砦に侵入したのも手伝い護衛は最低限。
緑の刃もいざとなれば魔王が自分で戦うと思っていた。
しかし、違った。
魔王は戦えず、十二勇士に殺され死体もあちらにある。
「どう、するブヒ」
「……」
ゴブリンもオークも、別働隊として待機していたケンタウロスらも何も言わない。
嫌な沈黙が村に流れていた。
「……こうなれば、せめて陛下のご遺体だけでも」
「ブヒ……ん? 」
マナの揺らぎを感じ取った。
確か魔王が現れた時も、似たような揺らぎがあった。
ヴゥン。
マナが、大気が揺れる。
「緑の! ち、近いブヒよ」
「静かに……こちらだ」
マナの揺らぎが感覚だけでなく、耳でも感じられる。
視界までもが揺れ始めた。
ここまで大きな波動はそうある物では、無い。
ピッ……
突然揺らぎの中心、空中に黒い線が1本現れた。
ギィ……ギギ……
罅割れるようにして線が広がり、小さな穴となった。
その真っ暗な穴から何者かの手が伸び、縁を掴み。
肘をつっかえにして更に身を乗り出す。
人間だ。
人間が謎の黒い空間から這い出でようとしている。
「う~ん……うぐぐぐ……あっ」
頭、肩、腰と出て、最後は勢い良くすり抜け
て頭から地面に激突する。
黒い穴が閉じ、元の風景に戻って行った。
余りにも唐突で、間抜けな光景に魔物らはポカンと見守るしか出来ない。
出てきたのは女の子、歳は13、14歳くらいで体付きに比べまだ幼い顔立ちをしている。
魔王、和也と似た黒い瞳は、同じく黒い髪に覆われ殆ど見えない。
所謂メカくれ系女子であった。
目悪くならない? 大丈夫?
服は紅白のゆったりとした和装。
この世界では和也しか知りえないが、巫女の装いをした少女だった。
「つぅ~……あ」
「ブヒ」
「グギ……」
「ヒヒッン」
巫女と魔物らの視線が交差する。
困惑の表情が巫女に浮かぶが、恐怖は無いようだ。
「あー、えっと……この辺りに、人を探しに来たのですが……あ、言葉通じます? 」
通訳として春の息吹が進み出た。
魔王の事もありかなり元気が無い、魔物基準では、だが。
「こんにちは!!! 私が通訳させて頂き、まぁす! 」
「ひっ……は、はい……良かった通じる言葉が有るんですね。上手くいって良かった」
「はい! 人類の言語でしたらぁ! 」
「は、はい。えっとお兄様を、進藤和也と言う方を探しています。歳は22、中肉中背でテンションがちょっとアレな方なんで印象に残りやすいと思うんですが。あ、私と同じ黒い髪と目をしています」
「なんと!!! 兄をお探しでしたか!! しかしここは人間の来る場所ではありません!! あ、1人だけ!! 魔王様でしたら! 」
巫女は可愛らしく困った顔をしてうーんと唸る。
「ま、魔王……? ええとその方の名は」
「む! そう言えば名は……ん、緑の刃殿? ふむふむ! なるほど! お嬢さん! 魔王様はカズヤと言うらしいです! お揃いでしたね! 」
「その人ぉ! その人です! その人がお兄様なんです! 今どちらにおられますか! 」
巫女がパッと顔を輝かせて春の息吹を問い詰める。
対照的に春の息吹はズン、と沈んだ声色で答えた。
「魔王様は……! う、ぐす! ひっぐ!! 魔王様はぁ! うっっっぅ!! お亡くなりに、ううう!! 」
「……は? え? 」
花が咲く様に明るかった巫女の顔がどんどん青ざめていく。
歯がカチカチと鳴り、冷や汗が何粒も頬を伝った。
「い、いつですか」
「昨夜で! あります! うっぐぅ!!!!ううう!!! 」
巫女はばっ! と空を見た。
太陽が東の地平より顔を出してから数時間が経っている。
「は、早くそのお兄様が死んだ場所まで連れて行って下さい! 死体もまだそこにあるんですよね!! 」
「お、落ち着かれよ! 魔王様の妹? 殿! 気持ちは分かりますがそこは敵の警備も厚いのです! お兄様を想われる気持ちは痛ぁい! 程よく分かりますが! 」
「違いますバカ! 」
「ば、馬鹿!? 鹿要素は無いですよ私!!! 」
巫女があーもう! と頭を掻き毟りながらその場にへたり込む。
この世の終わりだ、絶望だと子供のように泣きながら春の息吹に訴えかける。
「私が心配してるのは貴方達や、そのお兄様を殺してしまった者達です! 大変な事になりますよ! 」
緑の刃も鉄の猪も、何とか錯乱する巫女を宥めようと言葉をなげる。
「ブヒ、ブヒ」
「オウ、シンダ、デモカナシムダケデハ、マエ、ススメナイ」
「そうです! 今緑の刃殿が良いことを言いました! 前を向いて行きましょう! 」
寄って集る魔物達を押し退け、巫女が更に吠える。
「あーもうー! 違ーう! 貴方達、お兄様を何だと思ってるんですか! 魔王だか何だか言ってるから理解してたと思いましたが何も分かってない! あれは…………あぁ」
何かを見た巫女は言葉を失い、先程までの騒がしさが嘘のように静かになる。
その場にへたり込んだ。
大切な何かを奪われ壊されたような、絶望的な声だけが漏れる。
「遅かった」
巫女に釣られ、魔物らも視線の先を見る。
村から見て東の空に、大きな大きな黒い何かが這いずり回っていた。
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