(六)棺の中
SE:4回ほど石を金属に叩きつけて何かを壊す音
彩姫「あっ、この留め金、思いっきり曲がっちゃったんだけど?!」
竜「構わない、その調子だ。あと少し!」
SE:10回ほど石を金属に叩きつけて何かを壊す音、何かが金属のものが砂利の上にカランと落ちる音
彩姫「付け根のとこから外れちゃった。意外と簡単だね」
竜「その簡単なことが私にはできないようになってるんだ。さて、それさえ壊れればもう問題ない。私自身で開けられる」
SE:重いものが砂利の上にどすんと落ちる音、ふわっと光がこぼれるような音
竜「ああ、久しぶりだ。のんきによく寝ているな」
彩姫「(思わず声を潜めて)わあ……この人が、600年前に生きてたジュスト?」
竜「ああ。くたびれたおっさんだ」
彩姫「(まだ声を潜めて)めっちゃいい服着てない?」
竜「妻が式典用の服を着せてくれたようだ」
彩姫「痩せてるねえ。……へえ、こんな顔なんだ。神経質そう。ヨーロッパ人って感じ」
竜「半分は東洋の血が入っているんだぞ」
彩姫「ハーフだったの?」
竜「母が東洋の出だったからな」
彩姫「それでちょっとエキゾチックなんだ。長い黒髪でちょっとヴィラン気味だねえ」
竜「昔は見た目で悪魔の使いだのなんだの言うやつも多くてな。(嫌そうに)ヴィラン扱いされて、そのままヴィランとして生きた」
彩姫「ごめん、無神経だった」
竜「私も無神経な方らしいから、遺伝なのかもしれない。ははは」
彩姫「あ、体のまわりに一杯ゴミが入ってる。枯草……あっ、これ花じゃない?! 奥さん、たくさん花を入れてくれたんだね」
竜「……そうだな」
彩姫「ジュストは愛されてたんだ」
竜「非常に困ったやり方で愛されていたよ、まったく」
彩姫「でも枯草に混じって何か、……骨みたいなのが」
竜「……ああ、それが妻だ」
彩姫「……え、人の骨?」
竜「そうだ。こっちに頭骨がある」
彩姫「頭蓋骨?! 無理無理無理無理!! 怖い!」
竜「他人は怖がっていればそれでいいだろうが、私は今、妻を亡くした物証をこの目で初めて見ているところだ。少し黙ってくれないか」
彩姫「……ごめん……本当にごめん」
竜「当然死んでいるのは知っていたが、遺体をこうして前にするといろんな感慨がわくものだな……ああ、グウィネス……」
SE:翼を広げる音
彩姫「(独白して)ジュストが棺を抱きしめてる……あっ、ジュストが溶けてる?! ほんとに溶けてる!! 消えた!! どうしよう、真っ暗になっちゃった……」
彩姫「(こわごわと)ジュスト! どこ行っちゃったの?!(返事を待って)」
彩姫「ねえ! 私このあとどうすればいいの?!(返事を待って)」
彩姫「(少々パニックになりながら)こんなとこに置いていかないで!! 怖いじゃん!!」
SE:衣擦れの音
ジュスト「(ゆっくり起き上がる)うう……600年ぶりともなると体が軋む……よいしょ(立ち上がる)」
彩姫「きゃあああああああ!!!」
ジュスト「(ゆっくりと)ああ、人の体に戻っただけでこんなに
彩姫「へっ? ジュスト? あなたがほんとにジュスト?」
ジュスト「何か不思議なことでも?」
彩姫「不思議だよ! めちゃくちゃ不思議だよ!!」
ジュスト「視野を奪われた人間はパニックに陥りやすい。とにかく灯りを点けるか」
SE:ふわっと明るくなるような効果音
ジュスト「ほら、これで見えるだろう」
彩姫「(キレながら)他人様をこんなとこに連れ出してるんだから、ちゃんと段取りは話してよ! 困るよ!……って、ジュストこんな顔だっけ?!」
ジュスト「さっき見ていたろうに」
彩姫「目を開けて表情筋動かすと随分印象が違う……なんかすごく……ノーブルで……イケメンじゃん」
ジュスト「イケメンかどうかは知らんが、一応王室付きのソルシエルだったんでね……ああ関節がぎしぎしする……」
彩姫「でも、なんだろう……なんかすごく親しみが持てる。直系は直系でもすごく遠い血縁で、もうほとんど他人なのに……なんか懐かしい気がする。ほら、その笑ったときの目の細め方とか」
ジュスト「(微笑んで)サイキ・ニシザキに似ているところはどこかしらあるはずだからな」
彩姫「そうかなあ? 代は遠ざかってるのに」
ジュスト「(しばらく黙ったあと)さて、もうあまり時間がない。私に話をさせてくれ」
彩姫「時間がないって? どういうこと?」
ジュスト「私の生物としてのタイムリミットがもうすぐそこだということだ」
彩姫「それって……」
ジュスト「私は消滅する」
彩姫「……じゃあ、……じゃあ、(悲鳴のように)棺なんか開けなきゃよかったじゃん! せっかく友達になれたのに!」
ジュスト「人間がもともとの寿命に加えて600年も地上に存在することが、自然だと思うか? 今まで不調をだましだまし生きてきて、やっともう終わりなんだ」
彩姫「でも、生きていたらいいことがたくさんあるじゃん! 体取り戻したら、いろんなこと話してくれるって言ったじゃん!」
ジュスト「(悲しそうに溜め息)ああ……」
彩姫「私もジュストに一杯教えてもらいたいことがあるし、教えてあげたいこともいっぱいだよ!」
ジュスト「(悲し気に)本当に、時間がないんだ……」
彩姫「ねえ、石に戻ればまたしばらくは生きられるんじゃないの?! 体から出て竜になって、その体ここに寝かして蓋しちゃえばいいんじゃないの?!」
ジュスト「一度開けて、戻ってしまえばアストラル体へは戻れない。そんな体力はもうないんだ」
彩姫「想像上の動物だから想像でどうとでもなるって言ったじゃん!」
ジュスト「私は想像上の動物ではない。特技が突出しすぎただけの、ただの人間だ。さて、契約を遂行させてもらう」
彩姫「契約って何?! ……あっ」
ジュスト「これから見ることと話すことは忘れないでいてほしい」
SE:棺の砕ける音
彩姫「えっ……棺、割れちゃった?! ばらばらになっちゃった! どうすんの! どうすんのよ!!」
ジュスト「どうもしない。もう使うこともない。さて、私の奥方に会ってもらおう」
SE:何かが生まれるようなきらきらした音、衣擦れの音
彩姫「えっ?! これ……奥さんの骨から……えっ……なんか……誰か起き上がったよ?!」
ジュスト「彼女の残留思念と私の記憶を同期させて、立体映像を出している」
彩姫「半分はジュストがやってるってこと?」
ジュスト「その通り」
彩姫「じゃあこわくないってこと? 大丈夫ってことだよね?!」
ジュスト「何かしてくるかもしれんがまあホログラム程度に思っていればいい。ついでに副音声で日本語吹き替えという大サービスだ」
彩姫「あっ、立った!」
ジュスト「紹介しよう、これが私の妻、グウィネスだ」
グウィネス「(ゆらりと立ち上がって目を開けておずおずと、ゆっくり)……あなた……」
ジュスト「(懐かしそうに)久しぶりに顔を合わせたな」
グウィネス「(懐かしそうに、少し面映ゆそうに)ええ、生きて動いているあなたにはね」
ジュスト「(少し笑う)」
彩姫「(空気を読まず、小声で)ねえジュスト……ジュストの奥さん、男の子なの? すごくきれいな子だね」
ジュスト「いや、普通に小柄な女性だ」
ジュスト「なんで髪も服も、お小姓さんみたいな風にしてるの? 昔のキリスト教圏って、異性のカッコするのは厳しく禁止されてたんでしょ」
ジュスト「事情があって彼女は女であることを嫌っているんだ」
グウィネス「なあんだ。BLじゃないんだ」
ジュスト「人の妻に下衆なことを言うな。彼女は王族の出だ」
彩姫「ジュスト、逆玉じゃん! すごい! でもさ、これってジュストが作ったホログラムなんでしょ? この会話って一人芝居してるってことなんじゃないの?」
ジュスト「(ため息をついて)久しぶりの夫婦の会話を邪魔すると妻に呪われるぞ」
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