第13話 解剖学という学問について
本学での授業は2年前期で終了し、2年次後期からはとうとうすべての授業が医学部キャンパスで行なわれるようになった。医学部6年間を前半、後半に分けるとすれば、前半の最大の山が「解剖学」である。
解剖学と大きく括っているが、細かく分けると、(顕微鏡などを使わず)肉眼で観察をする「肉眼解剖学」、各臓器を顕微鏡で観察し、その構造を理解する「組織学」、脳については構成する細胞は神経細胞、星状膠細胞、稀突起膠細胞、マイクログリアの4種類の細胞であるが、神経細胞の集団(神経核)が、その存在部位によって様々な役割を担っており、それを学習する「神経解剖学」に分けられる。
肉眼解剖学も、骨については200個以上の骨の名前、その骨の各部分の名称、それに付着する筋肉、その筋肉が骨のどこにくっついているか(起始、停止)などを覚え、筋肉については、その筋肉の名前、支配する神経、栄養する血管を覚え、血管についてもその名前、どの筋肉やどの臓器を還流するか、各臓器についてもそれぞれ臓器の名前だけでなく、臓器の各部位の名称、構造、支配する神経、還流する血管などを記憶しなければならず、組織学も、各臓器の特徴的な構造、構成する細胞など、これはこれで覚えることが山ほどある。神経解剖学については、脳の切片を見て、肉眼でもわかる構造は多くはなく、顕微鏡で判断しないといけない神経核については、検鏡像のみで理解はできず(どの神経核も神経細胞が集まっている、という像なので)、それが脳のどの部分に存在するかによって働きが様々に異なるため、それを覚えることも苦行であった。まるで道しるべのない、細かい立体地図を覚えるようなものであった。脳科学を学びたいと思っている人にとっては、神経解剖学は楽しい学問だと思うのだが、私にとっては性格が大雑把なためか、緻密な神経解剖学が苦手であった(見ただけでわかるものが好き)。これらをまとめて(実習も含め)半年程度で終わらせるわけであるから、身につける必要のある知識量は極めて莫大である。しかしながら、他の項で述べたとおり、人体の構造を理解しなければ医師として医療を行なうことはできず、前述の生理学と同様に外すことのできない学問である。
現在医学部は極端に偏差値が高くなっており、合格するためには、少なくとも私のような町医者には必要のない高度な数学の問題を解けなければならない(ただし、町のお医者さんと言っても、診断学などの数学的背景を理解するためには、それなりの数学的知識を要する。研究者は統計学の知識が必須である。ただし実臨床で使うのはほとんど、小学校で習った四則演算と比例式である)。医学部入試に要求される力と、医師として仕事を進めるのに必要な力にはある程度乖離があるのは事実ではあるが、少なくとも、この莫大な知識量を十分身につけることができるだけの能力が必要である、ということは否定できない。実際に私の学んだ医学科でも、現役や1浪で入学できた優秀である(はず)の学生の一部は留年を繰り返し退学を余儀なくされたり、医師国家試験をなかなかパスできないという事実があり、やはりそれなりに高度な知的水準のある人を選択しなければならないのは事実であろう。
とにかく、医学生にとって解剖学、解剖実習はそびえたつ大きな山であり、そこを乗り越えることができるかどうかはその後の医学生生活を過ごすうえで重要であるのは確かである。
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