第7話 ラピスラズリ
ホテルのベッドでパティを抱き、濡れる肌を重ねた。
パティのしなやかな体は美しかった。
揺れる乳房にキスをし、やわらかい髪を愛撫した。
「私を慰める……あなたのこの手が好き」
「ゴツくて農耕民族の手だ」
「うん。でも手のひらはソフトで、すごく優しいの」
「俺は君の目が好きだ。じっと見つめる目が」
「あなたはきっと一人。寂しい人。だから私を受け入れてくれる。そう見抜いたこの目が?」
俺がはにかむと彼女は俺の手の甲をさすり囁いた。
「こんなに好きにさせて……いけない手」
どこまで心を許せるのか、抱きながら俺は自分を探っていた。
だがたとえ一瞬でも、彼女のためになら死ねると思った。
ベッドから身を起こし、バッグに仕舞ったネックレスをつけるパティ。
彼女の胸元で、それは赤く煌めいた。
「その石は?」
「……これは誕生石よ。ガーネット。一月生まれ。あなたは?」
「十二月」
「わ、近いじゃない。……じゃあラピスラズリね」
彼女は俺の胸に頬をあて猫のように甘えて言う。
「……今度はあなたの家で」
「俺の住処は……足の踏み場もない」
それはできないと、俺は断った。
「わかったわ。……あなたは違うって、信じてる」
吐息まじりに呟くパティ。
「ん? 何がだ?」
「ううん。……他の人とは違う、いい人だって」
愛を交わして数日、知りたくても俺は訊かなかったし彼女もどこかクールでいてくれた。
思い立って田舎に帰り、お袋と祖母の墓参りをし、親父を埋めた山へも行った。
また住処へ舞い戻り、あのカフェで待つ俺を見てパティは切なく言った。
「何日も。もう帰ってこないかと思ってたわ」
「ん? 親に別れを告げてきたんだ」
「え?」
「二度と会えない気がしてな」
俺は隣りのシートへ彼女を促し、何も気にするなと笑ってみせた。
二人でシフォンケーキをたのみ、楽しく語らう。
そしてパティは俺にプレゼントを。
「どう? つけてみて」
ネックレスなど柄じゃないと、照れながらも本当は嬉しかった。
首にかかるボールチェーンの先にゼリービーンズのような瑠璃色のラピスラズリ。
「似合うわ! とっても」
「うそ」
「うそじゃない。だからずっとつけてて」
「……わかった。ありがとう」
「ねえ、そんなに、私のこと好き?」
「あ、ああ。好きだよ」
「どうしてそんなに好きなの? たとえば……初恋の人に似てるとか?」
ラウルの奥さんがよぎったが、それは違う。違うと自分に言い聞かせた。
「そんなんじゃない。俺はパティ、君が好きなんだ」
「ほんとぉ? 嬉しい!」
そう言ってはしゃいで抱きついてくるパティが可愛くて仕方なかった。
****
アパートから約束の映画館へ行こうとしたある日、電話が鳴った。
《……ウィル。仕事だ》
ビフ・キューズからの頼みだった。
彼女へは急用ができたと電話し、俺は〝転換の街〟アナザーサイドへ、ビフの店カフェレスト・ラモーナへ向かった。
着いてから先ず、俺は《依頼の事は筆談で》と書いた紙切れをビフに渡した。
そしてテーブルに並ぶ標的の写真。
俺はそれをまじまじと見つめた。
その標的、エルドランド連邦捜査局EBI(Eldoland-Federal Bureau of Investigation)の三人はサンダース・ファミリーの組織ぐるみの犯罪を捜査しているという。
サングラス越しでもビフは俺の異変に気づいていた。
「ウィル。電話では元気そうだと思い安心していたがここへ来て顔色が悪いな」
「……ビフ。ラウルの奥さんと子供の近況を知りたい」
「ああ。彼女はウチの縫製工場の主任として頑張ってる。仕事ができてウチも助かってる。給料も上げたぞ。男の子も八歳。すくすく育ってるよ」
「そうか。ありがとう。これからもずっと、大丈夫だよな?」
勿論だともとビフはカップを差し出す。
「君は古き友人だ。感謝しかない。彼女親子のことは我々に任せろ」
「安心した。ありがとう」
俺はサングラスを外し、カップに手を。ビフは静かに俺を見つめた。
「……大丈夫か?」
極上のカプチーノを腹におさめ、俺ははっきりと言い放った。
「ああ。俺は〝ライセンス・トゥ・キル〟。暗黒街の伝説だ」
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