第6話 赤毛のポニーテール
ドン・ハイウォーターはベレッタM1951で撃ち殺した。
そのファミリー五十人はレミントンM870とリシンを仕込んだ毒針そして練炭を使って。
共明党議員ユーリ・サンダウンはシグP210で額を。
裁判官のジョン・リーガルはダガーナイフで喉を掻っ切り、地方検事ディック・アグリエストは素手で心臓をえぐった。
武器は多種多様だ。
庭先に立て掛けてあるスコップも、君が使っているそのペンも、凶器になる。
国家の麻薬捜査官ドナルド・スカーロックは愛用だったコルトパイソンで……俺が殺した。
ああ、あげればキリがない。
クレイドルズ国のスプンフル・ファミリー壊滅にも一役買った。
過激な独裁軍事国家の屋台骨を取り崩した。
国家の為に戦い、血を流し、讃えられたはずの男たちが帰国しても行き場がなかった。
そんな中、かの英雄ジョセフ・ハーディングを落とし入れたのは元ネヴァレンド州警察署署長レオ・フットプライドだと暴いた。
ジョセフは奴を捕まえ、俺は刑務所にぶち込まれた奴の顔の皮を剥いだ。
ジョセフの依頼なんかじゃない。俺の誇りのもとに下した制裁だ。
そう、全てそう。俺の判断で裁いた。
これは俺の戦争だ。
誰も殺戮の許可など与えていない。
悪魔に仕えたわけでもない。
陰でコントロールされたわけじゃない。
俺の戦争の親玉は盲目の正義だ。
憤怒と憎悪で歪曲し帰着した正義のもとに仕事をこなした。
冷血に仕事をこなし、ラウルが夢見た未来をいつも思い浮かべた。
だが歳をとり、血生臭い日々に疲弊していた。
話を寄せる場もない孤独に苛まれていた。
ラウルが日ごと俺に呼びかけた。
「ウィリアム。もう少しの辛抱だ。終戦までのもう少しの辛抱」
****
〝礼拝の街〟スロトレンカムに住みついたあれは雪解けの、陽の光が眩く射し込む時だった。
美しい女がいた。
どこかラウルの奥さんに似た、美しい女に出会った。
公園のベンチに座って湖を眺めている俺に話しかけてきた。
彼女の名はパティ・スカリー。
「こんにちは。暖かくなってきましたね」と隣りに腰かけ笑ってみせる。
赤い髪をポニーテールに、黒縁眼鏡に作業服姿の長身の彼女は小さなバッグから小さなランチボックスを取り出した。
「ここでお昼食べていい?」
「あ? ……ああ、ど、どうぞ」
「ここならお尻があったかそうで」
俺は小脇に置いてた本をコートのポケットに仕舞い立ち上がる。
彼女は慌てて腰を上げた。
「ごめんなさい、私、別のところで」
「あ、いや気にしないで。もう行くとこだったから」
俺は去ったが、彼女の視線を背中で感じていた。
数日後の晩、カフェでカプチーノを飲んでいると向かいの席にカップを手に本を読んでいる彼女が。
ちらりと、目が合ってしまった。
「あ、あらー」と彼女は手を上げた。
眼鏡の奥の目が輝いて見えた。
「この前公園で、ほら私隣りに」
しっかり覚えていたくせに、間を置いてこめかみで絞り出す手振りの俺。
「あーあ、覚えてますよ」
彼女は周りを見渡し本のページを広げ、小声で訊いてくる。
「この字、読めないの。教えてくださらない? そこへ座っても?」
俺は頷いてどうぞと誘った。
「〝孅い〟……かよわい」
「あ! そう読むの、へぇー……もの知り〜」
「いやたまたま、つい最近覚えたんですよ偶然偶然。俺は学のない肉体労働者です」
先日とは全く違う雰囲気の白いセーターにタータンチェックのスカート。
ほのかにジャスミンの香りを漂わせた彼女が傍からじっと見つめた。
「私、パティです。パティ・スカリー。公園の清掃係やってるの。よろしく」
柄にもなく、俺の鼓動は高鳴っていた。
「お……俺は……ビリー」と、この時限りだろうと決めつけ、名を崩して挨拶した。
「ビリー……? だけ?」
そう。と少し無愛想に返す。
パティは本を閉じ、今度はカプチーノに興味を示した。
「一緒! ここの美味しいの。……ねえ、ビリー。お友達になって。私、ずっと一人ぼっちで」
並んで腿が触れると、俺は気が変になりそうだった。
店を出て夜の街を二人で歩いた。
そんなふうに女と歩くことなどなかった。
パティの遠慮がちのか細い声が愛らしかった。
彼女は市の職員で花の手入れが好きなのと言い、流れで俺の仕事のことも訊いてきた。
「……家の手伝いをしてる」
「え? 手伝い?」
「うん……皿洗い」
俺の巨体で洗う画がおかしかったのか、パティは吹き出した。
「よく割っちゃうんじゃない? 力強すぎて」
そう自分でもやっぱりおかしくなって笑った。
「優しく洗うさ。綺麗好きなんだ」
「うん。わかる。優しそうって感じるわ」
また会いましょうとパティは言い、それからそのカフェで毎日のように会った。
午後七時のその時間が待ち遠しくて仕方なくなった。
愛おしく、夜も眠れず、彼女の声を思い出すだけで胸が締めつけられた。
一人ベッドにうつ伏せになり、彼女の温もりを追いかけた。
公園の街灯に照らされ並んで歩くその日の別れ、彼女は俺の手に触れた。
「ビリー。あなたのこともっと知りたい。もう毎日、たまらなくなってしまったの。私の気持ち、わかる?」
俺は小さく頷き、彼女を抱きしめた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます