第2話 初めての無人駅

 いわゆる都会、と呼ばれる地域で生まれ育ち、生まれてから25年以上をいわゆるベッドタウンで過ごしてきた私にとっては、駅には複数人の駅員さんがおられ、複線(JRは複々線)で、約10分間隔で、東京のように15両とまでは行かないが7~8両編成の電車がやってくることはごくごく当たり前のことであった。


 私が医学部を受験したとき、国公立大学は前期試験、後期試験と2回のチャンスが与えられていた。前期日程の大学は力及ばず不合格となり、後期日程の試験に私の人生のすべてがかかっていた。この試験で医学部に受からなければ、私の人生の中で、もう次のチャンスはなかった。大学入試センター試験を自己採点し、受験校を決定するときに、いろいろ考え、最も勝率が高そうな大学を後期試験で出願していた。まさしく背水の陣であった。当時はまだ医学部の「地方枠」なるものは存在せず、「医師免許は全国共通だから、私を拾ってくれそうな大学なら、全国どこにでも行こう」と考え、私は地元を離れることにした。


 小学生の頃に夢中になって読んだ、手塚 治虫氏の「ブラック・ジャック」では、ブラック・ジャックは地方の3流大学を卒業、とされている。3流大学とは思わないが、私もいわゆる「地方大学」を受験するために、寝台特急で14時間かけて、この街にやってきた(余談であるが、私もブラック・ジャックと同様に、地方の医学部である母校を卒業したことを心から誇りに思っている)。地縁も血縁もなく、全く見ず知らずの土地に初めて降り立った。寝台特急の終着駅から改札を出ると、その県の中心駅であるにもかかわらず駅前の空は広く、約人口30万人程度の街の駅前と同じようだと感じた。それまで貧乏学生で、海外旅行はおろか、国内旅行にもほとんど行ったことの無い私には「地方の中心都市って、こんな感じなのか」と思ったことを覚えている。


 駅前からはたくさんのバスが出ており、大学病院行きのバスも駅前から出ていた。その当時にはスマホもなく、i-modeさえない時代であったので、赤本や、願書の受験要綱から交通手段を確認することが当たり前であった。願書には、バスのほか、鉄道などでの交通手段が記載してあったが、この街には全く土地勘がなかったので、まずは確実に目的地にたどり着ける手段として、大学病院行きのバスを選択した。


 バスに乗り、駅前の交通量の多い通りを抜け、片側2車線の国道をバスは走っていた。「結構都会だなぁ」と思っていたのだが、とある交差点を右折してから、その思いは一転した。右折後は、細い道をバスは走り、なんとなく先行きが不安になってきた。「このバス、間違っていないよなぁ」と思っていると山登りの急な坂道をバスは唸りながら登り始める。「どこまで登るんだろう…」と不安が大きくなってきたころに、目の前に大きな建物が見えてきた。おそらくあれが大学病院であろう。


 山を登り、バスは大学病院の玄関にあるバス停に停車した。とりあえず目的地である大学病院には着いたが、試験会場となる教室はどこにあるのだろうか?このあたりの私の記憶はもう定かではないが、教育棟のキャンパスを歩きながら、「医者になるためには、ここに来るしかないのか…」と少し落ち込んだことは覚えている。後に6年間お世話になることになるキャンパスを歩き、受験会場を確認した後、大学キャンパスから、駅前に戻ることにした。その日の宿は、駅前に予約していたからである。バスの車窓から、鉄道の場所はおおよそ確認していたので、バスで登ってきた坂を徒歩で下り、JRの最寄り駅であるU駅に向かうことにした。きついバス通りの坂を下っていき、10分ほど歩くとU駅に到着した。大学病院行きのバスでは、たまたま駅とは反対側のシートに座っていたので、その時、初めてその駅をこの目で確認したのである。


 「大学病院の最寄り駅やのに、こっ、これ?!」

 というのが私の第一印象であった。まず、空を見ても、見慣れた架線がない。ということは電化されていない、ディーゼルカーの走る路線であることが分かった。駅の階段付近を見るが、駅舎がない。改札口もない。券売機もない。あるのは、歴史を感じない、鉄の骨組みとコンクリートを乗せたプラットホーム。大学病院最寄り駅であるが、実に無味乾燥な単線の無人駅であった。大学最寄り駅がこのような駅であったことに、「なんて田舎なんだろう!」ととてもショックを受けたことを覚えている。


 ありがたいことに、その路線は列車は20分に1本は設定されているようで、乗り過ごすと延々と待たなければいけない、というわけではなかった。しばらく待って、2両編成のキハ40系がやってきたので乗り込んだ。ディーゼルカーに乗るのは、小学校低学年の時の遠足で、キハ20系に乗って以来約20年ぶりであり、「田舎だなー」とショックは受けつつも、ディーゼルカーの乗り心地に悦に入っていた。駅前に戻り、宿に入って翌日の試験の準備をした。人生を変える一大決戦の日のために。


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