第15話 2年次末の試験の日々

 2年次後期は解剖学(第一解剖学講座、第二解剖学講座)、生化学(第一生化学講座、第二生化学講座)を履修した。解剖学については、たくさんのことを書いたが、生化学についてはあまり触れていない。その一番の理由は、自分自身が生物系の学士、修士号を取り、博士課程の1年生まで分子生物学、生化学分野の研究をしてきたので、生化学分野については昔取った杵柄、周囲が「訳わから~ん」と困っている中、自分にとってはこれまで勉強していたことの復習であり、あまり困らなかったことである。


 とはいえ、二つ、恥ずかしい思い出がある。一つは、生化学実習で、大腸菌のプラスミドを、mini-prepで抽出し、電気泳動で確認する、という課題を出された時だった。博士課程1年次は仮面大学院生だったのであまり手を動かさなかったが、大学4年生の時から、修士の2年間、合わせて3年間、数え切れないほどmini-prepを行なってきた(ほぼ毎日、mini-prepから仕事が始まるほど)ので、「何をいまさら」という感じで実習をしたのだが、決して手抜きをしたわけでもなく、丁寧に仕事をしたつもりだったにもかかわらず、最終検体を電気泳動すると、恥ずかしいことに私のサンプルだけあるべきバンドが存在しなかったのである。これは自分で自分に「お前今まで何しててん!」と突っ込み、その場から走って逃げたくなるほどの恥ずかしい失敗であった。

 もう一つは、授業ノートのことである。当然黒板の丸写しだけでなく、重要な点も記載して、私にしてはきっちりとノートをとっていた。授業も熱心に受けていたので、試験直前に同級生から、「ほーちゃんさん、ノートをコピーさせてください!」とたくさん声をかけてもらった。「かまへんよ。使って。」とノートを渡したのだが、2,3日後、たくさんのクラスメートから、「ほーちゃんさんのノート、字が汚くて読めません!」とクレームが返ってきたことも恥ずかしい思い出である。


 どういうわけだか、医師に限らず、私が出会った学業優秀な人は、おそらく一般社会人と比べて、くせ字の人が多いように思う。O大学時代、どう見ても汚い私の字よりもさらに読みにくい字を書く友人がいた。字のうまい下手は、字の読解能力にも影響しているようで、彼は私の汚い文字を過つことなく完全に読むことができたが、残念ながら私は、彼の字の一部分は読めず、

 「なぁ、これ、なんて書いているの?」

 とコピーしてもらったノートを片手に彼に聞いたことがしばしばであった。彼は大学院に飛び級で入学し、たしか大手のIT企業に就職したはずである。また、私の師匠も読めない字を書く人であった。私が入職したときには電子カルテとなっていたので、「字が読めなくて困る」ということはめったになかったのだが、電子カルテ化以前のカルテが必要になった時は、紙カルテを取り寄せても、全く読めなかった。これは大変困ったことだったので、電子カルテの推進は

 「何を書いているのか読めないカルテ」

 をなくしてくれる、という点でもいいことである。


 アメリカの医学格言集にも

 「診療録は読める字で記載すること」

 と書いてあるくらいなので、やはりどこの国でも医師の字は美しくないのであろう。

 ただし、少なからず、きれいな字を書く医師もおられるのだが、「医者は字が汚い」という先入観があるのだろう、きれいな字を書くことで、あらぬ疑いをかけられた先生もおられた。

 別のところで書くことになるであろう、よく存じ上げている某先生であるが、先生のミスでは全くないのだが、医療裁判に巻き込まれることになった。カルテ開示を要求され、もちろんカルテを開示したのだが、あまりに字がきれいなので、

 「カルテを捏造したのではないか?」

 とあらぬ疑いをかけられたそうである。普段から先生のカルテは、そのように整った字で整然と書かれる、ということを証明するのにずいぶん苦労した、と伺ったことがある。なかなか難しいものである。


 閑話休題、解剖実習については前半が第一解剖学講座、後半が第二解剖学講座の担当となっていた。なので第一解剖学講座の担当時間の終わりころ、解剖学実習はまだ途中であったのだが、その中で第一解剖学講座の口頭試問が行われた。教授が直々に生徒のところに訪れ、担当しているご遺体について質問されるので、本番にならないと問題がわからない。なのでみんな非常に緊張していた。とうとう私の順番となったが、私への問題は、臓器としては肺の区域について、筋肉については下腿の筋肉についてであった。肺については、区域気管支にピンセットを挿入し、

 「ここがS○です」

 と答えることとなっていた。右肺はS1からS10までの10区域、左肺はS1+2となっており、S7がない(その部分に心臓が位置している)ので8区域に分かれている。日本全国の医学生が一度は経験したであろう気管支体操(数を読みながら、区域気管支の走行に沿って手を動かす体操)を何度も行なっていたのが功を奏して、

 「右肺は10区画に分かれています。上葉は・・・」

 と、緊張しながら答えることができた。先生からは、

 「区域はちゃんと覚えてるけどなぁ、君がピンセットを差し込んでいるのは肺静脈やで。左はちゃんとやってや!」

 とお叱りを受け、左肺も同様に答えたのだが、

 「君なぁ、区域はちゃんとできてるけど、今度はピンセットを差し込んでいたの、肺動脈やで。気管支と肺動脈、肺静脈の配置、ちゃんとおぼえときや!」

 と叱られながらなんとか合格。下腿の筋肉についてもそれぞれ筋肉の名前を答え(筆記試験はラテン語で答えることになっていたが、口頭試問は日本語で良いとされていた)、支配する神経を答えたら、先生から、

 「じゃあ、この筋肉の神経筋接合部を見せてください」

 と言われ、内心大いに慌てることとなった。そこまで細かく剖出できていなかったのと、僕の不器用さで無意識に神経を切っていたかもしれなかったからである。何とかそれらしく見えるところを見つけ、

 「ここです!」と答えると、

 「はい、合格ね」となったが、その部位が本当に神経筋接合部だったのか、結合組織がくっついていて、それらしく見えただけなのかはよくわからない。


 骨学も第一解剖学講座の口頭試問であった。試験官の部屋に一人ずつ入室し、試験官と1対1で口頭試問を受けるのである。私の時は下腿の脛骨であった。無事に答えていったのだが、前十字靭帯の付着する顆間隆起だけが答えられなかった。

 「う~ん、これで終わりだったのに、残念だね~」

 と言われたが、まぁ何とか無事に終了。神経解剖の口頭試問も受けたのだが、もうどんな質問をされたのか、覚えていない。口頭試問については一応無事にクリアした。

 

 第二解剖学は、口頭試問の代わりに、「グルグル」と言われる試験方式であった。この「グルグル」方式については、よくわからなければ、佐々木 倫子氏の名作「動物のお医者さん」で、組織学の試験で主人公が同じように「グルグル」で試験を受けているのでそちらを見ていただければわかりやすいと思う。組織学については学生実習室で顕微鏡を相手に3分間隔でグルグル、解剖実習については各ご遺体の、答えてほしい部位に旗を立てており、また3分間隔でグルグル。どちらも無事に合格できた。そして最後に筆記試験。


 筆記試験の1か月ほど前から、少し広めの我が家に友人たちで集まって、お互いに勉強を教えあいながら勉強を続けていた。我が家はまるで合宿所状態、でも僕は賑やかな方が好きなので、我が家に集まってみんなで勉強してくれるのはとてもありがたかった。


 第二生化学講座の試験はあまり記憶にないが、本試験である程度の人が合格、もちろん私も合格した。第一生化学講座の試験は難しく、本試験での合格者は5人であったが、その5人に滑り込んだ。第二解剖学の試験では、推奨されていた教科書に記載のなかったM細胞(小腸のリンパ系細胞)は書けなかったが、その他の回答欄はすべてぎっしりと埋め、本試験合格者10数人の中に潜り込むことができた。


 実はこのころ、私自身はプライベートなことで心は千々に乱れていて、試験に集中できる精神状態ではなかった。そして残すは第一解剖学講座の筆記試験。回答はすべてラテン語で答えることとなっており(翌年からは英語に変わった)、私の苦手な神経解剖学も含まれる試験であった。本試験での合格は10数名、その中に残念ながら私の名前はなかった。


 再度気合を入れなおし、友人たちと勉強。追試験では日本語での解答が可能となることもあり、何とか追試験で合格することができた。留年を免れ、本当にほっとしたことを覚えている。


 そんなこんなで、すべての試験が終了し、友人たちはみんなひとまず合格、一緒に進級することができた。みんなが帰宅した後、部屋中に散乱したプリント類を片づけながら、あの賑やかだった日々がとても楽しくて、改めて一人となり、とても寂しく感じたことを覚えている。


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