第7話 えっ?! そんなもの食べるの!!

 この街はいわゆる「南国」であり、関西とは植生も異なっていた。街路樹は、「いかにも南国」と感じさせるフェニックスが並んでおり、同じ日本とは思えないほど全く違う印象であった。季節感も関西とは大きく違うものであった。


 日本は四季のある気候帯です、と教科書で習ったはずなのだが、この街では春と秋は極めて短期間(7~10日くらい?)であった。つい先日まで、突き刺さるような日差しで「暑い、暑い」と言っていたのが、あっという間に冬になり、「コート、セーター」と慌てて衣替えをすることになる。ただし、真夏、真冬の気温は地元と大きく変わらない。真冬は地元とほぼ同じような印象で、年に数回は雪が降る。ただし夏は、同じ気温であっても、地元とは大きく異なっていた。違いの一つは、何よりも、日差しが「痛い」のである。ここ数年は関西も酷暑であるが、それでも、日差しを「痛い」とは感じない。この街よりさらに南にある離島や、沖縄県の離島で、昼間は仕事をせずに休憩する、というのは極めて理にかなっていると身体で感じることができた。その一方で、湿度については故郷の方が明らかに高い。故郷では、吹いてくる風も暑く湿っていて、風が吹いても「うわ~っ、あっつ~」と思うのが常だが、南国では吹く風は乾いていて涼しく、日陰で休憩し、風が吹いてくると結構さわやかである。実際に、大学1年次は(お金がなかったこともあり)エアコンなしで夏を乗り越えることができた。


 なので、時に地元に帰ることがあったが、新幹線のドアが開き、蒸し暑い風が吹き込んでくるのを感じると「あぁ、帰ってきたなぁ」と実感していた。


 そんなわけで、関西を中心に暑気払いで「水無月」を食べるように、この街でも、夏といえばこれ!という名物があった。


 ある暑い日に、友人たちとおしゃべりを楽しんでいると、地元出身の友人が「今日は暑いねぇ。こんな日は『白熊』が食べたいねぇ」と言った。僕はずいぶん驚いた。頭の中には北極の氷の上を走るシロクマが浮かんでいた。「この地方ではあれを食べるのかぁ…。ステーキで食べるのかなぁ?というか、シロクマって食べていいの??」と頭の中が「?」だらけになった。変な顔をしている私を見て、友人が「ほーちゃん、『白熊』食べたことないの?夏はやっぱり『白熊』を食べないと」と言ってくる。「シロクマって、どうやって食べるの?ステーキ?」と私が聞き返したことで、ようやく友人が、私が『白熊』を知らないということに気がついてくれた。周りのみんなも大笑い。「ほーちゃん、『白熊』を知らなかったの?かき氷にフルーツや小豆が入っていて、小豆が目鼻に見えてシロクマみたいに見えるから、『白熊』っていうんだよ」と教えてくれた。あーっ、びっくりした。この街の人は暑気払いのためにシロクマの肉を食べているんだと本当に勘違いをしていた。


 『白熊』の元祖は、繁華街にある「M」というお店(伏字にしなくても、検索すればすぐ出てくるはずだが、一応伏字にしておく)だが、そこに行くには路面電車代もかかるし、値段も高い。ということで大学生協で友人たちと一緒に100円の『白熊』を買って食べたことを覚えている。ミルク味のかき氷に、フルーツがよくマッチしておいしかった。今では、地元のコンビニでも「白熊」が売っている。たまには食べたいなぁ、と思う。


 ローカルのお菓子では、お金がなくて食費を抑えたかったときに、安売りで買った「げたんは」も懐かしい。「げたんは」とは「下駄の歯」という意味で、黒糖で味付けした三角形のお菓子である。「げたんは」はちょっと黒糖が強すぎて、もう一つおいしくなかった。


 故郷では見たことがなかったが、この街でよく食べられていたものの一つに「あくまき」というものがある。もともとは島津公が戦の際の保存食として作られていたものが、端午の節句やお正月などに食べるようになったものである。名前の通り、あく(灰汁)を使って作るお餅みたいなもので、きな粉砂糖などで食べるとのこと。K県出身の看護師さんに聞いたところ、K県民のソウル・フードであるとのことだった。一度、医学部4年生の時、アルバイト先のお宅で「あくまき」を出してくださったことがあった。灰汁で煮込んでいるのでアルカリ性が強いはずで、たぶん苦いだろうと思った。実際にその時にいただいたが、やはり苦みが強くてあまりおいしく感じなかった。そんなわけでK県にいたときに「あくまき」を食べたのはその1回こっきりであった。


それから20年近くが過ぎ、診療所に勤めていたK県出身の看護師さんに、「あくまき」の話をしたところ、「先生、それはちゃんとしたあくまきを食べてないからでしょ。今度私が持ってくるから、だまされたと思ってもう一度食べてみて」と作ってきてくださった。わざわざ作ってきてくださったので、思い切って食べてみた。そのあくまきは確かに苦くなくて、おいしかった。K県人のソウル・フードというのがよく分かった。長年みんなに愛されているのもよく分かった。バイト先で食べたあくまきと何が違ったのだろうか??


しかし、『白熊』の衝撃は大きかった。本当にシロクマのステーキを食べるのかと思って、とてもびっくりしたことは忘れられない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る