(五)竜の背

SE:ファミレスの扉の開閉音と共にファミレスBGM終了。波と強い風の音。


彩姫「うわー、風つよっ!」


竜「雨はやんでいるな。よかった」


彩姫「じゃあ、行きますかあ……改めて見ると、ここら辺街灯少ないねー。真っ暗だよ。足元に気を付けないと」


SE:しゅうううという音


竜「(SEに被せて)確かに真っ暗、まことに好都合」


彩姫「なにが好都合……ひゃっ?!」


SE:羽を広げる音


彩姫「なっ……なに?! いきなりおんぶ?! 何のつもり?!」


竜「ご搭乗ありがとうございます。当機はジュスト航空、お地蔵様の真ん前行き、オンリー1便でございます。当機の機長はわたくし、客室を担当しますのもわたくしでございます。御用がございましたらわたくしの首の後ろのとげとげした鱗を情け容赦なく引っ張ってお知らせください。間も無く出発いたします。シートベルトはございませんがしっかりとおつかまり下さい。飛行時間は約1分を予定しております。それでは快適な空の旅をお楽しみください」


彩姫「はいぃ?!」


竜「こう暗いのならば私の色はステルスカラーだ。人目にはつかんだろう。飛べるのにちんたら地上を行く必要はない。しっかり掴まれ。行くぞ」


SE:羽ばたく音


彩姫「(フェイドアウトして)きゃあああああああ!」


SE:羽ばたく音、空を切る音


彩姫「ほんとに飛んでる?! え?」


竜「飛べると言っただろう?」


彩姫「言ってたけどさ! アストラル体が質量持ってて人一人支えて飛べるってことが奇跡だよ!」


竜「私は特別製だからな……(話をぶち切って)あっ、あれだ。見つけた。浅瀬に引っ掛かっている」


彩姫「何? え、海の中でなんか薄く光ってる??」


竜「降下する。ちょっとしっかりつかまっていろ」


彩姫「ちょっとでいいの?」


竜「……ものすごくしっかりつかまっていろ! 降下後すぐ上昇するぞ」


SE:海面を擦るようなな着水音、再度舞い上がるために羽ばたく音


彩姫「もう! 私の靴ずぶぬれになったんだけど!」


竜「気にするな」


彩姫「するよ! 何遊んでんの?」


竜「遊んではいない。やっと捕まえたんだ!」


彩姫「何をよ!」


竜「棺だ」


彩姫「えっ? ジュスト入りの?」


竜「そう、私入りの。浅瀬に来ていれば、妻の呪術で浜に打ちあがるより自分で水揚げする方がはるかに早い」


彩姫「ほんとにやっとだね。おめでとう! (ひとりごちて)……人一人のっけて、一人入った棺掴んで……凄いねえ。よく飛べるよ」


竜「降りるぞ」


彩姫「さっきみたいなアナウンスは?」


SE:羽をばたつかせる音


竜「(ちょっとめんどくさそうに溜め息)はぁ……ただいまお地蔵様の真ん前に着陸いたしました。ただいまの時刻は午後11時すぎ、気温はまあ若干寒さを感じる程度でございます。安全のため機長が許可するまでしっかりおつかまりのままお待ちください。本日はジュスト航空をご利用いただきましてありがとうございました」


彩姫「次のご登場をお待ちしております、は?」


竜「次はないんだ。私はもう帰るから」


彩姫「帰るってどこに?」


竜「私の在るべき場所へ。そんな場所もないのかもしれないが」


彩姫「どういうこと?」


竜「(答えずに)いつまでしがみついている。もう降りていいぞ、ほら」


彩姫「乗せてくれてありがと。楽しかった」


竜「ああ、私も楽しかった。もう少し乗せていてもよかったが、人間に視認される危険性がその分高まるからな」


彩姫「うん、わかってる。あれが棺?」


竜「ああ、そうだ。見えにくいだろう。今灯りを点ける」


SE:ふわっと明るくなるような効果音


彩姫「わあ……ジュスト光れるんだ」


竜「私のことはでっかいヒカリゴケの塊とでも思ってくれ」


彩姫「結構明るいね。はっきり見える」


竜「便利だろう」


彩姫「うん、便利。想像上の動物は想像でどうとでもなるってやつ?」


竜「その通り」


彩姫「それにしてもさあ、これ。棺ってもっと……吸血鬼とかが入ってるみたいなゴシックなやつ想像してたんだけど」


竜「そういうのはもう少し時代が下ってからだ。それにそういう棺は実用性に欠ける」


彩姫「(ひとりごちて)棺の実用性についてちょっと認識がおかしいよね……」


竜「数百年も海中で移動するのには向いていない」


彩姫「それは棺の用途じゃないもん。(しげしげと)……海藻とかムラサキイガイだらけだね。だけど、このフォルム……これ、流体力学知ってる人が作ったんじゃない?! 昔の人もやるねえ!」


竜「ああ、私が設計した。開けやすいように、表層の生物由来石灰質を剝がそう」


SE:バリバリと貝やフジツボなどを剥がす音を流し続ける


彩姫「わあ、これ木?! よくこんな長い間もったねえ」


竜「金属は海水でぼろぼろになる。石材は重くて数百年も魔法じゃ動かせない。木材は浸水状態のとき、想像を超えた耐久性を発揮するんだ」


彩姫「これ、文化財になるよ! すごいねえ!」


竜「すごくない。人類は有史以前から経験則的流体力学に則って船を作っていたじゃないか」


彩姫「ほめ言葉は素直に受け取ってよ」


竜「……ああ、そうだ。よく言われたのに、忘れていた」


彩姫「誰に? 奥さんとか?」


竜「(寂しそうに)いや、母に」


彩姫「いいお母さんだったんだね」


竜「良くも悪くも、私を私にした女性だ」


彩姫「お母さんとも仲が悪かったの?」


竜「いや、悪くはなかった。ただ、お互いの世界にお互いしかいなかった。……母は私の時代では最も様々な知識を持っていた人間だった。知識こそが身を守り生きていく術になる、とひたすら私に自分の持つ知識を詰め込んでいった」


彩姫「教育ママってやつだね。それで、ジュストは歪まなかった?」


竜「歪んでいるように見えるか」


彩姫「よくわからない」


竜「自分の歪みは自分ではわからん。しかし、私は母の遺した知識で私は食いつなげたのだから感謝している。師としても、母としても敬愛している……が」


彩姫「どうしたのよ」


竜「サイキ・ニシザキを観察していて、母への感情は敬愛より、人としての共感の方へ若干シフトした気もする」


彩姫「どういうことよ」


竜「(無視して)さあ、剥がし終わったぞ。棺を開けてくれ」


彩姫「どうやって? ……って、なんか、ここだけ、金?!」


竜「そこが留め金になっているんだ。外してくれ」


彩姫「今更だけどさ……呪われたりしない?」


竜「絶対にない」


彩姫「開けた途端、虫がうじゃうじゃとかゾンビが襲い掛かってくるとか、中身が強烈にグロいとか臭いとか、そういうのあったりする?」


竜「ただ仮死状態のおっさんが寝てるだけだ。あとは、まあ……若いお嬢さんの怖がるようなものは入っていないと思う」


彩姫「じゃ……じゃあ、やるよ? よいしょっと、(力を込めて)……うっ……うーん……うーーーーー!!! はぁ、はぁ、は……ずれ……ない……!! 固いね、これ。純金じゃないみたい」


竜「その通り。しかしその辺の石ころでガンガンやれば壊れるだろう」


彩姫「文化財壊したらあとで怒られるんだからね! トロイア遺跡見つけたシュリーマンみたいに!」


竜「人の棺を勝手に文化財候補にしないでもらいたい。私がいいと言ったらいいんだ。ほら、この石なんか、君の手のサイズにぴったりで叩きやすそうだぞ。重さも最適だ」


彩姫「ほんとだ。っていうか、マジでやっていいんだね?! 今の時代の技術じゃ、たぶん元通りにできないよ?」


竜「(めんどくさそうに)そんなことは重々承知だ。思い切ってやってくれ」


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