第9話 苛烈なる女の戦い


「ブルッヒヒヒーン!!ヒヒーン!! ヒーエッエッヒーン!!!! 」


「グルルルウウオォォ! 」


うるさ。


人間の顔で馬の言葉を話されるとギャップに付いていけなくなる。

如何にも族長、と言った風の老いたケンタウロスが跪きながら何かを言ってくるのだが、何せ馬の鳴き声なので何が何だか分からない。


魔物の言葉で話す鋭く睨む者なんて、もう音響兵器と化している。

鼓膜が破れるかと言う程空気を揺らされるので、和也は半分泣きながら事の推移を見守った。


「魔王今お前の言葉を話せる奴を選んでいるから少し待て待てるか? 待てないならその間私の首元を撫でる権利をくれてやろう存分に撫でると良い逆向きの鱗があるだろうそれを触るとめっちゃ痛いから触ると怒るぞ」


「よーしよしよしよしよしよしよし」


「ゴロゴロゴロゴロ」


鋭く睨む者の首元を撫でてやっていると、跪いたケンタウロスの内一頭が立ち上がり、和也の前に進み出る。


和也の前に跪き直したケンタウロスはとても美しかった。

あくまで上半身は、だが。


しかし何だかこう見ると、馬の部分も綺麗に見えてくる。

毛並みと言うか、スラリと伸びた競走馬とはまた違うゴツゴツした逞しい脚は、馬基準だと多分凄く魅力的に見えるんだと思う。

他のケンタウロスの皮鎧とデザインは似通っているが、要所要所に装飾が施されている。


「お初に!お目にかかりまぁぁす! 偉大なる魔の王! 」


「うるさ」


美しいケンタウロスが草原に響き渡る様な大声で話し始める。

顔のタイプからハキハキしつつも節度ある話し方を予想していた和也、まさかの熱血体育会系にタジタジである。


「魔王陛下のお話は祖父や一族の者より! 沢山聞いておりましたぁ! お会いできて! 光栄でありまぁぁす!! 私の名は春の! 息吹! 族長、風の鏃の孫娘で、御座いまぁす! 」


「あっうん。俺も会えて嬉しいよ」


「ッ!!!!!! !!!!!!!!! ありがとうございまぁぁす!!!! 」


「感嘆符が多い」


馬が人語を喋るとこんな感じなんだろうか。

ドラゴンとは別の意味で勢いが凄い。


しかし、思った以上の好感触に少しだけ心が軽くなった。

最初、鋭く睨む者とケンタウロスらが会った時に流れていたピリピリとした空気は流れていたが。

今は歓迎ムードになっている。


「今日はケンタウロス達に、戦力として合流して欲しくて来た。うちに加わってくれる? 」


「喜んでぇぇ!! 」


即答である。


「えっいや、そんなに軽く答えていいの? もしかしたら戦いに、というか絶対なるし族長、風の鏃さんだっけ? 彼と話したりした方が」


春の息吹は興奮した様子で蹄を大地に打ち付けた。


「我らケンタウロスの一族は全て!! 戦闘員28名! 非戦闘員70名! 全て全て皆! この時をお待ちしておりました! ずっと! ずっと……! 」


悲壮とも、熱意とも取れる叫びが和也を打つ。

ビリビリと腹の底が震えて、共鳴した熱い何かが込み上がってくるのを感じる。


「どうか戦わせて下さい! どうか誉を! 父祖に恥じぬ生きると言う本当の意味を! 私達に……」


ここで漸く、漸く和也は魔物という物の本質を理解した。


彼らは戦いが無ければ生きていけない生き物だ。

もし平和に生きているとしても、生きているとは言えない生き物だ。

教育や宗教と言ったレベルの話では無い。

睡眠、性欲、食欲、人間で言う3大欲求に戦闘欲が並んで存在し、成立してしまっている。


だから人類は魔物を滅ぼそうとしたのだ。

折り合いなど着くはずが無い、住み分けなんて到底不可能、共存なんて夢物語。


魔物は人類の天敵だ。


生態系に居てはいけない。


和也は人間故に、全面戦争なんてやりたくなかった。

上手いこと立ち回らなければならない。


例えそれが、魔物達の思いを裏切る事だとしても。


「……お前達の言い分は分かった。直ぐにとは行かない、とりあえず誰か代表者を選抜して欲しい。君のように通訳が出来るのが条件だ」


「はいはいはいはいはーーーい!! 私しかおりません! 陛下! 私しか人類の言語を話せるケンタウロスはおりませんぬ!!! 」


グイグイくる、凄くグイグイくる。


上半身のサイズは和也の知る人類と変わらないのだが、そこに大きな馬の体が引っ付いている為非常に背が高い。

いつの間にかすぐ前まで迫っていた春の息吹に見下ろされ、和也は数歩後退る。


「わ、分かった分かった。ではそう話を通しておいて」


「通しましたァ! 」


「ほんとぉ? ……まぁ良いけど。とりあえず今は人類と魔物の境界線、廃坑のある村を拠点にしてる。代表以外のケンタウロスはここで指示を待っていて、ケンタウロスの独特な生活基盤丸ごと移し替えるにはまだ下地が足りない。君、春の息吹は代表者、と言ってもほぼ伝令なんだけどうちに滞在してもらう、いいかい? 」


草原がそのまま家みたいなケンタウロスは、森と山しかない今の拠点ではちょっと居心地が悪いだろう。

そもそも本来の目的は肉の調達だ。

獣を狩って村に連れてきてくれる要員を残しておきたい。


「かしこまりました! 廃坑のある廃村、場所は大体把握しております! では陛下、細かい案内を頼めるでしょうか! 」


「ん? ああ、別にいいけど……」


何か表現に違和感を感じていると、春の息吹が和也の前で屈んだ。


「さ、さぁ! 」


高さが同じになった春の息吹の顔が目の前に現れた。

頬を真っ赤に染め、恥ずかしそうにもじもじと土を蹴っている。


「ん? お、おお? 乗るの? 確かに鐙っぽいの着いてるし、乗れそうだけど……」


「はい! ささ……」


「いかんいかんいかーーーん!!! 」


「おご!? 」


鋭く睨む者が尻尾を器用に使い、和也を巻き付けると高く持ち上げた。

細心の注意を払ってはいるのだろうが、基礎の筋力が大き過ぎるので少し息苦しい。


「ふんすふんす魔王は私の上に乗って来たのだ当然帰りも私に乗って帰る当然ったら当然だお前はパッカラパッカラ1人で走っておれ」


「な、なな何だとぅ!!! 魔王陛下はケンタウロスの背に乗ると決まっておるのだ! そもそもドラゴンが魔王陛下とは言え背を預けるとは如何なものか! 」


「決まっておらんし知らんしそんなの魔王言ってなかったしこいつは特別なのだ私が背を預けても良いと決めたのだ殺すぞ哺乳類」


「何だとぉ!! この爬虫類め!! 」


尻尾に巻かれた和也を奪い返そうと春の息吹がぴょんぴょん跳ねるが、右へ左へタイミング良く動かされる為に中々捕まえられ無い。


「ちょっと、ちょ……待って、酔う……」


鋭く睨む者がここまで嫌がるには訳が有る。

魔王、和也を独占したいと言うのも理由だが、何よりケンタウロスの特殊な風習に和也が当てはめられる事を嫌ったのだ。


ケンタウロスは先の戦争で多数人類を屠り恐れられているが、実は魔物の中では数少ない人類との交配が可能な種族である。


そう、異種間恋愛だ。


普通は同種の雄と雌で番を作るのだが、稀に草原に紛れ込んだ、あるいは草原から一時離れたケンタウロスと人間同士が子を成す事がある。


無理やり行為に及ぶのでは無い、恋に落ち、番となり、子を成すのだ。


ケンタウロスは生涯を通じ背に誰かを乗せる事は無い、しかし番となった人間だけはその背に乗る事を許される。

誇り高き戦士であるケンタウロスが認める、と言う事はその番の人間も優秀な戦士でなければならない。


つまり、大っぴらには言わないが。


ケンタウロスの若者の間で、人間の番を見つけるのは憧れであったりする。

なうなヤングに大流行なのである。


産まれてくる子は100%ケンタウロスで、番となった人間もケンタウロスの里で余生を過ごす為に人類は知らぬ事ではあるが、他の魔物らにとっては変わり者だなぁ、と知られていた。


番しか背に乗せない、背に乗せた者が番である、と変わっていったのは何時からだろう。

和也にとっては帰りの足を決めるプレゼンにしか見えないが、鋭く睨む者と春の息吹の間では女同士の苛烈な戦いが繰り広げられていた。


「私が魔王陛下をお乗せするのだ! ドラゴンの背なぞゴツゴツしてて明らかに乗りにくいじゃないか!! その点! 見ろ! この乗りやすそうな背のラインを! 」


春の息吹がクルクルと回り背をアピールする。

跪いたままの若いケンタウロスらが生唾を飲んだ。


ケンタウロスのエロポイントを知らぬ和也、当然困惑。


「ふんすふんす軽く踏めば折れそうな細っこい奴だ見よ私の背を頭の先から尻尾の先まで美しい鱗でびっしりだぞ自慢じゃないがこの鱗1つが人間の国で高値で取引された事があるのだ自慢じゃないが同じ重さの金よりも高かったらしいぞ自慢じゃないが」


羽を広げたドラゴンの背に光が当たった。

キラキラと輝く真紅の鱗はまるで磨き抜かれた宝石の様だった、巻き付けられている和也の目が眩む。


「くっうう……」


「ふんすふんす」


勝ったな、とほくそ笑む鋭く睨む者。

その尻尾を和也がタップした。


「落ち着け! おち……落ち着け! 鋭く睨む者、お前の気持ちは嬉しい、行き道も貴重な体験が出来た」


「ふんすふんすそうであろう」


「だけど! 悪いけど飛んでいるお前の背に乗ると命の危機を感じる! 帰りは春の息吹の背に乗らせてもらう、乗馬とかした事ないけど」


「しゃっ!!!!!! 」


和也を丸呑み出来そうな程口をあんぐりと開けて、鋭く睨む者が呆ける。

信じられない、と何度も和也と春の息吹を交互に見た。


「なんでだ魔王なんでだ私の背は嫌だと言うのか逆鱗を触れるなと言ったのだ嫌だったのかなら触れても良いぞ優しく触ると言うなら別に撫でても良いぞ」


捨てられた子犬の様な目で和也を見る。

尻尾からは力が抜け、和也は大地に降り立った。


「別に嫌って訳じゃ……でも危ないじゃん。落ちたら余裕で死ぬ」


ガーン。


と擬音が頭の上に浮かんだと錯覚する程、鋭く睨む者がショックを受ける。


「……お前など知らぬもう知らんその馬の骨と草原なり砂浜なりキャッキャウフフとすれば良いのだ私はもう行くそ勝手にしろ魔王の馬鹿」


「おわ!? 」


鋭く睨む者は顔を背けると羽ばたき、和也を置いて飛び去った。

行きよりも圧倒的に早い、和也の世界で言う戦闘機のトップスピードまで余裕で到達しあっという間に見えなくなってしまった。


衝撃が風となって草原を揺らす。


「い、言い過ぎたかな」


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